悪役令嬢は転じて乙女ゲーの真の主人公になる?
広場のざわめきは、まだ収まっていなかった。
まあ当然だと思う。
さっきまで私は“悪役令嬢”で、今は“被害者候補筆頭”に昇格している。
評価の乱高下が激しすぎる。
株式市場でもここまで動かない。
私は小さく息を吐いた。
「……人生って、忙しいですね」
隣でノア先輩がさらさらとメモを書きながら言った。
「統計的にも稀な事例です」
「統計取ってたんですか」
「取っていました」
「いつから」
「公開断罪の三日前です」
「先輩」
「はい」
「怖いです」
わたしはまた少し吹き出しながら、ノア先輩に言った。
その時だった。
「……エミリア」
低い声。
振り向くと、そこにいたのは——カインだった。
学院で私を公開断罪した張本人。
いわば今日の騒動の火付け役である。
本人はとても気まずそうだった。
視線が泳いでいる。
「……その」
口を開いては閉じる閉じては開く――まるで壊れた扉みたいだ。
私は腕を組んだ。
「何でしょう」
「俺は……」
深呼吸。
「……悪かった」
広場が少しざわついた。
カインが謝るのは、かなり珍しいらしい。
本人もそれを理解しているのか、耳まで赤くなっている。
「俺は……リリアーナを信じてた」
「そうですね」
「でも」
拳を握る。
「……あいつの言葉を、全部そのまま信じた」
「そうですね」
「だから」
私を見る。
「……お前を疑った」
私は少し考えた。
そして言った。
「まあ」
「まあ?」
「あなた、単純ですし」
ルイスが横で吹き出した。
「ぶふっ!エミリア、容赦ない」
「事実ですので」
カインは頭を抱えた。
「ぐっ……!」
その時だった。
「……エミリア」
王太子アルベルト殿下がゆっくり近づいてくる。
広場が静まり返る。
王太子が私の前に立つ。
そして言った。
「私は」
一拍。
「……とんでもない勘違いをしていた」
「そうですね」
「……」
「少しはフォローしてくれないか」
「難しいですね」
殿下は苦笑した。
そして。
「だが」
真剣な顔になる。
「それでも」
私を見る。
「君は、最後まで理性的だった」
私は首を傾げた。
「そうですか?」
「少なくとも」
殿下はカインを見た。
「彼よりは」
「殿下!?」
カインが悲鳴を上げた。
その時だった。
「一つ、よろしいでしょうか」
静かな声。
ノア先輩だ。
全員の視線が集まる。
先輩は水晶を軽く掲げた。
「リリアーナ嬢の能力について」
広場の空気が変わる。
リリアーナがびくりと震えた。
ノア先輩は淡々と言った。
「聖女の奇跡」
一拍。
「ではありません」
ざわめきが広がる。
「え?」
「違うのか?」
ノア先輩は頷いた。
「正確には」
眼鏡を押し上げる。
「共感誘導型精神干渉」
広場が静まり返る。ノア先輩は続けた。
「人の感情を直接操作するのではなく」
メモを見ながら説明する。
「“弱い心”を増幅する能力です」
「弱い心?」
ルイスが聞いた。
ノア先輩は頷く。
「罪悪感」
「同情」
「庇護欲」
「これらを刺激することで」
一拍。
「周囲が勝手に彼女を守る」
広場がどよめいた。
「つまり」
私は言った。
「洗脳じゃない」
「はい」
ノア先輩は頷く。
「人の善意を利用する能力です」
――沈黙。
そして、ルイスが苦笑した。
「……なるほど」
「何がです?」
「俺」
肩をすくめる。
「完全に引っかかってた」
私は少し驚いた。
「ルイスも?」
「うん」
困った顔。
「君を疑いはしなかったけど」
少し目を逸らす。
「……守りもしなかった」
沈黙。
私は少しだけ笑った。
「あなたらしいですね」
「褒めてる?」
「半分くらい」
その時だった。
ノア先輩がぽつりと言った。
「エミリア嬢」
「はい」
「一つ申し上げます」
「何でしょう」
ノア先輩は、広場を見回した。
王太子。
騎士団長。
カイン。
ルイス。
そして私――全員を見てから言った。
「誤解が解けた今」
一拍。
「多くの方が、あなたに好意を抱き始めています」
広場が静まり返る。
私は顔を覆った。
「先輩」
「はい」
「それ」
「はい」
「言わなくていいやつです」
「そうでしょうか」
ノア先輩は首を傾げた。
そして、静かに私の隣に立った。
「ですが」
一拍。
「私は」
私を見る。
「最初から、エミリア嬢の隣に立つと決めていました」
広場がどよめく。
ルイスが笑った。
「うわ」
「ノア先輩」
「はい」
「……それ」
肩を震わせながら言う。
「完全に告白ですよ」
ノア先輩は少し考えた。
そして言った。
「そうですか?」
一拍。
「では、そういうことにしておきましょう」
カインが叫んだ。
「待て!?」
アルベルト殿下も言った。
「待て!!」
ルイスが笑う。
「いやー」
肩をすくめる。
「エミリア」
「はい?」
「君」
にやりと笑った。
「争奪戦の中心になったね」
私は空を見上げた。
ため息をひとつ。
「……平穏な人生って」
遠い目をする。
「どこに売ってるんでしょうね」
その日。
王国の恋愛勢力図は、完全に崩壊した。




