第10話
「佐伯さん、起きて下さい。勤務中です」
私は起き上がる。ぐっすり寝ていたようだ。
頭から『電脳加油』をはずす。
私は車の運転席に座っていた。
ふと運転席のルームミラーが目に入る。
そこには私の知らない男の顔がうつっている。私の顔ではない。
私は驚いてドアを開き、車外に出る。
「だいじょうぶですか」
助手席にいる若い男から声をかけられる。
「ああ、だいじょうぶです」
私は反射的に言う。
「ちょっと外の空気が吸いたいんで」
内ポケットを調べると、警察手帳と書かれたものが出てくる。
開いてみると、顔写真付きで佐伯修司警部補と書いてある。
顔写真の男はルームミラーで見た男と同じ顔だ。
周囲を見るとどうやら渋谷の井の頭通りらしい。スペイン坂が見える。
一体、なにが起きたんだろう。
覚えているのは二谷君に連れられて、マンションの地下室に行ったこと。
そこにはスーパーコンピュータがあり、『電脳加油』でアーカシックレコードの曲を聴いたこと。
曲を聴いている途中で眠ってしまったのかもしれない。
「佐伯さん、体調悪いんですか。張り込みまだ続けるつもりですか」
助手席の若い男が車から降りてくる。
彼は若林昇巡査。私の……というか佐伯修司警部補の部下だ。
私の意識は佐伯修司警部補という人物の肉体に入ってしまったらしい。
覚えている物語のあらすじのように私自身の記憶とは別に佐伯警部補の人生の記憶が私にはアクセスできるようだ。
そして……トトルルルルキャオスガラポリ……ヒュールルルル……私は……ヒュールルルル……おれはルナ人のジロウだ……ヒュールルルル……。
おれはウーチーチを見つけた。ウーチーチーは始末しなくてはならない。
おれは自分の内ポケットをさがしたが電脳銃は見つからなかった。だがそのかわり……ヒュールルルル……ショルダーホルスターに拳銃がある。
拳銃は地表人の稚拙な武器だ。だがこれでも……ヒュールルルル……ウーチーチーの一匹ぐらいは退治できるだろう。
「若林、突撃するぞ」
おれが言う。
「おれについて来い」
おれはジアヨウ社の雑居ビルめがけて小走りで進んで行った。若林はあっけにとられた表情だったが、おれについて来た。
「起きて下さい」
佐伯は伸びをする。
床から起き上がり、頭から『電脳加油』をはずす。
周囲を見回すと見たこともない部屋だ。箪笥ぐらいの大きさのコンピュータが何台も敷き詰められている。
「ここはどこだ」
「マンションの地下室です」
若い男が答える。
「やっぱり長者も熟睡しちゃたみたいですね。
アーカシックレコードの曲は眠るのには最強ですよね」
佐伯はこれまでのことを思い出す。
渋谷の井の頭通りで車を停め、ジアヨウ社の張り込み捜査をしていた。
『電脳加油』をかぶり、眠くなったところまでは覚えている。
なぜ自分が今ここにいるのか。佐伯はいぶかった。一体、なにが起きたのか。
「でもどうですか。長者もなにか面白いことがわかりませんでしたか」
目の前の男はどこかで見たことのある。佐伯は記憶を手繰り寄せる。
若い女性ばかりねらう連続シリアルキラーの殺人鬼。
去年、もう少しで自分が逮捕できるところだったが、すんでのところで逃げられた。
犯人はいまだ逮捕されていない。
犯人の名前は……二谷友則。
「おまえ、二谷友則だろう」
「はい、そうですけど」
佐伯は二谷に飛び掛かり、肩をつかんで柔道の払い腰の要領で投げ飛ばす。
もんどりうって倒れた二谷を腹ばいにし、佐伯は後ろ手に手錠をかけようとするが内ポケットに手錠がない。
仕方なくハンカチを使って、二谷の背中で両手を縛る。
二谷が大声でわめき続ける。
スボンのポケットからスマホが見つかる。だがこれは自分のではない。
佐伯はスマホから110番する。
「こちらは警視庁捜査一課の佐伯修司警部補だ。連続殺人事件で指名手配中の二谷友則を確保した。
現在地はわからないので逆探知してくれ。こちらは警官は自分一人。大至急、応援を頼む」
ジアヨウ社のドアは蹴飛ばして開けた。
「警察だ。おとなしくしろ」
おれは警察手帳を片手に社長室の飛び込んだ。若林はおれに続いた。
「どうしました」
ジアヨウ社の日本法人社長、ウーチーチーは顔を真っ赤にして立ち上がる。
おれは……ヒュールルルル……警察手帳をポケットにしまい、かわりに拳銃を取り出した。
ウーチーチーの方に向けると、やつは両手を上げる。
「おまえ、ウーチーチーだな」
「……」
「おれはルナ人のジロウだ」
おれは拳銃を三発、発射する。
ウ―チーチーは血まみれになって床に倒れる。絶命しているのは明らかだ。
「なにをするんです」
若林が叫ぶ。
おれは若林に銃口を向けようとすると、若林は素早くおれにタックルする。
おれは銃を落とし、床に倒れる。
若林はおれを腹ばいにし、後ろ手に手錠をかける。
「佐伯さん、殺人ならびに殺人未遂容疑で現行犯逮捕します」
(つづく)




