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恋人とは?

――数日後。

 場所は中庭の一角。

 いつもより空気が固い。


 

「確認事項があります」


 

 目の前で、ノアがやたら真剣な顔をしている。


 あ、これ面倒なやつだ


 経験上分かる。

 この人が“確認事項”って言い出したとき、ろくなことにならない。


 

「……嫌な予感しかしませんが」


 

「恋人関係の定義を提示してください」


ほら来た。

 

 私はため息をつく。


 

「普通は、そういうものは自然に分かるものです」


 

「不可能です」


 

 即答。


いつもながら、感心するほど潔いなこの人。


 ここまで迷いがないと逆に清々しい。

 そのとき。


 

「来たなこのフェーズ」


 

 横から声。

 ルイス。


 

「地獄だぞ」


 

 カインが腕を組む。


 

「指導が必要だな」


 

 アルベルトまで頷く。

 

もー!なんなのこの人達!

 

 しかも全員、やたらやる気。


 

「というわけで」


 

 ルイスがパン、と手を叩く。


 

「恋愛講座、開講」


帰りたい……お願い……帰らせて。


 第一講――デート(講師:ルイス)


 

「まずは自然に誘うことが大事だ」


 

 もっともらしいことを言う。


この人が言うと若干不安だけど。


 ノアが頷く。


 

「理解しました。実践します」


嫌な予感しかしない。


 次の瞬間。


 

「本日14時、同行を要請します」


 

 無機質。

 完全に業務連絡。


 

「……任務ですか?」


 

 思わず聞いた。


 

「いいえ。デートです」


 

 真顔。


なおさら怖いわ!


 ルイスが顔を覆う。


 

「違う違う違うそうじゃない」


 第二講――褒める(講師:カイン先輩)


 

「いいところをちゃんと言葉にしろ」


 

 カインが指導する。


 

「分かりやすくな」


 

 ノア、頷く。


 

「実行します」


 

不安しかない……てか、なんで私ここに居るの?


 

「あなたは処理能力が高く、判断精度も優れています」


 

「……評価面談ですか?」


 

「事実の提示です」


 

そうじゃない


 カインが頭を抱える。


 

「違ぇんだよ……!」


 第三講――ロマン(講師:アルベルト王太子)


 

「雰囲気が重要だ」


 

 妙に説得力があるのが腹立つ。


 

「場を整え、感情を引き出す」


 

 ノアが静かに頷く。


 

「理解しました」


 

うん。理解してないね!


 理解してないやつの顔だ

 

 ――夜。

 呼び出された。

 中庭。

 行ってみると。


 

「光量を調整しました」


 

 ランタンが並んでいる。

 一個じゃない。

 十個――等間隔。

 完璧な配置。


 ……眩しい。


「眩しいです」


 

「視認性は良好です」


 

そういう話じゃないんだなー


 アルベルトが遠くで頭を押さえている。


 講義崩壊――。


 

「なんで全部こうなるんだよ!」


 

 カインが叫ぶ。


 

「理論的には正しいんだけどな……」


 

 ルイスが苦笑する。


 

「方向性の問題だ」


 

 アルベルトがまとめる。

 

講師陣、全滅じゃない?つか、お前らもポンコツと気付いてくれ。


 ノアは、少しだけ考えるように黙る。


 

「……再現性がありません」


 

「何がです?」


 

「提示された手法を実行しても、意図した反応が得られない」


 

そりゃそうでしょ。目の前の講師陣付きの告白に何のロマンスがあろうか?


 

「つまり?」


 

「恋愛は非効率です」


 

「今さらですか?」


 

 

 沈黙。

 少しだけ風が吹く。

 ランタンが揺れる。

 ……やっぱり多い。

 

 

「エミリア」


 

 ノアが呼ぶ。


 

「はい」


 

「最適解を提示してください」


 

丸投げきた。


 

 私は少しだけ考える。


 

 そして。


 

「……そうですね」


 

 一歩、近づく。


 

「そんなに難しく考えなくていいです」


 

「ですが、基準が――」


 

「なくていいです」


 

 遮る。

 ノアが止まる。


 

「今みたいに」


 

 一拍置いて。


 

