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電脳加油  作者: カキヒト・シラズ


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第2話

 東京ビッグサイトから首都高を走り、ずらりと外車が並ぶタワマンの駐車場に着くまで30分はかからなかった。

 自宅は40階にあった。エレベーターの待ち時間が首都高の渋滞より気になった。

 5LDKは一人暮らしには広すぎるかもしれない。

 書斎で私はダンボール箱を開け、『電脳加油』を取り出してみる。

 取説を読みながらスマホをいじり、専用アプリをダウンロードする。

 ブルートゥースでスマホと『電脳加油』をペアリングするまで、かなり手間取った。


 私は35歳。某中堅総合商社の監査役をしている。

 大学卒業後、外資系証券会社に勤めたが20代で独立してデイトレーダーに。

 あるとき商社の株を買い占め、筆頭株主になる前に商社の役員から連絡が来た。

 株を売らないことを条件に年収1千8百万円の監査役をやらないかとの話だった。

 FXで大損した直後だったので、デイトレーダーは引退し、監査役に就任することにした。

 以降、月に1回、2時間程度の取締役会に出席することだけが私の仕事になった。

 同社はジアヨウ社と代理店契約を結んでいた関係で展示会のVIP招待券が送られてきた。

 取締役会のとき、一つ余ったとのことで私が役員からもらい受けた経緯がある。


 私を成功者だとうらやましがる輩がいることは知っている。だが私は人生の負け組だ。決して勝ち組でなない。

 妻と離婚して2年以上になる。裁判の結果、子供の親権は妻が持った。

 私は毎月、決められた養育費を預金口座から自動引き落としされるだけで子供の顔さえ見られない。

 離婚原因は妻の不倫だったはずだが、裁判では私のモラハラが原因とされた。

 妻が高額報酬の腕利き弁護士を雇ったからだ。おかげで妻は財産分与で私から多額の金を巻き上げたが、それをさらに弁護士に巻き上げられたようだ。つまり離婚の勝ち組は私でも妻でもなく弁護士だろう。



 私はダイニングキッチンへ行ってコーヒーを飲んだ後、再び書斎に戻る。

 私が腰かけている肘付回転椅子はもともとオフィス用だが通販で買った。

 私は本棚と事務机とデスクトップPCのパソコンラックに囲まれている。

 『電脳加油』を頭に装着し、スマホのアプリから「スタート」をタップする。

 川のせせらぎとピアノ曲。

 体全身が弛緩し、意識が遠くなっていく。


 激しいめまいを覚えた後、私の視界は目はもとより頭頂より上にあった。私の幽体が肉体を抜け出たのだ。幽体はさらに天井まで上り、肘付回転椅子に座った自分自身を見下ろす。

 『電脳加油』をかぶったまま、目は半開きで口を開け、放心しているようだ。

 そのまま幽体の私は天井を突き抜け、マンションの屋上を抜けると、さらに上空へ上っていく。幽体は物質とぶつかることなくすり抜けるようだ。

 下界を睥睨(へいげい)すると、普段、マンションのリビングルームから見える光景とも少し異なった。ビル群がミニチュアに見え、地上を走る車や人が蟻のようでほとんど見えない。

 さらに上空に上り、雲海が視界に広がる。

 するとふと太陽をさえぎるように金色の円盤型飛行物体が横切る。

 UFOだ。

 私はそう直感し、UFOを追いかける。

 UFOは雲海の中に潜る。私も後を追う。

 しばらくの間、UFOを見失ったが、とうとう見つけた。

 UFOは高速でビル群の上空を旋回していたが、やがて私が住んでいるマンションの屋上に着陸する。

 私が屋上に到着すると、UFOから人が降りてきた。

 何者なのか。宇宙人か。ただ降りてきたのは地球人の青年とほぼ変わりない姿だった。

 宇宙人は金色のタイツのような衣服に全身を包んでいた。

 耳が異様のとんがり、髪の毛は生えてなかった。

 私が宇宙人に近づくと、向こうもこちらの気づいている感じだった。

 宇宙人は私に微笑みかける。

「ツァイチェン」

 宇宙人がそう叫ぶと私は突然、強烈なめまいに苛まれた。

 意識が遠くなり、しばらく気を失っていたのだろう。


 気がつくと、私は自宅の書斎にいた。

 肘付回転椅子に座り、スマホのアプリから「ストップ」をタップし、『電脳加油』をはずす。

 私は大きく吐息をつく。




 翌朝、私は近所の喫茶店『バルザック』に出かけた。

 毎朝というわけではないが、この店でモーニングセットを食べるのが日課になっていた。

 入口の周囲はガラス張りの壁になっていて、駅前ロータリーが見渡せる。屋外にもテーブルが並ぶ。

 いつものようにガラス張りに面した席に腰かける。

「お待たせしました」

 青年のウエイターが盆に載せたモーニングセットをテーブルにおく。

 名札に「星 宇宙」と書いてある。

「君、珍しい名前だねえ」

 失礼かと思ったが、私はついウエイターに話しかける。

「ホシ・ウチュウっていうの?」

「いえ、シン・ユーヂォウと読みます。ぼく、中国人です」

 このウエイター、どこかで見たことがある。そう思ったが、どうしても思い出せない。

「昨日は、屋上でお世話になりました。再見(ツァイチェン)

 ウエイターはそう言うと、そそくさとその場を去る。

 私は少しずつ記憶が戻って来た。

 昨日、『電脳加油』で幽体離脱をしたときにマンションの屋上で見かけた宇宙人。あいつとあのウエイターはそっくりな顔をしていた。

 ただしウエイターは髪がふさふさに生えており、耳は普通の地球人の形状だったのが宇宙人と異なるが。

 私はレジで会計を済ませるとき、店員に「シン・ユーヂォウさんという中国人の店員にもう一度会いたいんだけど」と言ってみた。

 すると店員は「うちにはそういう名前の店員も中国人の店員もおりません」と返答。「ではホシ・ウチュウさんは」と尋ねると、それもいないとのこと。

 私は狐につままれた気分だった。


(つづく)

 

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