第二章 その29 スミカの敵討ち
一方、その頃。道場内に残されたスミカはというと、ジェンに任された地下人の娘を介抱していた。
ジェンに助太刀したいのは、やまやまなのだが、そもそも道場内にあった刀剣類は全て敵の手中に落ちてしまっている。
正直な話、例え自分が参戦したとしても、素手の状態の自分など、戦力外もいいところだ。どうあってもジェンの足を引っ張るビジョンしか浮かばない。
という訳で道場内に残っていたスミカだったが、そんな彼女は入り口の方から漂った何者かの気配に気が付いた。
明らかにジェンではない、異質な迫力が醸し出された気配に、スミカの緊張感が一気に高まる。
「何者だ!」
「フン。俺を何者だときたか。ここは俺の所有する道場だ。ならば言わずと知れよう。なあジンマ一刀流の娘」
そう吐き捨てるように言いながら道場内に姿を現したのは、間違いなくスミカの家族の敵である男。ヴィレー本人だった。
「ヴィレーッ!!」
不俱戴天の仇敵の姿を見咎め、スミカの感情は一瞬にして怒りに飲み込まれた。
床に落ちていた剣の鞘を拾い上げると、一直線に襲い掛かったのである。
「フン。愚かな……」
型も何もない、力任せに振るわれた鞘による一撃は、ヴィレーに届く事はなかった。
剣を抜いたヴィレーによる、流麗な軌道を描いた剣先により、あっさりと弾き飛ばされてしまったからだ。
「何もかもが未熟なんだよ」
そう零しながら、瞬く間に放たれた剣による刺突によってスミカの両の太ももが穿たれた。
「ぐあっ!」
呻き声を上げて膝を付いたスミカに対し、ヴィレーは続けて彼女の腕を斬りつける。
「あぁぁぁーっ!」
剣を軽く振り払い鞘へと納めながら、ヴィレーは改めて道場内の惨状を確かめる。
「フン。これだけの人数を殺戮する程の助っ人を、良くもまあ縁もゆかりもないこの街で見つけたものだ。まあ大方の正体は分かっている。混血者だろう?」
傷を押さえながら蹲っているスミカに対し、蔑んだ目を向けながらヴィレーは問いかけた。
「クッ、さあな」
「フン。まあ、どうでもいい。間もなく片付くはずだ。それまでは生かしておいてやる。助っ人の死体を見せつけた後に殺してやる」
「……随分と余裕だな。お前らに彼を殺せるはずがないっ!」
スミカは自分を見下すヴィレーを睨み返しながら、そう言い切った。
だがヴィレーは表情一つ変える事無く、当たり前の様に言い返す。
「フン。それは無理だな。お前の助っ人が戦っているのは、我が剣術道場最強の男。俺の息子で混血者なんだからな!」
「……息子だって? ならば貴様も家族を失う痛みを知ればいいっ!」
「痛みだと? フン、そんなものを感じる事は絶対にないな」
「何ッ!」
「確かに書類上は俺の息子だよ。ただし義理のという言葉が前に付くがな」
「例え義理でも……それでも家族なのだろう!」
「家族だと? 亜人の血を引く混血の化物が? フン。笑わせるな! アレは利用価値があるから置いているだけだ。向こうもそれで美味い汁が吸えているのだからお互い様なんだよ! そもそも混血を利用しているのはお前も同じだろうが!」
「利用ではないっ! 協力者だ!」
「協力者だあ? この死体の山の中に、お前の手にかかって死んだ者が果たしていったい何人いるというのかな? それとも殺人を請け負ってもらうからには自分も同じ痛みを抱えるとでも言うつもりではないだろうな?」
「……ッ!」
ヴィレーの放つ言葉はまるで鋭い刃の様に、スミカの心を次々と切り付けズタズタにしていく。
肉体的にも精神的にも徹底的にやり込められたスミカは黙ったまま俯く事しかできなかった。
そんな時、突然の地揺れと共に道場が軽く揺れたのである。
「フン。どうやら外の戦いも決着したようだな。さあてジンマの娘よ、いよいよ死が近づいてきたぞ? 言い残しておくことはないか?」
ヴィレーの言葉を聞いてもしばらくの間、一切の無言を貫いていたスミカの身体が突然、ピクリと動いた。
「……フッ……フフフッ、言い残すこと? 良いだろう聞かせてやる」
ゆっくりと顔を上げたスミカの表情には笑みが浮かんでいた。それを見たヴィレーは彼女とは対照的に眉根を寄せて怪訝な表情へと変化する。
いったい何故、急に態度が豹変したのか理解に苦しんだ為だ。
「何を笑って――」
「某に刀をっ!」
「おう」
スミカの願いに何者かが応えた。
ヴィレーは声の主の正体を知るべく、声の聞こえた方向、道場の入り口の方へと振り返る。
すると、まるでそんな彼の動作を読んでいたかの様に、振り返ろうとした彼の視界と交差する形で細長い何かが通り過ぎた。
その何かが刀だと認識するのに一秒もかからなかったヴィレーは突如、凄まじい殺気を発すると自身の持っていた剣を振りかぶって勢いよく背後へと振り下ろしたのである。
多少の無駄な動きがあったとしても、負傷しているスミカの技よりかは遥かに速い。そんな一振りだった。
例え何者であろうとも、直撃すれば一撃で相手を真っ二つにできるのは間違いないと確信できる程の斬撃である。
警備隊に剣術を教える流派の師範は名ばかりではないと、思わされる程に華麗で流麗な見事という他ない動きで自身の背後に迫っていた人物の頭上に落下したのだ。
ヴィレーの振り下ろした剣が身体を一直線に通り抜けて、剣先が完全に道場の床の直上で静止した。
両断された身体が少しずつゆっくりと分かれていく。
やがてスミカの視界に映っていたモノが完全に二つに分かたれ、次の瞬間、彼女を見やるヴィレーの表情が苦痛の色に染まった。
理由は単純だ。
騙されたからである。
「あれだけ煽っても、まだ自分で手を汚すつもりがないのか、小娘……」
「他人に復讐の代行を頼んだ時点で、もう既に某の手は汚れている」
「フンッ……。汚い女め」
「あいにくと、某は汚れる事には慣れているのでな」
「ククッ……見誤った、な、ゴホッ――」
胸から剣を生やしたヴィレーは口の端から赤黒い液体を零しながら、前のめりに崩れ落ちたのであった。




