第二章 その22 復讐代行、決着
その場にいる誰もが自分の耳を疑った。
復讐代行をしてやると持ち掛けた人物が、依頼者が危険にさらされる状況になっているというのに、あっさりと見捨てる様な発言をしたのだから当然である。
「す、好きにしろだと?」
縛られて吊るされているスミカに剣を向けている男も同じ様に混乱した結果、素直に聞き返してしまう。
それも当然だろう。つい先ほど同じ様なやり取りで自分が剣を向けている女は何も抵抗できなくなった。
なのに彼女を助けに来たであろう人物は全く意に介すことなく、人質を殺したければ殺せばいいと宣ったのだから。
「そうだよ。やりたきゃやれば良い。もっとも、それは俺に隙を見せるのと同じだと理解してるならば、だがな」
やはり返事はやれるならやれば良いという内容。つまり前提は覆ってなどいないという事だった。
復讐代行者の一番の目的は依頼された復讐を遂行することであり、依頼者の身の安全はそれ以下だということである。
「正気か? 依頼人が死んだら、報酬も貰えず、意味もなくなるんだぞ。分かってんのか? 全部が無意味だろうが!」
「……お前は何を言ってるんだ? 復讐を依頼する人間はな、例え自分がどうなろうと、相手に復讐をできればそれでいいんだよ。無意味だと? 意味はなくとも意義はあるぞ。生きてる意味のないお前らみたいなのが消えていなくなるんだからな」
発言を聞いて、ようやく門下生全員が理解した。
今この場に現れた復讐代行者を名乗るこの男はまともではないと。
普通ならば、こういった場面では人質の安全を最優先に考えるものなのだ。
けれどこの復讐代行者には、一切その考えがない。
復讐こそが一番優先される事柄であり、それ以外に何の意味も見出していないのである。
「…………狂人め」
思わず男の口をついて出た言葉は、他の門下生だけでなく人質となっている地下人の親子やスミカですら思い浮かべてしまう言葉だった。
その場にいた人間の中で、二人だけを除いた全員がそう思ったのだ。
「お前なんぞに言われたくはないな」
狂人と目されている仮面の男は、心外だとばかりに言葉をもらす。
すると、この場でもう一人彼を狂っているとは考えていない男が口を開いたのだ。
「ふむ、なるほど。どうやら居残りは当たりだったらしい」
それは乱入者が暴れても微動だにせず、黙って様子を観察し続けていた禿頭の男だった。
「我が名はヴィレー剣術道場師範代ケングー。復讐代行者よ、名を聞こう」
ヴィレー剣術内にてその腕前は最強と称される、師範代ケングーが重厚な声色で言葉を発したのである。
多分にプレッシャーを含む、その問いかけに仮面の男は何一つ態度を変えないまま返答した。
「名前? うーん……教える必要ないだろ? どうせアンタは死ぬんだから」
「ふむ、なるほど。ならば貴様の墓標には愚か者と、そう記しておいてやろう」
軽い調子で答えた仮面の男に対し、ケングーも不敵な笑みを浮かべながら応える。
「ハハハッ、墓なんかいらねえよ。もしアンタに俺が殺せたなら、どっかそこいら辺に適当に放り出しておけ。その方が俺らしい。まあアンタにゃあ無理だがな」
「ふむ、潔し。遺言確かに承った」
そう宣言すると、ケングーは構えをとった。
たったそれだけの事で一瞬にして道場内が緊張感に包まれる。
数瞬の静寂、ケングーが踏み込み鞘に収まったままの剣を横に薙ぐ。
相手を試す為に振るった剣は、仮面の男にあっさりと躱される。
「ふむ。当然、躱すか……資格はあるようだ」
確かに躱された。だが向こうは間合いを詰める事はできず、数歩後ろに下がって距離を空けている。
自分が相手を試したのと同じで、相手ももまたこちらを計ったのだとケングーは理解した。
故に……鞘から剣を抜くと再び構える。
剣を腰に当て、そのまま最速の切込みで横に払う。
鞘という重しを外した事で速度も威力もあらゆる面が数段跳ね上がっている。
それはケングーの最も得意な攻撃の型であった。
集中していく。
再度、道場内に静寂が訪れた。
◇◇◇
ヒリつく感覚。
刹那、ケングーの放った剣による一撃は復讐代行者の右腕の前腕部を切り飛ばす。
直後、自身の視界が黒く染まる。
◇◇◇
胴を薙ぐ。
結果、自らのに穴が開いた。
◇◇◇
狙ったのは首筋。
掠る事すらなく、自らの首が曲がる。
◇◇◇
ケングーは自身に出来る事をイメージしていた。
間違いなく初撃は当たる。
だが次の瞬間には相手の攻撃を受けて終わってしまう。
狙う箇所によってはこちらの攻撃は全く当たらない。
それでもきっちり反撃を受けて終わる。
十数秒の間に幾百通りのイメージを浮かべるが、全てにおいて自身の敗北が脳裏に浮かぶ。
全戦全敗のイメージ。
これまでのケングーの人生では有り得ないことだった。
だが彼はそこで諦めなかった。
ひたすら浮かべ続けたイメージの先に、ついに彼は完勝のイメージを見出したのだ。
それは目の前の仮面の男を確実に斬り殺す必殺の斬撃であり、これまでの自分を超えた動きだった。
だからこそ、生まれて初めてケングーは戦いの最中に笑みを浮かべた。
自分はまだ先に行けるのだと。
限界を超えて強くなれるのだと。
この相手を斬り倒し、更なる高みへ向かえる事をケングーは確信したのだ。
それがヴィレー剣術道場師範代ケングーが表情に笑みを浮かべながら死んでいた理由だった。
◇◇◇
もう既に、ジェンが初撃を躱した時点で勝負は決まっていたのである。
確かにケングーと名乗った男の攻撃は速かった。
普通の人間ならば躱すのが困難なのは間違いない。
だがジェンは普通の人間ではないのだ。
混血者と呼ばれる、常人を遥かに上回る能力の持ち主である。
さらに言うなら彼は普段から魔獣を狩る事を生業にしているのだ。
それはつまりジェンにはケングーの攻撃速度と同等の斬撃を攻撃手段に持っている魔獣と戦った経験もあったという事だった。
故に相手の間合いを知り、一時的に身体能力のリミットを外してやれば、向こうが何か反応する前に一瞬で相手の命を奪う事など造作もなかったのだ。
「残り、三人……」
感情を込めずにまだその場にいるターゲットを見回すジェン。
残った門下生達の戦意は完全に消え失せていた。
それでもジェンに容赦はない。
故に、彼らが絶命するのに一分も必要としなかった。




