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後悔から始まる恋

 ――恋愛戦争、開戦宣言。

 ルイスのその一言で、場は奇妙なまとまりを見せた。


ぜんっぜんまとまってないけどね!


 寮の前庭のガーデンテーブルで、私は紅茶を飲み干し、カップを置く。

 平穏は、三日前に死んだらしい。



「ではまず、何から始めるべきだろうか」



 隣で、王太子が真剣にそんなことを言い出す。



「帰ってください」



「なぜだ」



「用事があります」



「ならば同行する」



「しません」



 即答――完璧な応酬。

 後ろでルイスが肩を震わせている。



「いやあ、これは長期戦だね」



「当たり前だ」



 アルベルト殿下は即答した。

 ――迷いがない。


……ありゃま。本気みたいだな。こりゃ……



 軽口でも、意地でもない。

 本当に、やるつもりだ。



「エミリア」



「はい」



「君は、どのような時に安心する?」



 質問の方向が急に変わった。



「……どういう意図ですか」



「知るためだ」



 やはり即答。



 ぶれませんね。


 普通なら、ここで疑う。

何か裏があるのではないかと。

 試されているのではないかと。

 けれど、この人の言葉には、それがない。

 ただ、“知らない”だけ。



「……静かな場所です」



 私は短く答える。



「一人でいられる場所」


 殿下は頷いた。



 「なるほど」



 それだけ言って、少しだけ、考えるように黙り込む。


……変だな?


 以前の殿下なら。

 こんなふうに“考える時間”を見せなかった。

 常に即断・常に正解。

 でも今は違う。


分からないことを、分からないまま扱ってる……


それが、はっきり分かる。



「次だ」

 


「まだあるんですか」



「当然だ」



 当然らしい。

 


「君は、なぜあの場で否定しなかった」


 

 来た。


――知りたいのはそこか。


 私は少しだけ視線を外す。



「……意味がなかったからです」



「証拠を出しても」



「感情が優先されていましたから」



 ――沈黙。


 風が吹く。

殿下は、何も言わない。

 ――ただ、わずかに、息を止めた。


……やっぱり。

 この人は、分かっている。

 自分が、何を見て、何を見なかったのか。


 

「……私は」


 

小さく、声が落ちる。



「見ていなかったのか」



 独り言のようだった。

 私は答えない。

答える必要がないからだ。

 事実は、もう出ている。

 そして、殿下自身が、それを理解している。

だから……



「エミリア」



「はい」



呼ばれて、視線を戻す。

 その目は――三日前とは、まるで違っていた。



「私は」



 間が空く。



「許されたいわけではない」



 私は、少しだけ目を細める。



……まぁそうだろうな。


 続く言葉を、待つ。



「私は」



 まっすぐに、こちらを見る。



「知らないままで終わることが、耐えられない」



 沈黙。


 これは彼のエゴだ。間違いを認めても、のみこみきれないんだろう。

 それでも、彼なりの努力がみえた。

 風の音だけが、間を埋める。


……厄介な性格だな。


これが彼の正直な感想だった。

謝罪でもなく、言い訳でもなく。

――ただの“欲求”。

理解したい、という……

それは。

一番、否定しにくいものだ。


 

「……殿下」



「何だ」



「努力は自由です」



 また間が空く。



「ですが」


 

「結果は保証しません」


 

 殿下は、一瞬だけ目を見開いて。

 そして、すぐに頷いた。


 

「それでいい」


 

 迷いはない。



「私は、自分で選び直す必要がある」



 その言葉に――私は、少しだけ驚いた。



選び直す、ですか…


 それはつまり、これまでの自分を、否定するということだ。

 王太子という立場で。

 それを口にするのは、簡単なことではない。



……これは本気だ。


 今度は、はっきりそう思った。

 空を見上げる。

春の青は、変わらず穏やかで。


平穏は、終わりましたね。


 けれど。


……少しだけ……ほんの少しだけ。

興味が湧いてしまった。


この人は、どこまで変われるのか……

それは、かつて断罪された相手に対して抱く感情としては、あまりにも――不適切で、そして。

少しだけ、危険だった

 私は立ち上がる。

 


「では、用事があるのでに戻ります」



「ああ」


 

 背を向ける。

 その瞬間――


「エミリア」



 呼び止められる。

振り返ると。

殿下は、少しだけ迷ってから、こう言った。



「次は」


 

「もう少し、まともな方法で話しかける」



 私は一瞬、言葉を失って――そして。



「期待値は低めにしておきます」



 そう返した。

背後で、誰かが吹き出した気配がする。

春の風が、少しだけ強く吹いた。


……本当に


平穏って、何だっけ?

