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電脳加油  作者: カキヒト・シラズ


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9/13

第9話

 ジアヨウ社の雑居ビルは渋谷スペイン坂にあった。

 スペイン坂は車両通行禁止のため、井の頭通りに覆面車を停める。ここからでも雑居ビルは見張ることができた。

 佐伯修司は部下の若林を車に残し、単身、ジアヨウ社に乗り込んだ。

 雑居ビルの一階は喫茶店になっており、ジアヨウ社の社長室は三階だったが受付は二階だった。

「すいません。取材のお約束をしていたフリーライターの木村ですが」

 佐伯は受付の女子社員に名刺を渡す。

 佐伯はすぐ三階の社長室に通された。

 社長室はこじんまりした部屋で、ジアヨウ社の日本法人社長はソファーに腰かけていた。社長の耳が異様にとがっているのが佐伯には気になった。

 最初に名刺交換する。社長の名刺には「星宇宙」と書いてある。

「ホシ・ウチュウさんとお読みするんですか」

 佐伯が訊く。

「いや、中国語でシン・ユーヂォウと発音します。

 ただ私はみんなからウーチーチーと呼ばれています。発音しやすいのでこの方がいいでしょう」

「ウーチーチー?」

「まあ、中国の妖怪ですよ。日本にも河童や天狗があるでしょう。あんなようなものです」

 佐伯はソファーに腰かけるよう社長にすすめられる。佐伯は社長と向かい合って座る。

 このとき社長に気づかれぬよう盗聴器を床にこっそり落とす。

「では早速、取材を始めさせていただきます」

 木村というフリーライターになりすました佐伯が言う。

「おたくは中国の工作員と関係ありますでしょうか」

「はあ、どういうことでしょう」

「御社の製品、『電脳加油』ですが、多くのユーザーが凶悪事件を起こしているのをご存じですか」

「……」

「なにか『電脳加油』から特殊な信号を脳に送って、人間を狂暴化させているんじゃありませんか」

「それは言いがかりです。弊社製品は不眠症の人が眠りやすくするための音響機器です」

「このビルに中国大使館の職員が来ることはありますか」

「木村さん。そんな質問ばかりでしたら取材はお断りします。お引き取り下さい」

 気まずい沈黙が流れる。

 社長は立ち上がり、机の上に用意してあった紙袋を佐伯に手渡す。

「これ、『電脳加油』の新バージョンです。まだベータ版で市場投入は来月の予定なんですがね。

 マスコミの方にはもれなく無料でお配りしてます。どうせならこの新製品の記事を書いていただきたいものですなあ。

 木村さんはどんな媒体に記事を書かれるんですか」

「週刊誌がメインですかねえ」

「週刊誌ですか」

 社長は興味なさそうに言うと、今度は紙袋から自社製品を取り出しながら佐伯に長々と説明する。

『電脳加油』の新バージョンにはOLEDタッチパネルがついている。右のイヤホンにスティックがついていてその先にOLEDタッチパネルがある。回転式でOLEDの位置が調整できる。

 またジアヨウ社特製のワイヤレスキーボードとワイヤレスマウスがおまけで紙袋に入っている。

 社長の話ではすでに『電脳加油』とBluetoothでペアリングしているとのこと。

 ただし市販のワイヤレスキーボードやワイヤレスマウスもペアリングすれば使えるとのこと。

「実はこれまでアーカシックレコードのヒーリングミュージックはスーパーコンピュータと接続しなければ聴けなかったんですが、このほど『電脳加油』のメモリを増量しました。

 このベータ版はデフォルトでアーカシックレコードの曲が聴けます。電源を入れてなにもしないとこの曲が始まります。

 別の曲が聴きたければタッチパネルかキーボードで操作する必要があります」

「アーカシックレコードの曲ってなんですか」

 と佐伯。

「まあわかりやすく言えば、自分が全知全能の神になった気分になるというか、絶対的な自信がつく曲といったところでしょうか」

 話題は新製品の話になり、十分ほどしてから佐伯はジアヨウ社を後にする。

 別れ際に社長が言った「再見(ツァイツェン)」という音がなぜか佐伯の耳に残る。





 井の頭通りの覆面車に戻る。

「どうでした」

 若林が訊く。

「なんとも言えない」

 佐伯が答える。

「ジアヨウ社の社長に中国工作員との関係を問い詰めた。嫌がってる様子だった。

 やつら、しっぽを出すかも知れないから、張り込みは続けよう。盗聴器も仕掛けた」

 カーラジオも兼用する無線機の同調ツマミを回す。盗聴器が拾う音が聞こえる。

「ところで、社長からおみあげもらったんだ」

 佐伯は紙袋を若林に見せる。

「これ聞いてみるから、盗聴器の方を頼む」

「佐伯さん、こんなときに遊ばないでくださいよ」

 若林のしかめ面を尻目に『電脳加油』をかぶり、電源を入れる。

 社長がアーカシックレコードって言ってたな。一体、どんな曲なんだろう。

 小鳥のさえずりとオーケストラの交響曲が混じる。

 佐伯は抗いがたい睡魔に襲われる……。


(つづく)


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