第二章 その30 完全決着 前編
道場の外での混血者たちの戦いの結末と、その後に道場内で何が起こったのかを語ろう。
◇◇◇
道場外の戦いは近距離で攻撃したいジェンと、近づかせずに封殺したいウーガンの構図で行われていた。
直線的な動きでは接近することができないと悟ったジェンは相手の周囲を円を描くような行動に変化したのである。
もちろん単純な動きではない。小刻みなステップで左右に動き、緩急を付けて空中から自身を狙う剣の照準を外す様にしながらだ。
ジェンはウーガンを周回しながら僅かではあるが、それでも確実に間合いを詰めていった。
対するウーガンもこのままの状況では埒が明かないと判断し、半ば相手の誘いに乗る形で作戦を組み立てなおした。
具体的にいうと向こうがこちらに近づきたいのならば、そうさせてやれば良いと決断したのだ。
と言うよりも、どうやらコイツは一筋縄ではいかぬ相手だと改めて認識しなおしたいうのが正しい。
ウーガンはこれまでの人生で戦いにおいて、自身の持つ〈闘剣乃嵐舞〉という能力のおかげで、苦戦を強いられた経験がなかった。
例えどんな相手であってもウーガンと敵対して十分以上生き延びた者など皆無だったのだ。自分の領域内の刀剣類を操る能力に加えて、人並み以上の身体能力で扱われる剣術に抗えるのだから当然と言えば当然の話。
そんなウーガンだが、彼には決して曲げる事のないポリシーがあった。『戦いにおいては例え何者が相手であろうとも、全力で仕留める』というものである。
距離を離しての封殺を狙ったのは決して自分が楽をしたかった訳ではなく、相性的にそれが一番確実に勝利できると思ったからだ。
だがしかし、今戦っている仮面の男は生半可な実力ではなく紛う方なき強者だった。なればこそ正面からの決着を望む相手を堂々と搦めとる。
ウーガンは刀剣を操作しての攻撃をさらに激しいものへと変化させた。
これまで以上の速度と厳しい組み合わせの斬撃でジェンを襲ったのである。
まるで旋風に巻き上げられた落ち葉の如き十五本の剣が、縦横無尽に動き回りながらウーガンに近づきたいジェンを狙い続けた。
それでも剣はジェンに掠り傷の一つを負わせるが出来なかった。いや、それどころかまるで何かに導かれるかの様にウーガンとの距離が縮まってきたのだ。
これまでの激闘のやり取りが噓のように、あっという間の出来事だった。
思惑通りに必殺の間合いへと踏み込んだのだ。
誰の思惑なのか? ジェンの? いや違う、そこにはウーガンの思惑も多分に含まれている。
攻撃を避け続けてくれば、こうなる様に誘導したのだから。
操った刀剣が当たらない相手なのだ。ならば、より確実に当てる為には自らを危険に晒さなくてどうするというのか。
そう。相手がこちらを攻撃できる距離まで引き付けるのだ。向こうが避けることに集中しているから当たらない。
だったら、避けることを集中できない状況に相手を置けば良いだけ。
順番通りに組み立てることで完成するパズルの様なものである。
油断はない。驕りもない。完璧に誘導した。
後は今まで一度も使用しなかった、自身の懐に隠し持っていた十本の小型ナイフが仮面の男を刺し貫くだけである。
確実に騙し討てる距離まで、目測にして残り三歩分。
ナイフの射出まで二歩。近づいてくる相手が拳を握り込むのが見えた。
そのまま後一歩だけ前へ踏み込めば、確実に勝利できる――ウーガンはそう考えていた。
彼は自身の作戦に致命的な見落としがある事に気が付いていなかったのだ。
その見落としとはジェンの異能力を考慮していなかったこと。
自分と同格以上の混血者との戦いを経験したことがないという事実が、ウーガンの最大のミスだったのである。
◇◇◇
ジェンは自分が動き方を変えたことで向こうの攻撃の質が変化した事にいち早く気が付いていた。
確かに勢いは激しくなったが、これまでの攻撃と違って不自然な程に一か所だけ逃げやすい箇所を開けながら剣が攻撃してきたのだ。
誘われていると考えない方がどうかしている。
当然、誘い自体を看破していても、待ち構えている罠が何かが分からないといけないが、向こうの手の内は十中八九読めていた。
相手は刀剣類を操る能力なのだ。ならばどれくらいの数を操れるのかを考慮するのは当然であり、能力者がまだ刃物を隠し持っている可能性があるのを想像するのは難しい話ではない。
ウーガンが頑なに剣を十五本しか操らなかったのは、それで勝てると思った部分もあるだろうが、わざとそう思わせておいて、それ以上は操れないと思わせようとしているとジェンは考えた。
