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エミリアとノア

――さらに数日後。

 いつもの教室。

 ノア先輩が、いつも通り何かを書いている。


また変な研究してるな


 ちらっと覗く。


 

「……“恋人関係の維持条件”」


 

まだやってた


 

「進展は?」


 

「停滞しています」


 

「でしょうね」


 

 私はため息をつく。

 そのとき――ガラッと扉が開く。


 

「おーい」


 

 ルイス。


 

「今日、街出るんだろ?」


 

 カイン先輩も後ろから顔を出す。


 

「ついでに見てやるよ」


 

 アルベルトまでいる。

 

あなた達は、なんでついてくる前提なの?


 

「見てやる、とは?」


 

 ノアが真顔で聞く。


 

「監視だ」


 

「違う、観察だ」


 

「いや普通に邪魔だろ」


 

 三者三様。


貴様ら全員帰れ!

 

 

「本日は二人で外出予定です」


 

 ノアが淡々と言う。


 

「同行は不要です」


 

 珍しく、きっぱり。

 三人、固まる。

 

「……は?」


 

「今なんて?」


 

「拒否、された?」


この展開はちょっと面白い。


 

「合理性がありません」


 

 ノアが続ける。


 

「人数が増えることで、観測精度が低下します」


 

 

理由がそれなのがノア先輩っぽい


 

 

「いやそれデートだからな?」


 

 ルイスがツッコむ。


 

「理解しています」


 

 即答。


 

「だから二人で行きます」



 沈黙。


 あ、強くなってる


 カインが吹き出す。


 

「はは、いいじゃねえか」


 

 アルベルトも小さく頷く。


 

「任せよう」

 

あっさり引いた


 ルイスだけがぼそっと言う。


 

「……成長怖いな」


 街中。

 人通りの多い通り。

 並んで歩く。

……やっぱり目立つな。

 ノア先輩はいつも通り。

 周囲の視線を一切気にしない。


 

「次の目的地は?」


 

「特に決めていません」


 

「では、なぜ来たんですか」

 

 

 一瞬の間。


 

「あなたといるためです」


 この人は時々素で、ドキッとするようなこと言うなぁ。

 

 顔に出さないようにするのが大変。


 

 

「……毎回それ言うつもりですか」


 

「効果を確認しています」


 

「やめてください」


 

 

 ノアが少しだけ首を傾げる。


 

「不適切でしたか?」


 

「いえ」


 1拍置いて。

 

 

「心臓に悪いだけです」



 本当に……。


 

 通りの端。

 子どもが転ぶ。

 

 

「……っ」


 

 ノアが即座に動く。

 支える――安全確認。

 周囲を軽く制圧。


――早い!


 

「大丈夫ですか」


 

 淡々と、でも少しだけ柔らかい声。

 子どもが頷く。


 

「ありがとうございます!」


 

 ノアは一瞬だけ止まる。


あれ?


 

「……いえ」


 

 少しだけ間があった。

 その後、こちらに戻ってくる。


 

「最適解ではありませんでした」


 

「またそれですか」


 

 

「もっと効率的な手段がありました」


 

「でも」


 

一息つく。

 

 

「優先順位を変更しました」


 あーこれ。


 

 私は小さく息を吐く。


 

「いいと思いますよ」


 

 ノアがこちらを見る。


 

「効率より大事なものもあります」


 

 一拍間があく。


 

「たまには」


 

 ノアは少しだけ考えて。


 

「……記録します」


 

「しなくていいです」


 

 即ツッコミ。


 ――その頃(遠く)



「今の見たか?」


 

「完全に恋人だな」


 

「異論はない」



 三人、物陰から観察中。

 

 

「……やっぱ来ちゃったか」


 

 ルイスが頭を抱える。


 

「だって気になるだろ」


 

 カイン先輩。


 

「観測は重要だ」


 

 アルベルト王太子。


はい!全員アウトー!


 帰り道。

 もう日が落ちようと、空は藍とオレンジのコントラストを帯びていた。

 少し静かになる。


 

「本日の評価」


 

 ノアが言う。


 

「良好でした」


 

評価やめて


 

「それは何よりです」


 

「再現を希望します」


 

また来るか?これ。



「……検討します」



 少しだけ風が吹く。

 隣にいる距離――変わらない。

 でも……


まあ……。


 悪くない。


 ――後日。

 ノアのノート。

 

『恋人関係:定義不能』

 

『ただし、再現可能な幸福を確認』


 その横に、小さく追記。

 

『対象:エミリア限定』


 本当にこの人は……。


 私はそれを見て、小さく笑う。


面倒な人に捕まったな。


 でも。

 その面倒が、嫌じゃない時点で。

 もう十分――答えは出ている気がした。

 ――たぶん、もう分かってる。

 分かってるのに、言語化したくないだけだ。

 面倒だから。


 

いやほんと、面倒なんだよねこれ。


 実際のゲームと違う相手ありきの色恋は。


 それが面倒で、ときめきが欲しくて、ゲームにハマっていたのに。


 私は、完全にドツボにハマってる。


 私はペンを止めた。

 目の前には、いつもの報告書。

 横には、いつもの人。


 

「ノア先輩」


 

「はい」


 

 変わらない声。

 変わらない姿勢。


 ……の、はずなんだけど。


 なんか違う。


違うんだよなあ……


 前は“ただの有能な記録係”だったのに、

 今は“やたら気になる人”になってる。


 最悪だ。

 

 効率が落ちて、判断も鈍る。

 合理性、どこ行った?


