第二章 その25 襲撃者、壊滅
魔獣狩りの屋敷に侵入した七人のうち六人が死亡した。
最後に残っているのは氷によって窓に腕が張り付いたままの門下生だけ。
そんな彼に対し仮面の女が無遠慮に近づいてくる。
「さてと、後はお前だけだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……いや、待ってください」
門下生の男は慌てながら、大声で懇願した。
すると女は歩みを止め、男に対し語りかけた。
「待つって何を?」
「め、命令されただけなんです! 怖くて逆らえなくて、だ、だから」
「だから?」
「お、大人しく、出ていきます。もう二度と貴方の前に現れません。だから何卒、命だけはお助けください」
男は必死になって懇願し続ける。すぐそこにいるのは自分より強いチョッキムや他の門下生を歯牙にもかけない相手だ。
とにかく必死になって訴え続けるしかなかった。
「あんたら何者?」
「ヴィレー剣術道場の者です」
「何で襲撃してきた」
「な、長い黒髪の女を匿ってたって聞いて」
「長い黒髪……。ああ、つまりアンタらはあの女の敵って事か。こっちは別にアイツの仲間じゃないんだが?」
「そ、そうなんですか?」
「全くいい迷惑だな。それであの女の関係者だと勘違いして、ここに乗り込んできたのか」
「あ、あの、ここはいったい?」
「ここはな、国営の魔獣狩りが住んでる屋敷だ」
女の言葉を聞き、頭の中で反芻していく。
そうして数瞬の後、男の顔面は寒さでの震えを通り越していき、恐怖によって今以上に蒼白に染まる。
「国営……魔獣狩り……。ま、まさかブチ切れた混血者ばっかりだっていう、あの?」
「へー、世間ではそう認識されてるんだ?」
ヴィレーの門下生は剣術を習ってはいても所詮は普通の人間である。
混血者はあらゆる面で、そんな普通の人間の上を行くのだ。そんな連中に最初から勝てるはずなどなかった。
「ひぃぃぃっー! ち、違います、そうじゃなくて――」
「どう思われてようが、どうでもいいけどね」
不意に女が手を伸ばした。すると男を凍り付かせていた冷気が徐々に消えていく。
身体が自由になった男は呆然としたまま、その場から動けない。
「助けて欲しいんだよな?」
「え? は、はい」
「なら外で張ってる仲間の三人を殺せ」
「え?」
「聞こえなかったか? 仲間を殺せと言ったんだよ」
「な、なんで、まだ外に三人いるって……ひょっとして最初から分かってて?」
「何の事前連絡もなく不自然に屋敷に近づく集団。しかもこちらの逃走を阻むかのような人員配置。最初からお前らの目的が襲撃だとしか考えてないよ」
「そ、そんな……」
最初から全てをお見通しで待ち構えられていたのを知り、男は益々戦意を喪失した。それどころかどうして自分はこんな場所に来てしまったのかと悔いる事しかできない。
「それでこっちの質問の答えは? やるのか? やらないのか? どっちだ?」
冷淡な女の声が、男の恐怖心を煽る。相手の表情が仮面によって見えないだけに余計に強烈に感じられてしまう。
もはや男に選択の余地などなかった。
「や、やります」
当然そう答えるしかない。目の前の化物を一人で相手にするより遥かにマシだから。
「別に気に病む必要はない。お前は怖くて逆らえない相手の命令を聞いただけだからな」
まるで免罪符の様に、さっきの自身の言葉を引用されて男の気持ちが心持ち軽くなる。
彼女の言う通り、ここには殺しをする為にやって来たのだ。しかし相手が悪すぎた。こんな化物が相手では無駄死にするだけ。
ならば自分でも殺せる相手を殺して、自分だけでも生き残るのは、当然のことではないか。
「へ、へへへっ、そ、そうだ。俺は悪くない。何も悪くない。め、命令されただけなんだから……」
もう既に男には正常な判断力など残っていなかった。絶望的な状況から、僅かに自らが生き残れる可能性を提示され飛びつく事しかできなかったのである。
ノソリとした動作で男は立ち上がった。そのままブツブツと独り言を呟きながら扉の方へと歩き始めた。
外へ出る為の扉の前まで移動すると、そのまま扉を開けてゆっくりと外へ出る。
室内の冷気が噓のように、外は心地よい暖かさだった。
だがそんな中でも、男の心が華やぐことは決してない。
無事に外へ出れたのだからこのまま逃げ出すのも選択肢の一つではある。
