第7話
捜査一課の執務室はいつも通り、騒がしかった。
佐伯修司は回転椅子に座ったまま『電脳加油』を手に取って、いろんな角度から眺める。
先ほどかぶって電源を入れたらヒーリングミュージックが聞こえてきて、たちまち睡魔に襲われた。
あの加納という男。一体、やつの正体はなんなのか。それよりもこの『電脳加油』にのっぴきならない秘密があるのか。
昨日の夜、加納を取り調べたときのことが佐伯の脳裏によみがえる。
頬のこけた男がうつむいて座っている。
薄汚れたTシャツに破れたジーンズ。髪はぼさぼさで、無償髭が気になる。
取調室には佐伯と若林が詰めていた。
長机をはさみ、男と二人の刑事が対峙している。
「この書類に記述してください」
佐伯が男に用紙とペンを渡す。
男は用紙にペンを走らせる。氏名は加納俊也。住所は都内のタワマン。
佐伯はスマホをいじり、検索エンジンで用紙に記された住所を入力してみる。
「加納さん」
佐伯がスマホを見せながら言う。
「その住所ですと、ショッピングセンターです。マンションではありません」
「えっ?」
加納はスマホを覗き込む。
「そんなばかな……」
「加納っ」
若林が口をはさむ。
「おまえの住所は新大久保だろう」
若林が加納から預かった免許証を机に叩きつける。
「おまえはタワマンじゃなく、シェアハウスに住んでいる。そうじゃないのか」
「……」
加納は体を小刻みに震わせ、なにも答えない。
「質問を変えましょう」
と佐伯。
「加納さん、あなたはなぜ五人もの人を殺害したのですか」
「私じゃないんです、殺したのはジロウです」
「ジロウ?」
「はい。ジロウは私の体内にひそむ別人格です」
「それは一体、どういう意味でしょう」
加納は少し沈黙した後、しゃべり始めた。
ジロウは加納が『電脳加油』で多重人格のヒーリングミュージックを聞いているときに現れた人格だった。『電脳加油』を頭部からはずすと、一旦はジロウの人格は消えた。
ところがその後もジロウはときどき現れて加納の体を支配した。
ジロウは超古代文明のルナ人だった。
ルナ人の敵はムー人のウーチーチーだ。
ジロウは秋葉原で材料を買い、自分で組み立てて電脳銃を作成した。
電脳銃はウーチーチーを駆除するための武器だ。
ジロウが射殺したのはいずれも人間に化けたウーチーチーだった。
加納は記憶をたどればジロウの思考や行動の履歴が理解できた。
ただジロウが人格として現れたときは自分では体の制御はできなくなる。
加納はそう語った。
気がつくと私の幽体は金色の円盤内部にいた。
目の前にウーチーチーが立っている。金色のタイツで全身を包んでいる。
「お待ちしてました」
ウーチーチーが言う。
私は反射的にスーツの内ポケットから電脳銃を取り出そうとする。だが私は幽体だ。全裸の恰好で持ち物はなにもない。
「落ち着いてください。私はあなたの敵ではありません」
ウーチーチーが言う。
「今のあなたはジロウではない。私はあなたの味方です」
「味方?」
「そう味方です。私たちムー人は、あなた方、地表人の味方です。
われわれの共通の敵はルナ人のジロウです」
円盤の内部が殺風景だった。円錐形の空間があるばかりで、機器類などはどこにも見当たらない。
全方位、うすい金色の壁、天井、床に包まれていたが、それは同時に透明でもあった。
床下の光景が仄見える。円盤はある一定の方向に移動しており、床下に広がる東京の街が見える。
壁も天井も同様だ。青空や雲、そして太陽が壁や天井から透けて見える。
「どこへ向かっているんですか」
私はウーチーチーに訊いてみる。
「もうすぐあなたのマンションに着きます。では私はこれで。再見」
ウーチーチーはそう言うと、数秒で姿を消した。走査線が下から上へ消え、空間だけが後に残される。視界をデジタル化したような消え方だった。
「ちょっと待ってくれ」
私は叫んだが無駄だった。
私は円盤の中で一人になってしまった。
床下を見ると私が住んでいるタワマンの屋上だった。
私は屋上へダイビングする思いで飛び込んだ。
私の幽体は円盤の床を通過して下降し、屋上に着くとその床も通過してさらに下降して行った。
タワマンの中層階のとある部屋まで降りると、何の気なしにそれ以上下降せず、空間に浮遊した。
寝室から話声が聞こえる。
私の幽体は壁を通り抜け、寝室に侵入した。
すると一つのベッドに裸の男と女が添い寝している。
男は二谷友則君だった。女は友子――私の別れた妻だ。
「子供の養育費はだいじょうぶなの」
二谷君が言った。
「ええ」
友子が言った。
「前の旦那が払ってくれるから、なんとかなりそうね」
「それにしても、おれたちがこんな関係だったなんて、あの人は夢にも思わないだろうな」
「そうね。あの人、三十歳過ぎてから性力がめっきり弱くなっちゃったの。
これじゃあ、女はがまんできないわ」
二谷君は友子を抱擁する。
「なんてことだ」
私は思わず叫ぶ。
「あれっ」
友子が半身起こす。
「だれかいるの。今、声がしたわ」
「気のせいだよ」
二谷君は友子を寝かせる。
「おれたち以外、ここにはだれもいないさ」
私の幽体は再び上昇し、二人の寝室を後にする。
(つづく)




