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 ……遅くなりましたm(_ _)m

 とても、とても難産でした!


 



 目の前には良い香りの紅茶と、彩りも鮮やかな美味しそうな小振りのケーキが所狭しと鎮座している。


 「お召し上がり下さいね〜。あっ、毒味はしましたから安心して大丈夫ですよ〜。ちなみに私のお勧めは、このラズベリータルトですぅ」

 「あっ、はい。では、それを頂きます」

 「畏まりました〜」


 いまいち状況が掴めないまま、目の前に取り分けられたケーキを口に入れる。


 「っっ、美味しい!」

 「ふふっ、お口に合って嬉しいです〜」


 何これ?公爵令嬢として贅沢な美味しいお菓子を食べてきたけれど、これは別格だと思う。タルト生地はサクサク、カスタードクリームはあっさり、ピンク色のムースは甘め、それ等が一番上で艶々と輝くラズベリーの甘酸っぱさを引き立てている。う〜ん、至福の味。


 「あらら〜、そうやって笑うと子供みたいですね〜、ふふふ」

 

 どうやら顔が緩みきっていたらしい。んんっ、と顔に力を入れるが、駄目だ。だって、美味しいんだもん。女子にとって、美味しいスイーツに勝るものはない。……本当にこのケーキ、凄すぎる。


 「クリスティンさん!これ凄く美味しいです!」

 「お褒めに預かり光栄です〜」

 「ん?もしかして……」

 「はぁい、私が作りました〜」


 クリスティンさんは至極満足そうに微笑む。


 見た目は子供だけど……いや、年齢で能力は計れないか。それに、この城にいるということは彼女も当然、竜に違いない。


 ……恐るべし!

 竜は料理にも秀でていた!


 「くすくす。人型をとる竜は食事をとても大切にしているんです〜。だから必然と美味しいものを作るようになったんです〜」

 「……そんなにわかりやすかったですか?」

 「はぁい。お嬢様は人間の中でも高貴な身分だと聞いていましたけれど、素直なんですね〜」

 「面目ありません」


 クレメンティーヌになってから、社交の場では淑女の微笑みという鉄仮面を常備していたはずなんだけれど、人間が、貴族が居ない事で剥がれ落ちてしまったみたいだ。


 「どうして落ち込むのですか?わかりやすくて、幸せだって伝わって、私は嬉しいですよ〜」

 「っっ、うっ……」


 クリスティンさんの言葉に、ほろりと胸の奥の何かが崩れた。


 「あら〜、気に障っちゃいましたか〜?」

 「いえ、ち、ちがうの」


 ちゃんと違うと伝えたいのに上手く言葉を紡げない。喉の奥からせり上がってくる熱いものを堪らえるのに必死だったから。


 すると何を思ったのか、テーブルの側に立っていた彼女が私の座っている横にやって来た。椅子に座った私と小柄な彼女の目線はほぼ同じ。若葉色の澄んだ大きな瞳は慈愛を湛え凪いでいる。縦に割れた瞳孔が、彼女が人ではないと教えてくれるけれど、そんなの気にならないくらいに優しげに気遣う様子に、私の決壊は崩壊した。


 「うっ、うう〜」


 ほろり、とひと粒目尻からこぼれたのを皮切に、胸から湧き上がった熱い塊は涙となって溢れ出す。


 「よしよし。大丈夫よ、大丈夫。何も心配しなくていいの。貴女は私が守ってあげる」


 そう言って頭を引き寄せられ、彼女に抱き締められた。


 小さな柔らかい手が、優しく頭を撫でる。


 「頑張ったのね。今は誰も居ないから泣いていいの」

 「うっ、ゔっ、ゔゔ〜」

 「大丈夫、大丈夫よ」


 理屈ではない。

 でも私の心が、彼女に、彼女の何かに反応して、この世界に来てから堪えてきた全てを取り去ってしまう。


 駄目、なのに。

 一度挫けてしまうと……。


 立ち上がれないかもしれない。

 顔を上げられないかもしれない。

 前に進めないかもしれない。


 そんな恐怖に苛まれる私は、号泣している今尚、足掻く。


 泣き止め!

 甘えるな!


 ……また失ってもいいのか!!


 自虐的な叱責を己にしながら、彼女から離れようとすると、抱き締める力が強まった。


 「相変わらず、甘えるのが下手なのね。そんな処ばっかり似てしまうなんて」

 「ゔっ、ゔっ?」


 ……今、何て言った?


 「泣いても、弱音を吐いても、いいの。貴女が大切だと思う事を見失なければ大丈夫なのよ」

 「……あ、あなたは、だれ?」


 嗚咽混じりに質問を投げ掛ける。

 どうしても、聞かなくていけないという焦燥にかられながらも、返事をじっと待った。


 「ふぅ、予定が狂ってしまったわね。でも仕方無いかしら。壊れそうな娘を放置出来る程、達観出来そうにないもの」

 

 そう言うと、彼女は抱いていた力を緩め、私から少し身体を離し、目を合わせた。


 「……言わなくても、気付いているんでしょ?」


 先程と同じく、若葉色の瞳は慈愛に満ちていた。

 

 私は色は違うけれど、この瞳を知っている。



 華奢で儚い容姿からは想像も出来ないほど、しなやかで逞しく、強い女性(ひと)だった。

 多くの人に愛され、その人達に溢れんばかりの愛を与える女性(ひと)だった。

 いつだって折れることなく真っ直ぐに生き、輝いている女性(ひと)だった。


 大好きな、大好きな女性(ひと)



 

 「おかあさん?」

 


 

 

   



 


 



 次回の投稿は7/27(火)です。

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