第二章 その26 襲撃者、全滅。そして
緊急で頼まれた裏の仕事を終えたコクローは屋敷へ向かって歩いていた。
一般の人々が住む場所からは隔離されるようにして建っている屋敷なので、周辺に他の建物などはなく僅かな畑と手つかずの荒れ地が見えるだけの未知を歩いていく。
人の気配がない、という事は多少はアウトローな連中が集まってきそうなものだが、実際にはそんな事はない。
魔獣狩りの尾ひれが付きまくった評判のおかげで人は寄り付かず、屋敷はまさに見事なポツンと一軒家状態なのである。
そんなわけで、一人で帰宅している途中のコクローは屋敷に近づくにつれて不穏なものを感じ取っていた。
屋敷の方から吹いてくる風の中に、微かではあるが血生臭さいものを嗅ぎ取っていたのだ。
「どういうこった……屋敷で何かあったのか?」
自分の留守の間に何か異変でも起こったのかもしれないと考えたコクローは屋敷に向かう速度を速めた。
道を真っすぐ進んでいくと、屋敷の門の前に人影がある。
その姿はシルエットから判断するなら、体型的には中肉中背の男性の様に見えた。さらにそいつは手に剣の様なモノを持っている。
周囲は随分と薄暗くなっているが、屋敷の周辺に設置されている外灯のおかげで近づく程にハッキリと見えるようになってきた。
立っているのは男で間違いない。さらにその男の足元には横たわっている人物の姿が確認できる。
その人物から流れ出たであろう赤黒い液体が溜まりを作っているのが見え、コクローの警戒感が跳ね上がった。
門前まで残り数メートルの距離という所で、背を向けて立っていた男がゆっくりと振り向いた。
「ひ、ひひひっ。あと、ひとりぃー」
ギョロついた男の目には狂気が宿っていた。もはや完全に正気ではないと、コクローは即座に判断する。
「どこの誰かは知らないが……やる気なら手加減しねえぞ?」
「ひひひひひひひひ、けきゃーっ!!」」
奇声を発しながら男が動いた。
どう見ても正気を失っている様子なのに繰り出される剣技は様になっており、コクローはほんの少しだけ目を見張る。
「残念だな」
そう呟きながら、コクローは男と交錯した。
いつの間にやら抜いていた刀をクルリと回して鞘に納めながら自身の横を通り抜け動きを止めた男に対し……
「あと五年も修行すりゃあ、俺に手傷を負わせるくらいにはなってたかもな」
と、コクローが言い終えると同時に男は崩れ落ちたのであった。
◇◇◇
門の前に二体、門をくぐって屋敷に着く前に一体。合計三体の死体が転がっている。
まあ、そのうち一体は自分で切り伏せたのだが。とにかくいずれも武器に剣を使用していた形跡があり、襲い掛かってきた相手はある程度の剣の技術を持っているのが見て取れた。
「何となく事情が読めてきたな。だとすりゃあ、俺的には魂を一つ回収できたのは助かったってところか」
つまり、ヴィレー剣術道場の連中にスミカの居場所がバレたという事だろうとコクローは推測した。
自分が不在だった為に、屋敷にいた誰か(恐らくはアオイ)が返り討ちにして、自分の斬った相手は既に恐怖で気が触れてしまっていたという感じなのだろう。
コクローはそう考えながら屋敷の扉を開ける。
すると玄関ホールの凄惨な氷のオブジェが目に入ってきた。
「あっ、隊長。おかえり」
一階の奥の廊下からアオイが姿を現す。三体の遺体を引きずってきており、それを氷のオブジェに追加し始めた。
「……ただいま。随分と派手に殺ったな」」
「こいつら、最初から殺気満々だったからね。身の程を教えてやったの」
「……そうか。こいつらが誰だとか、情報はあるか?」
「えーっと、確かヴィレー剣術道場だったかな? そこの門下生で、あの黒髪の女の仲間だと思ったから襲撃に来たみたい」
ほぼ推測通りの答えに納得してコクローはゆっくりと頷いた。
「なるほどな。で、アジトの場所とかは聞いたか?」
「ほぼ全員、瞬殺したから全然聞いてない」
「突然の襲撃だから仕方ないが、せめて一人ぐらい残しといてくれよ」
「一応は残してたんだけどさ、隊長が斬っちゃったじゃん」
「……アイツはもう壊れてたぞ」
「そっかー、ちょーっと、ビビらせ過ぎたかー」
何一つ悪びれる事無く言うアオイを横目に考えを巡らせる。
未だ足りていない情報のピースを埋めるべく、コクローは彼女に質問を続けた。
「確認だが、屋敷内の他の人間に被害は出てないだろうな?」
「うん。もちろん。使用人と子供たちはそれぞれ二階の部屋に匿ってて、襲撃してきた奴らは誰一人二階には通してないから」
「ならばいい。……ん? 使用人と子供たちって……スミカはどうした?」
「出ていったらしいよ」
「……らしいって、何処にだ?」
「街外れの別荘地。そういえばジェンが追いかけるって隊長に伝えてくれって、言ってたよ」
「……わかった」
どうやら自分が留守の間に色々と事態が進展していたようだった。
大体の出来事を把握したコクローは、どう動くべきかを頭の中で纏める。
「アオイ、一応まだ襲撃があるかもしれん。引き続き警戒しておいてくれ」
「コイツらの死体はどうする?」
「ひとまず地下の使ってない部屋にでも凍らせたまま放り込んでおけばいい。処理班は後日呼ぶ」
「了解。そんで隊長は、またお出掛け?」
「ああ。ジェンが先行してるから心配はないと思うが、念の為に行ってくる」
「はいはーい」
「それじゃあ、頼むぞ」
「いってらっしゃーい」
アオイに見送られながら、コクローは再び屋敷の外へと出発した。
多少の焦りを含んだ表情で足早に別荘地へと向かう。まず心配なのはスミカの身だ。
神に祈るなど無駄だと思うが、ジェンが無事に間に合っているようにと。
自分の背負っている死神が、彼らに向かう事などない様にと、そう願いながら夕闇の中へと姿を消したのである。




