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電脳加油  作者: カキヒト・シラズ


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8/13

第8話

 気がつくと私はポルシェの運転席にいた。

 ここは地下駐車場。車は停車したままだ。

 右目から涙が流れていた。

 『電脳加油』を頭からはずし、吐息をつく。

 今見たものが事実なのか夢なのか判然としないが、友子が二谷君と不倫していた可能性について考えてみた。

 私は友子のLINEの書き込み内容から男と不倫していると疑った。だがその男は「Charao」というハンドルネームで実際どういう人物なのかは検討がつかなかった。

 友子の弁護士はこのLINEの書き込み内容だけでは友子が不倫していた証拠にはならないと主張した。

 だれと不倫しているか。「Charao」の人物をしっかり特定しなくてはならないとのこと。

 しかし、思い起こせば二谷君が私に近づいてきたのは友子と接触するためではないか。そう考えるといろいろ思い当たる節がある。

 私はもう一本、煙草を吸った後、ポルシェを運転して帰宅の途についた。





 会議室には三十名くらいの警官が詰めていた。

 『電脳加油』関連事件特別捜査本部の看板が会議室の前に仰々しく立てられた。

 佐伯修司は今朝、上司の警部の指示で特捜部会議に出席するよう命じられた。佐伯の提案で部下の若林も同席することになった。

 『電脳加油』関連事件とは、中国ジアヨウ社の製品、『電脳加油』の複数のユーザーが凶悪犯罪を起こしているという事件だ。

 これまでに数十件の事件が起きている。いずれも普通の人が『電脳加油』を使用した直後に原因不明の殺人、殺人未遂の傷害、レイプなどの事件を起こしている。

 もともと不眠症をなおすためのヒーリングミュージックの音響機器だったが、その催眠効果がユーザーの潜在意識や深層意識を刺激し、ユーザーを狂暴化させるのではないかとの懸念がある。

 そこで特捜本部が設置された。

「これはまだ極秘情報だが」

 本部長の山岡警視が壇上から言う。

「内閣官房調査室の報告では、中国政府が日本の国力弱体化を目的にジアヨウ社に『電脳加油』を開発させた可能性があるとしている。

 本国、中国ではこうした事件は起きていない。日本市場向けの日本語バージョンだけ、特殊な仕掛けをしたのかもしれない」

 会場からざわめきが起こる。

「すいません」

 佐伯が手を上げる。

「ジアヨウ社の日本法人にはガザ入れしないんですか」

「まだ正式な捜査令状を出せる状態ではない」

 山岡が答える。

「だったらおとり捜査や潜入捜査はどうですか」

「それも違法だ」

「じゃあ、仮装身分捜査をしてはどうですか。私に考えがあります」

 再び会場にざわめきが起こる。

 仮装身分捜査とは警察官が自分の身分を偽って捜査する方法だ。

「だったら佐伯、ここに来て君の考えを説明したまえ」

 やれやれ、調子に乗って出しゃばりすぎたかな。

 山岡は壇上に出てきて説明を始める。





 タワマンに戻ると私はスウェットスーツに着替え、2階のフィットネスジムに向かう。

 二谷友則君がエアロバイクを漕いでいた。

 私の心臓は高鳴った。

 元妻の不倫相手だと思うと冷静でいられなくなる。だがそこは抑えて、なにも知らないふりをして軽く会釈する。

「長者じゃないですか。ひさしぶりですね」

 二谷君が言う。

「ひさしぶり」

 私はランニングマシンを始動する。

 電源を入れると足元の走行ベルトは最初はゆっくり動き出す。

 通常よりゆっくり歩くスピードだ。

 捜査パネルからスピードを徐々に上げていく。

 軽いジョギングができるスピードになる。

「実は長者にお知らせしたいことがありまして」

 二谷君が話しかける。

「このマンションに地下室があるのをご存じですか」

「いや」

 私が答える。

「実は地下室にたくさんのサーバーが置いてあるんです。まあちょっとしたデーターセンターですね。

 しかもスーパーコンピュータも置いてあるんです」

「そうなんだ」

「スーパーコンピュータと『電脳加油』を連動させると面白いことができるんですよ」

 二谷君の話ではスーパーコンピュータと連動すると特別なヒーリングミュージックが聞けるとのことだった。

「それはどんな曲なんだい」

 私が訊く。

「説明がむずかしいですけど、いわゆるアーカシックレコードにアクセスできる曲です」

 しばらく汗をかいた後、私は二谷君についてフィットネスジムを後にし、エレベーターに乗った。

 二谷君はポケットから鍵を取り出し、エレベーターの捜査パネルの鍵穴に差し込み、10センチ平方のトビラをあける。すると「B1」と書かれたボタンが現れる。

 二谷君は「B1]ボタンを押す。

 しばらくすると地下1階に到着した。


 地下1階はクリーンルームになっているようで、空調機器の音が激しい。

 箪笥のようなスーパーコンピュータが複数、鎮座していた。

 二谷君はディスプレイなどが設置された机のところまで行き、回転椅子に腰かける。

 キーボードやマウスを素早く操作した後、リュックから『電脳加油』と長いUSBケーブルを取り出す。

 USBケーブルの一端をスーパーコンピュータに接続し、もう一端を『電脳加油』に接続する。

「これをかぶってください」

 私は言われた通り『電脳加油』をかぶる。

 ほどなくして、小鳥のさえずりとオーケストラの荘厳なシンフォニーが聞こえてくる。

 私は抗いがたい睡魔に襲われる……。


(つづく)


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