逃亡を図ろうかと思ったと同時に床から生えた氷柱に身体を粉砕されたチョッキムの姿を思い出す。仮面の女は屋敷内が自分の間合いだと言っていた。だからもう既に安全地帯にいるはずだと男は考える。
いや実際はそう思い込みたかっただけだ。
少しでも早くこの場から逃げ出したいと考えるからこそ、もうここは安全だと思い込みたいのだ。
「ひ、ひひ、ひひひっ……」
男の口から引き攣った笑い声が漏れる。
もう彼は何が正しいのかサッパリ分からなくなっていた。
極度の緊張から解き放たれたことにより、逆に正気のタガが外れてしまったのだ。
当然、そんな男の姿は不自然極まりない。門と屋敷の間にある敷地で待機していた仲間の一人が傍までやって来るのは当たり前の事であった。
「おい。どうした? 何でお前一人だけ外に出てきたんだ?」
「……ぅるっせぇ」
「…………え?」
ボソッと漏らした言葉が上手く聞き取れず、仲間の男はさらに近づいた。
「声が小さすぎて聞こえねえよ。他に誰もいないし、もう少し大きな声で話せって」
不用意に近づいたのが致命的なミスだった。
「うるせぇんだよっ! 死ねっ!!」
剣を抜いて近づいた仲間を袈裟斬りにする。
「な、何を……」
油断していた為、まともに正面から斬られた仲間の男はそのまま崩れ落ちた。
「ひひひっ。こっちの方が楽じゃねえかよ。あと二人……殺せば俺はぁーっ!」
完全に狂気に飲み込まれてしまった男はそのまま正面の門に向かって走り出した。
そこには見張りが一人いるのを知っているからだ。
鉄製の門を開き、そのまま道路へと移動すると、驚いた表情を見せる仲間の姿があった。
「な、なんだ突然? 何か問題でもあ――」
状況を問いかけた仲間に対し、男は問答無用で斬りかかった。
不意を打たれた仲間の男は咄嗟に攻撃を躱したが、完全には避けきれずに左腕を斬られる。
「ってえ! 何しやがるっ!」
怪我を負いながらも慌てて剣を抜き対峙する仲間の男。
こうしてヴィレー門下生の同士討ちが始まったのである。
◇◇◇
一方、仲間の同士討ちという状況が起こっている事に未だに気が付いていない門下生がいた。裏門付近で逃走者がいないかを見張っていた襲撃者たちの最後の一人である。
見張りの男はチョッキムの命令通り、愚直に屋敷の裏口を見張り続けており、表門付近の騒ぎになど関心がない。
というよりも表門の騒ぎは、自分たちに襲撃された事により逃げ出した誰かが見張りの網に引っかかったのだと、その程度にしか考えていないのである。
それよりも表門が騒がしくなったという事は、そろそろこちらにも誰かが逃げ出してくるのではないかと、期待に胸を膨らませている状態であった。
「フヒヒッ。いいねいいねー。早く誰か逃げて来いよ。女なら最高なんだけどなあ」
下卑た笑みを浮かべながら見張りの男はその時を今か今かと待ち続けていた。
「女なら何が最高なんだ?」
すると突然、誰かの声が見張りの男の耳に届いた。上機嫌だった彼は特に深く考える事無く、謎の人物の問いかけに答える。
「そりゃあ、アレだ。楽しみ方は色々あるぜえ? 娼婦なんかにゃあ出来ない事も、遠慮なくやれるってモンだからな」
「ふぅん」
一瞬の沈黙が流れ、不自然な事態に気が付く。
「…………え!? 誰だ?」
「魔獣狩り」
「――ッ!!」
次の瞬間、見張りの男の意識は途絶えた。
彼の首筋を冷たい何かが通り抜け、文字通り首の皮一枚だけを残してそれ以外を切断したのが原因だった。
◇◇◇
氷の刃が通り抜けた後の傷口は、瞬間的に凍り付いており首がそのまま地面へ落ちるという事はなかった。
見張りに気付かれない様に慎重に背後に回り込み、一撃で仕留めたアオイは屋敷の周囲へと感知を巡らせる。
「さてと、これで残りは表で同士討ちしてる奴らだけど……後は任せて平気かな?」
元々この周辺にやって来る人間など殆どいないが、一応この場所に死体を放り出しておく訳にもいかないので、襟首を掴んでそのまま引きずって屋敷の敷地内へと運ぶ。
表の方も遠からず決着がつくはずだ。何せもうすぐそこまで帰ってきているのだから。
「事情を知らない使用人もいるから、とりあえず屋敷内のゴミを片付けないとね。あー私は怪我人なのになあー! ジェンの奴め、この貸しは高くつくからね!」
そんな事を独り言ちりながら、アオイは妙に機嫌良さげに屋敷の裏口まで歩くのだった。