 

「どうかしましたか」


 

「いえ、別に」


 

 即答。


 

 いや別にじゃない。

 めちゃくちゃある。

 でも言わない。

 言ったら終わる気がするから。

 何が終わるのかは知らないけど。

 

ほんと、こういうとこだよね。


 私は小さく息を吐いた。

 そのとき。


 

「報告があります」


 

 ノアが言う。


 

「またですか」


 

「はい」


 

 この人、最近“報告”多くない?

 

 いや元からか。


 

「本日の観測結果ですが」


 

「はい」


 

「あなたといる際、思考効率が平均より17%低下します」


 

「やめてくださいその報告」


 

 即ツッコミ。


 

 なんで数値化するの。


 

 しかも地味に具体的。


 

「ですが」


 

 ノアは続ける。


 

「不利益のみではありません」


 

「……と言いますと?」


 

「判断の優先順位が変動します」


 

「何が優先されるんですか」


 

 間を置いて。

 ノア先輩は、ほんの少しだけ視線を落として。


 

「あなたです」


 ――不意打ち。


 完全に。


 

「……は?」


 

 思考停止。


 いや待って。


 今なんて言った?


 

「最適解ではない行動を選択する頻度が上昇します」


 

「いやそこじゃなくて」


 

「しかし、それを修正する意志が発生しません」


 

「だからそこでもなくて」


 

 なんで分析続けるの。

 結論そこじゃないでしょ。


 

「結論」


 

 ノアが言う。


 

「これは、あなたを優先する状態です」


 

 静かに。

 でも、はっきりと。


 

「……好き、という現象に該当します」


 

 ――はい確定。

 完全に確定。

 逃げ場なし。


いや待って無理無理無理!


 私は顔を逸らした。


 無理。


 これは無理。


 心の準備とかそういう問題じゃない。


 急すぎる。


 

「……ノア先輩」


 

「はい」


 

「それ、報告形式で言うのやめてもらえます?」


 

「修正可能です」


 

「じゃあ修正してください」


 

 1拍置いて。

 ノアは、少しだけ考えて。

 ――言い直した。


 

「あなたが、好きです」


 

 直球。

 今度は逃げ場ゼロ。


いやさっきより悪化してない?


 私は頭を抱えた。


 なんでこの人、極端から極端に振れるの?


 加減ってものを知らないの?


 知ってた。

 知らない人って事を。

 でも……でも。

 嫌じゃない。

 むしろ……かなり……だいぶ。


 ――嬉しい。


あーもう、ほんと面倒


 私は顔を上げた。

 ノアを見る。

 この人は、いつも通りの顔で、

 でもほんの少しだけ緊張してる。

 分かりやすい。

 いや分かりにくいけど、分かる。

 なんで分かるんだろ。


 ……分かるんだよね。

 

「……そうですか」


 

 私は言う。

 できるだけ、いつも通りに。

 でもたぶん、ちょっとだけ柔らかくなってる。


 

「はい」


 

「確認ですが」


 

「はい」


 

「それは、一時的な現象ではなく?」


 

 理屈で逃げる。

 最後の抵抗。

 ノアは首を横に振る。


 

「継続しています」


 

「再現性は?」


 

「あります」


 

「……そうですか」


 

 終わった。

 完全に詰み。

 私は小さく息を吐いた。

 そして――

 

「では」


 

 また1拍。


 

「私も、報告があります」


 

 ノアが少しだけ目を見開く。

 珍しい。

 この人が驚くの。


 

「あなたといると」


 

 言いながら、ちょっとだけ視線を逸らす。

 

 ……言いにくい。

 

 普通に言いにくい。


 なんでこんなこと言わなきゃいけないの。


 いや分かってるけど。


 

「効率が落ちます」


 

「はい」


 

「判断も鈍ります」


 

「はい」


 

「正直、迷惑です」


 

「……はい」


 

 ちょっとだけダメージ入ってる。

 でもやめない。


 

「でも」


 

 また1拍。

 私は言う。


 

「それでもいい、と思っています」


 

 静かに。

 でも、はっきりと。

 ノアが固まる。

 完全停止。

 あ、これ珍しいやつ。


 

「つまり」


 

 私はまとめる。


 

「同じ状態です」


 

「……確認します」


 

 ノアがゆっくり言う。


 

「これは」


 

「相互に優先順位を上昇させる関係」


 

「一般的に」


 じわり……言葉に感情が溢れ出てるのがわかる。

 

「恋人関係と定義されます」


 

 沈黙。

 そして。


 

「……たぶん、そうですね」


 

 私は肩をすくめた。

 なんかもう、ここまで来たら否定する意味もない。

 ノアは小さく頷く。


 

「了解しました」


 

「じゃあ一つだけ」


 

「はい」


 

「今後」


 

「はい」


 

「その“報告形式の告白”は禁止です」


 

「……修正します」


 

 よし。

 最低限のラインは守らせた。

 そのとき。


 

「うわ、確定した」


 

「終わったな」


 

「敗北だ」


 

 後ろから声。

 振り向く――いた。

 いつもの外野三人組。

 ルイス、カイン先輩、アルベルト王太子。

 

ほんとどこにでもいるなこの人たち


 

「……何をしているんですか」


 

「観戦」


 

「解説」


 

「敗者の確認」


 

「全員帰ってください」


 

 即答。


 

 でも帰らない。

 知ってた。

 ノア先輩がぽつり。


 

「外野ノイズ、増加」


 

「無視でいいです」


 

「了解」


 

 スルー決定。

 私は前を向く。

 ノアも頷く。

 ほんの少しだけ、距離が近い。

 でも、もう気にしない。

 

……まあ、いいか。

 

 効率は落ちる。

 面倒も増える。

 でも。

 それでもいいって思った時点で――たぶん、もう答えは出てる。

 私は小さく息を吐いた。


ほんと、厄介


 でも。

 悪くない――たぶん、これが。

 私の選んだ結論だ。

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