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第二章 その23 襲撃者、到来

 ケングーは言った。「どうやら居残り(・・・)は当たりだったらしい」と。


 居残りとはつまり、ここにいたヴィレーの門下生は全員ではなかったという事だ。


 では他の門下生たちはどこに行ったというのか?


 その答えには何の捻りもない。


 スミカは今日の昼過ぎから諜報担当であるリソンに監視されていた。

 だからこそ彼女はこの道場におびき寄せられたのである。


 つまり彼らはスミカのいた場所を知っていたのだ。

 ならば、その場所を狙うのは当然の事。

 道場には無関係な地下人を捕らえているのだが、スミカにとっては赤の他人であり、あっさり見捨てられる可能性もある。


 ならば彼女の滞在していた屋敷内にいる人間ならばどうだろう?

 人質として充分に機能するのではないだろうか?


 彼らはそう考えた。そして行動を起こしたのである。

 屋敷を襲撃し、そこにいるであろう誰かを捕まえる為に。


 一人でも捕まえれば、残りは皆殺しでも構わない。


 そう考えて、ヴィレー門下生たちはやって来た。


 総勢十名、率いるのはヴィレー剣術道場師範代チョッキムという名の男だ。

 腕前はもちろんの事、それだけではなく残虐性においては彼らの中でも一番と言われる男であった。


◇◇◇


 時間はジェンが道場に踏み込むよりも前に遡る。


 魔獣狩りの屋敷を少し離れた場所から眺める人物がいた。


 短く刈り込んだ頭髪はセンターラインの箇所だけ尖らせてあり、鼻や耳に金属のピアスを装着している。

 中肉中背の身体つき、鋲の付いた服を着ており、背中には二本の変わった形をした大剣を背負っていた。


 そんな特徴的な格好をした大柄な人物が、屋敷の襲撃を指揮するチョッキムである。


 黙ったままの彼に対し、門下生の一人が声をかけた。


「屋敷の裏口へ人員の配置が完了しました」

「そうかー。なーら、最終確認をするぜー。あの屋敷にいるのは我々ヴィレー剣術道場に敵対する奴の関係者だ。遠慮するな! 抵抗者はその場で殺して良し、出来れば女を捕らえて連れて来い」

「はい」

「向こうは油断しきっているはずだからなー。正面突破で奇襲をかけりゃー、あっさり陥落するはずだからよー」

「はい」

「見張り組は屋敷から逃げ出した奴がいたら、即殺せー! 歯向かう奴も同様だ! 我々に楯突く恐ろしさを思い知らせてやれー!」

「はいっ!」

「因みに女を捕らえた奴は、良い女だったら俺の次に楽しませてやるぜー!」

「うおおおぉっ!!」

「よーし突入するぞーっ! ヒャーッハーッ!」

「ヒャーハーッ!!」


 こうして士気を高めた襲撃部隊は動き始めた。

 悪意の権化は怒涛の勢いで屋敷の外門から庭を通り抜け、あっという間に正面入口までたどり着いた。


 屋敷の門外に一人、敷地内と裏口に一人ずつの見張りをたてておき、残りのメンバーは一階の扉の前に立つ。


 指でサインを出すと、先頭の一人が扉を少し開き中を確認し、人の気配が感じられないとみるや、静かに扉を開き音を立てずに侵入する。


 チョッキムを含む襲撃メンバー七名は一階にある広いロビーに集まった。


 屋敷内に灯りは点いておらず、薄暗く不気味な雰囲気を醸し出しており、何人かは寒気を感じたのか背中を震わせている。


「誰もいませんね」

「探しゃー、どっかにいるだろーよ」

「わかりました。おい、予定通り二人一組で屋敷内を探索だ。一人は俺について来い。お前らは奥の階段から二階を探索しろ」

「はい」


 門下生たちがペアを組み二手に分かれて、それぞれ一階の廊下の奥と階段の方へと進んでいく。


 チョッキムは探索に向かった連中を見送った後、もう一度改めて周囲を見渡した。

 すると何故か窓の傍にいる門下生がその場から一歩も動かずに突っ立っているのに気が付いたのである。


「おいー、そこの奴。何してーやがる?」

「す、すいません。ちょっと怪我しちまいまして」

「はーあ? 怪我だとー? まだ何も始まってもねーだろーが。おーい、ちょっと見てやれ」

「え? は、はいっ」


 チョッキムはすぐ横にいた自分とペアを組む門下生に指示を出す。


 出鼻をくじかれた気分になった彼が溜息をつくと吐き出された息が白くなった。


「……あー?」


 それは些細な違和感だった。

 何かが妙だと感じさせるのだが、今一つそれが何なのかがハッキリとしない。


「チョッキムさん、ちょっと良いですか」


 考えが纏まらないうちに声をかけられ、チョッキムは苛立ち混じりに返事をする。


「今度は何だよーっ!」

「コイツの怪我、何か変です」

「何がーっ!?」

「手の皮が剝がれてるんです。まるで無理やり剥がしたみたいに」

「はーあ?」


 またもチョッキムの口から漏れた息が白くなる。だがそんな事には構ってられないとばかりに窓の方へと近づいた。


「チョッキムさん……」

「だーから、何だーっ!」

「……窓にくっ付いてました」

「何がーっ?」

「剥がれた皮が……」

「さっきから意味が分からねえよーっ! 何を言ってんだー、お前はよぉーっ!」


 チョッキムは改めて門下生の方を見た。いや厳密には彼が指さす先、窓の方をである。


 確かに言う通り、何か歪な物が窓に貼り付いていた。それが人の皮なのかまでは確信が持てる訳ではなく、チョッキムは改めて聞き返した。


「俺をからかってる訳じゃーねーよなー?」

「ちっ、違います、本当に怪我をして……」

「分かったから、とりあえずそれを引っぺがしやがれー! それとお前はそこにいる奴と階段で上に行けー!」


 介抱していた門下生に対し、もう一人と一緒に屋敷の探索の指示を出すと、怪我をした門下生には悪戯の後始末をするように言いつける。


 チョッキムは少しばかり大声を出し過ぎて屋敷にいる人間に存在を気付かれた可能性がある事に、仕方ないと割り切る事にした。

 最初から穏便に済ますつもりなど更々ないので、気付かれようがどうでもいいのである。


「チョッキムさん……剥がれません」


 違和感に目を背けて先の展開に思いを馳せていると、またしても情けない声で話かけられた。


「てめーっ、ふざけんのもいい加減にしろよーっ!!」


 振り返ったチョッキムは現実を直視して今度こそ、その動きを止めた。


 やはり何かがおかしい。

 いや、おかしいどころではない。

 明らかに異常である。


 何故なら窓に触れている門下生の手が凍りついて窓と一体化していたのだから。


 襲撃者たちはそれを見てようやく認識を改めたのだ。


 この屋敷が自分たちを地獄へと誘う場所なのだということに。


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