ならば今こうやって、わざわざこちらが向こうに近づけるように誘導している理由は、騙し討ちを狙っているからだと考えて間違いないだろう。
相手の考えは決して悪くはなかったが、こうもあっさり読み切れてしまうと、何か見落としがあるのではと勘ぐってしまう。
(……まあ、悩んでも仕方ない。例え読み切れていなくても問題ない手を打てば良いだけだ)
もうこの段階では思考など無意味だとジェンは割り切った。
相手が回避不能の一撃を放てるまで五歩の地点で極限まで集中力を高めていたのだ。
リズムよく距離を詰め、同時に右拳を握り込み、常人よりも柔らかい腕関節を利用して右腕を捩じる。
同時に上半身にも捩じれを加えて振りかぶった。
普通のパンチならば間違いなく相手に届かない、一歩手前の場所でジェンは足を踏み込み、捩じった身体を解放する。
「〈極大旋風〉!!」
ジェンはボクシングのアッパーカットを繰り出す様な形で地面から天へ向かって拳を打ち上げた。
ウーガンとの距離は一メートル以上離れている、彼との間には何も存在しない場所でのド派手な空振りであった。
「ハッ、何さ、それ――」
その空振りを見て一瞬呆気にとられたウーガンが何かを言おうとした直後に、異変が巻き起こった。
というよりも既にジェンが空振りをした時点でその異変は起こっていたのだ。
ほんの少しだけ発生した旋風。それが瞬く間に勢いを増してウーガンへと襲い掛かったのである。
「――っ!」
いや旋風が襲ったのはウーガンだけではなかった。周囲に浮いていた刀剣、それに能力を使用したジェン迄も同様に飲み込まれていたのだ。
しかしながらジェンとウーガンでは同じ様に旋風に飲み込まれたとしても心構えが違う。
初めからそのつもりだったジェンと、何もわからないまま只々上空に巻き上げられたウーガンとでは、対応が雲泥の差だったのである。
◇◇◇
僅か数秒でいきなり数十メートルの上空まで回転しながら浮かび上がったウーガンは狼狽えることしかできなかった。
能力を使う為の集中力を発揮することがなど出来る訳もなく、突如消え去った旋風から解放されても錐もみしながら落下するばかり。
それでも並みの混血者ではないウーガンは意地で地面まで残り半分程の地点で何とか態勢を立て直す。
さらに剣を操作してクッションに出来れば、最小限のダメージで切り抜ける事ができると考えた。
「まあ当然、それくらいは出来るよな」
自分のいるよりも上の位置から、そんな声が聞こえてきた。
ウーガンはその声のおかげで、この状況は千載一遇のチャンスだと理解した。
何故なら、自分もそうだが人間は空中で自在に動く事が出来ないのだ。
ならばそれは、自分と同じ様に落下しているあの男にも当てはまるはずだからである。
「ああそうさ……しかもっ! さらにっ! 俺っちはこの体勢からお前を殺す事が出来るって事さ!」
何とか身体を捩ったウーガンは、自分の視界内に捉えていた剣を一本、何とか操作した。
着地前に先にジェンを狙って剣を上空に向けて発射する。
「残念。それは悪手だ」
首を振りながらジェンが告げる。
放たれた剣はジェンの言葉通り、彼にまで到達する事はなかった。飛んでいった剣は何かにはじかれて逸れてしまったのである。
「なっ!?」
「俺は〈旋風〉を発生させられるんだ。それがどういう事か分かるか?」
相手の言葉の意味を理解するなら恐らくは旋風の盾に防がれたという事だ。それでもウーガンは諦めずに他の剣を、自分の意のままに操れる剣を探す。
「もう詰んでるんだって、お前は」
「へっ?」
視界に映っていた男の落下速度が加速すると同時に自分に向かって突進してきた。
「な、なっ!?」
何もできないウーガンに向けて凄まじい速度の回転と捻りを加えた蹴りが胸部へと叩き込まれる。
「げぶっ!!」
ウーガンは衝撃と共に自身の周囲に空気の流れが纏わりつく感覚を覚えた。
だがその感覚もほんのひと時。空気の流れは一瞬にして暴風の衝撃へと変貌しウーガンの落下速度を一気に上昇させたのである。
速度の上昇に加え、さらに身体には回転と捻りが加わってはウーガンに為す術はなかった。
周囲に軽い地揺れを起こすほどの勢いで地上に落下したウーガンは、二度三度と地面の上をバウンドしてようやく動きを止める。
まるでボロ雑巾のようにズタズタになったウーガン。
彼は結局そのまま意識を取り戻すことなく絶命したのだった。