 

 そんなことを思いながら。

 私は歩き出した。

 ――少しだけ、いつもより足取りが軽くなっていることには、気づかないふりをしたまま。

 ――視線には、種類がある。

 値踏みする視線。

 疑う視線。

 興味本位の視線。

 そして。


……理解しようとする視線

 ペンを走らせながら、私はそれを感じていた。

 講義室の一角。

 アルベルト殿下は、今日もこちらを見ている。


隠す気がないんだよね、この人は


以前と違うのは、その質だった。

もう、“判断するため”に見ていない。

ただ、知ろうとしている。



「……そこ、補足した方がいいです」



 私は前方の生徒に小さく声をかける。



「え、あ……ありがとう」



 戸惑った声。


 それでいい。


理解できれば、それでいい。



「……なるほど」



 背後で、小さく呟く声。



……聞こえてますよ




 だが、私は敢えて振り返らない。

 

本当に……変わりましたね。


 放課後。



「この式の展開だが」



 来た。



「前提が違います」



 即答。



「……そうか」




 即引く。



引きが早い。


だが、数秒後。



「では、こちらは」



「条件不足です」



「……補足すると?」



 私は一瞬、言葉に詰まる。


ちゃんと聞いてる



「第三条件が必要です」



「なるほど」



 殿下は頷いた。



「ありがとう」



……素直すぎません?


 違和感――だが……


嫌ではないですね


 それが、少しだけ厄介だった

 

 その日。

 小さなミスが起きた。

 提出書類の不備。

 評価に関わる。



「誰の確認だ」



 教師の声。

 沈黙。

 私は、息を吐く。



「……私です」



 静かに名乗り出る。



「確認が不十分でした」



 それで終わるはずだった。

 だが。



「違う」

 


 低い声。

教室が、静まり返る。


 

「それは彼のミスだ」


 

 アルベルト殿下だった。


 

「エミリアは関与していない」


 

 視線が、一斉に集まる。

 

……余計なことを

 

 教師が眉をひそめる。



「証拠はあるのか」

 


「ある」



 即答。

殿下は、淡々と説明する。

 誰が、どの時点で、何を間違えたのか。

 完璧な論理。

 反論の余地はなかった。

 沈黙のあと。


「……訂正する」



 評価は修正された。

 ざわめきが起こる。

 私は、静かに席を立つ。

 廊下に出たところで。



「なぜ止めなかった」



 声がした。



「……殿下」



 振り返る。


 

「あなたの行動は合理的です」



「そういう話ではない」




 少しだけ、声が強い。



「君は、引き受けるつもりだった」



 私は黙り込んだ。


 

「……結果が同じなら、それでいいかと」



「違う」



 はっきりと否定される。



「君は、守っていた」



 その言葉に。

 私は、初めて視線を逸らした。



「……そういう評価は、不要です」



 だが――殿下は、引かなかった。



「君は」



 一拍置いて。



「静かに他人を守る人間だ」



 断言。

 その瞬間。

 胸の奥が、わずかに揺れた。


……やめて!

 

 そう思った。


それを、言語化しないで!

 

 中庭。



「エミリア」



「はい」


 

「君をもっと知りたい」



 まっすぐな声。


 

「そして」



「やり直したい」



 私は、迷わない。


 

「無理です」


 

 即答した。

 沈黙が落ちる。



「……理由は」



「信頼は戻りません」



「恋愛感情もありません」



「婚約は義務でした」



 区切る。


 

「もう、必要ありません」



 完全な拒絶。

 それでも――殿下は、崩れなかった。



「……そうか」



 ただ、受け入れる。

 そして。



「それでもいい」



 私は、目を見開いた。


 

「私は」



「見返りを求めない」



 静かな声。


 

「ただ、知った以上」



「無視できない」



 その言葉は、どこまでも、誠実だった。

 それから――殿下は変わった。

 近づかない。

 押し付けない。

 ただ歪みを正す。

 評価を戻す。

静かに。

 まるで。

 私のやり方を、なぞるように。


……本当に厄介な方ですね。あなたは……

 

 そして。

 少しだけ。


……それが嫌じゃない自分がいる。


 そう思ってしまう自分が、一番厄介だった。

 そして、翌日の放課後。

 寄宿舎のテラスで、私は紅茶を飲んでいた。

 そこに殿下が現れた。


 

「エミリア」


 

「はい」


 

「私は」



 間を置き。


 

「君を愛している」


……はぁ!?


 アレだけしといて、そんな言葉よく出たな!


 私はお茶を吹き出しそうになった。


 まぁ、あれからの彼の改善の努力は見られたが……


 彼の静かな、完成された言葉。


 私は、頷いた。



「知っています」


 ……気づいてましたよ?うすうすは。

 しかし、どストレートだな……


 そして、私は返答した。


「でも……応えることはできません」



 風が吹く。



「私は、誰かのものになる物語を、終えました」



 殿下は、目を閉じる。


 

「……ああ」


 

 それだけ。

 それで、終わり。


そう私は、選んだ。


 誰かに選ばれる人生ではなく、自分で選ぶ人生を……


 それでも。


あの人の想いは、否定するものではない。


 だから……


 これは、きっと不幸な恋ではない

 

 ただ、交わらなかっただけだ。


 春の風が、静かに吹いていた。

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