悪役令嬢やめたら皆が私に恋をした?
公開聴取から三日後。
王城の中庭は、春の光でやけに平和だった。
……平和すぎて、逆に不安になる。
私はベンチに座り、紅茶を一口飲んだ。
静か……本当に静か。
最近ずっと、広場だの公開断罪だの公開裁判だのと騒がしかったから、余計にそう感じる。
私は小さく呟いた。
「……平穏って、こういうことでしたね」
その時。
「それは違うと思う」
後ろから声がした。
私が振り返ると――そこに立っていたのは、王太子アルベルト殿下だった。
私は思わず眉を上げる。
「殿下」
「こんにちは、エミリア」
爽やかな笑顔。
……妙に爽やかだ。
この人、三日前まで断罪側の主犯だったはずなのだが。
殿下は私の前に立つと、少しだけ咳払いをした。
「少し時間をもらってもいいだろうか」
「内容によります」
「厳しいな」
「今までが今までですので」
殿下は苦笑した。
そして、私の隣に腰掛けた。
沈黙――風が吹いて鳥が鳴く。
平和だ。
その平和を破ったのは、殿下だった。
「……エミリア」
「はい」
「君は」
殿下は息を吸い込んで、思い切った感じで口を開いた。
「まだ怒っているだろうか」
私は紅茶を飲んだ。
そして答える。
「怒ってはいません」
アルベルト王太子殿下の顔が輝いた。
「本当か」
「はい」
わたしは短く答える。
「……、ただ」
私は殿下を見る。
「婚約破棄はします」
キッパリと言う私の言葉に、殿下の顔が固まった。
完全に固まった。
まるで彫像みたいに。
数秒後。
「待ってくれ」
即答だった。
「即答ですね」
「当然だ」
殿下は真剣な顔だった。
「私はまだ諦めていない」
「何をです?」
「婚約破棄を」
私はため息をついた。
あれだけ人を悪者にしたて、つるし上げた人のセリフじゃない。
「殿下」
「何だ」
「普通……」
「うん」
「婚約者を公開断罪したら」
一拍。
「終了です」
殿下は顔を覆った。
「……その通りだ」
小さく呟く。
「本当にその通りだ」
私は少し驚いた。
思ったより反省している。
殿下は深く息を吐いた。
「だが」
真面目な顔。
「私は」
私を見る。
「君のことを、きちんと知ろうともしなかった」
沈黙。
「だから」
殿下は続けた。
「今から知ろうと思う」
私は首を傾げた。
「今さらですか」
「今さらだ」
即答だった。
私は少し笑った。
「殿下」
「何だ」
「努力の方向が遅いです」
「自覚はある」
殿下は真顔で言った。
「だが、やらないよりはいい」
その時だった。
「エミリア嬢」
静かな声。
振り向くと、そこにはノア先輩が立っていた。
そしてその後ろには――ルイス。
さらに――カイン。
私は顔を覆った。
「どうして全員いるんですか」
ルイスが笑う。
「偶然」
カインが言う。
「見張り」
ノア先輩は真顔で言った。
「観察です」
「帰ってください」
私は4人に対して即答した。
殿下はため息をついた。
「……君の周り」
「はい」
「男が多すぎないか」
「殿下が増やしました」
ルイスが笑いを堪えている。
「ははは!」
殿下は私を見た――真剣な顔。
「エミリア」
「はい」
「私は」
一拍置いて。
「君を好きになる努力をする」
私は瞬きをした。
「努力型なんですね」
「そうだ」
殿下は頷く。
「そして」
私をまっすぐ見た。
「君に、私を意識させる努力もする」
――沈黙。
ルイスがぽつりと言った。
「王太子」
「何だ」
「それ、恋愛初心者の宣言ですよ」
カインが吹き出した。
「ぶはっ!」
ノア先輩はメモを書いていた。
「興味深い」
私は空を見上げた。
春の空は青い。
平和だ。
本当に平和だ。
……たぶん。
私はゆっくり言った。
「殿下」
「何だ」
「その努力」
1拍置いて、私はため息を吐き出すように言った。
「成功する確率」
「うん」
「かなり低いですよ」
殿下は笑った。
自信満々に。
「構わない」
そして言った。
「私は、負け戦でも戦う主義だ」
ルイスが呟く。
「うわ」
「何です」
「これ」
肩をすくめる。
「恋愛戦争、開戦宣言だね」
その瞬間。
私の平穏な人生は、またしても――静かに遠ざかっていった。