「意味分からないことしてくれた方が、分かりやすいです」


 

「……理解不能です」


 

「でしょうね」


 

 私は小さく息を吐く。


 

「でも」


 

 少しだけ視線を逸らす。


 

「その“理解できない動き”が」


 

 一息の後。


 

「あなたらしいので」


 

 

 ノアが、わずかに目を細める。


 

 

「……記録します」


 

「しなくていいです」


 

 即ツッコミ。

 後ろで。


 

「もう成立してね?」


 

 ルイス。


 

「してるな」


 

 カイン。


 

「我々の講義、不要だったのでは?」


 

 アルベルト。


そこね。


 私は肩をすくめる。

 ――恋人。

 未定義――でも……たぶん。

 

まあ、これでいいか


 今のところは……。


 しかし、それから――数日後。

 場所は学園の外れ、小道。


 

「提案があります」


 

 隣を歩くノアが、いつもの調子で口を開く。


 

来たコレ!


 

「内容によります」


 

「デート、ではなく」


 

 一呼吸置いて。


 

「時間の共有を希望します」


 

言い方よ……。


 でも。

 ほんの少しだけ、違う。

 前みたいな“手順の実行”じゃない。

 ちゃんと、考えて選んでる。

 私は少しだけ目を細める。


 

「……いいですね、それ」


 

 ノアがわずかに頷く。

 それだけ。

 それ以上、何も言わない。

 ――歩く。

 ただ、並んで。

 それだけ。

 特別なことは何もない。

 買い物もしないし、どこかに寄るわけでもない。

 ただ、同じ方向に進んでいるだけ。


ほんとに何もないな……


 でも。

 不思議と、居心地は悪くない。


 

「本日は」


 

 ノアがぽつりと言う。


 

「処理効率が低下しています」


 

またそれか……。


 

「またですか?」


 

「はい」


 

 少しだけ間。


 

「原因は特定済みです」


 

 私は軽く肩をすくめる。


 

「どうせ私でしょう」


 

「はい」


 

即答やめて


 ノアは、ほんの少しだけ言葉を選ぶように沈黙する。


 ……珍しい。


 

「あなたといるためです」


 ……え?


 一瞬、思考が止まる。

 足も止まりかける。


 

「……それは」


 

 言葉が出ない。

 なんとか絞り出す。


 

「ずるいです」


 

 顔を逸らす。


今のは反則でしょ!


 狙ってないのが余計に悪い。

 ノアは首を傾げる。


 

「不適切でしたか?」


 

「いいえ」


 

 一呼吸。


 

「問題ありません」


問題あるけど。


 後ろの茂み。


 

「成長したな……」


 

 ルイスの声。


 

「やばいなあれ」


 

 カイン。


 

「予測以上だ」


 

 アルベルト。


 なにしてんのあの人たち


 ちらっと見る。

 三人、普通に覗いてる。


お前らもういいから帰れ!


 さらにその横。

 リリアーナが小さく笑っている。


 

「……感情って、面白いですね」


ほんとにね


 私は小さく息を吐く。

 ――恋は理屈じゃない。

 でも、理屈じゃないからこそ。

 選ぶ意味がある。

 数日後――教室。

 ノアが真剣な顔で何かを書いている。

 

 

「……恋人関係」


 

 小さく呟く。


 

「未だ定義不能」


 

 

まだやってた……。


 

 

 私は隣で資料をめくりながら言う。


 

「もうそれでいいです」


 

 

 ノアが顔を上げる。


 

 

「定義しなくてよいのですか?」


 

「はい」


 

 僅かな間。


 

「そのままで問題ありません」


 

 

 ノアは少しだけ考える。


 

 そして。


 

「……了解しました」


 

 

 それだけ。

 納得する。

 

順応早いな。


 窓の外、風が吹く。

 ページが少しだけ揺れる。

 何も決まっていない関係。

 でも――壊れていない。


まあ……。


 隣を見る。

 ノアはまた何かを書いている。


これでいいか。


 名前がなくても。

 形がなくても。

 成立するものは、成立する。

 たぶん――一生、このまま。

 私とノア先輩の関係はこうなんだろう。


 この日の紅茶の味は、ちょっと苦かった。

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