160話『確認と報告』
『状況は把握した。ご苦労』
「いえ、引き続きご報告いたします」
ぷつりと切れる通信。
遠くの者と話せる通信用魔道具だ。どちらかの通信場所が固定されていないと届かない。今回は向こうが固定されているからできる。しかしこちらの場所が定まっていないため、向こうからは通信ができない。
好きにできるのは『東国』が独自に開発した水晶のような魔導具だけだ。開発レシピは非公開とされている。
それだけ重宝された結果、首脳会議でも使われているらしい。
しかし、その水晶も通信用魔導具も、魔法陣の外部では使えなかったが、こうして内部に戻ると元通り使えたことに安堵した。
今はセリナという元『聖女』とともに旅をする一人だから、足を止めるわけにはいかない。
そして、それを上の者に報告するのが役目だ。
世界を変えようとする、セリナの動向を気にしない者などいない。だからこれは仕方がない。
通信が終わり、人気のないところからセリナの元へ戻ろうと歩く。
「あっ」
「おっ」
「あれ?」
リオナルド、エルンスト、アルネスが同時に道で顔を確認して足を止める。
そして……少しの沈黙のあと三人は同時に苦笑した。
「まぁ……そういうことだよな」
「大変だな、お互いよ」
「あはは……」
三人が並んで歩く。それ以上誰も話さなかった。
歩いた先に待っていたのは、街道から少し外れて休憩しているセリナとライラだった。
「おかえりなさい」
「おう。待たせてすまんな」
「いいえ」
セリナもわかっているであろうに聞かない。
そんな関係でもあるのだ。この一行は……
「奥のほうに開けた場所がありましたので、そこで実験をします」
「わかった」
立ち上がり歩きながら話すセリナに、全員がついていく。
向かった場所は、確かに森の中なのに木が生えておらず、近くの崖からは小さな滝が流れている場所だ。
落ち着けそうな雰囲気で、今日が良い天気だということもあって気分が良くなる。
「では、さっそくここで実験します。全員離れて並んでください」
セリナに言われた通り、全員距離を取りつつ、見守る位置についた。
セリナは全員の位置をしっかりと確認すると、目を閉じてゆっくりと魔力をためる。
「フロスト。力を貸して」
その言葉に『氷の精霊』が反応し、セリナが『氷の聖衣』をまとう。
「やっぱり、魔法陣の内部のほうが精霊の力を感じる気がします」
セリナの言葉に、アルネスがこくんとうなずく。
「魔法陣の力なのか、瘴気を感じない内部だからなのか、僕たちが魔力で構成されている種族だからなのか……そこは疑問ですが」
「人間に力を貸してる精霊だから……じゃあ、アルネスまでそうなる理由にはならないか」
「そうだね。精霊様が種族を細かく把握しているとは思えないし……」
「だあああっ! うるせぇっ! 小難しい話はあとでしろ! 来いっ! フロストっ!」
アルネスとリオナルドの話についていけないエルンストが怒りながら『氷の精霊』の名を呼ぶ。
手には氷の斧、体には氷の鎧が神々しく顕現する。
「さて。では良いですか? 今から全員に『氷の精霊』の力を付与します」
『やってやってー! 楽しみっ!』
楽しそうに手を広げ、空中で大の字になるライラにふふ、と笑ったセリナは、両手を前に出しゆっくりと力をためていく。
そして……セリナの両手の間にたまった氷の力が、一瞬でセリナ以外の全員の体内に飛んでいくと、淡い青色に発光したあと、すぐに消えた。
「よし。いくぞリオナルド」
「はいっ」
エルンストが少し距離を取ったリオナルドに向かって氷の斧を担ぎ上げ、対するリオナルドは剣を抜いて防御の構えをとる。
氷の斧にエルンストの魔力が集まり、氷の力と合わさって周囲に氷の粒を巻き起こす。
「オラァッ!」
氷の斧を振り下ろした先に氷の斬撃が、リオナルドに向かってまっすぐ飛んでいく。
それを見たセリナはリオナルドに向けて手のひらを向け、リオナルドにつく氷の力を調整する。
斬撃がリオナルドに当たった瞬間――
『うわっ!』
セリナを除く全員の体が先ほどと同じく淡く光り、斬撃がリオナルドの剣によって弾かれた。
それを見たセリナは、手を下ろしながら大きく息を吐く。
「これが『氷の精霊』で得られる力ですね」
「防御か。なるほど」
リオナルドは傷一つない自身の体を見回し、ライラがセリナの横でクルクル回る。
アルネスも楽しそうに大きな木に向かってこぶしを繰り出し、防御力を確かめているようだ。
『見て見て! ボクの体光ってるよ!』
回転するたびに氷の粒が太陽に照らされ輝き、ライラの楽しそうな顔を映えさせたのを見て、セリナはクスリと笑った。
「これくらいの軽い攻撃なら止められるってか。すげぇな」
「エルンスト様の力はいかがですか?」
「氷の力のおかげで体が軽く感じるし、魔力をすんなり出せる、気がする」
自分の手を開いたり閉じたりしながら、確認するかのように言うエルンスト。
「これならある程度は無茶をしても問題ないってことだねっ」
「そう言いたいのですが……あくまで私が気づいて氷の力を使わないと発揮されない点が弱点かと」
「……と、いうと?」
いつの間にか戻ってきたアルネスの疑問に、氷の力を解き元の姿に戻ったセリナが苦笑する。
「精霊が勝手にやってくれたらいいなぁ、と思いまして」
「えぇっ!? いや、それはさすがに無理ではないですか?」
「やる価値はあると思います。なんせ『氷の精霊』は『試すもの』ですから。こういう挑戦は引き受けると思います」
「大丈夫なのか?」
精霊のことではなくセリナの心配をするリオナルドに、セリナは力強くうなずいた。
「なんかそんなこと言ってたな。それって精霊の性格かなんかなのか?」
「どうやら『精霊王』が決めた肩書きのようなものらしいです。では、次行きます」
「なんでそんなこと知ってんだよ?」
エルンストの言葉に答えるより先に、セリナは目を閉じ集中する。
「テラ。力を貸して」
「テラ様、お力をお貸しください」
轟音とともに砂粒が舞い、セリナは『大地の聖衣』を、アルネスは『大地の巫女衣装』をまとった。
目を開けたセリナは、エルンストをしっかりと見る。
「世界図書館で精霊についても調べました。なので、ある程度は把握できていると思います」
「お前……本当にいつ寝たんだよ、あそこで」
呆れ声を出すエルンストへ、ごまかすようにニコリと微笑み返したセリナは、氷の力を使うときと同じように両手を前に出し、大地の力をため、全員に解き放つ。すると、今度は淡い黄色に全員の体が光った。
「これは……どういう力だ?」
『わぁああっ!』
戸惑うエルンストとは裏腹に、ライラが回転すると地面から刺さりそうなくらい尖った土の棘が出てきた。
それを見て、エルンストが指でてきとうな場所を指定しながら素早く振り上げると、そこにも土の棘が発生した。
「おお……! すげぇな、これは」
「でも強度はなさそうです」
リオナルドは自分の近くに生み出した土の棘を指で叩くと、剣で一閃して上下二つに分けた。
リオナルドの剣さばきが凄すぎてどこまで脆いのかわからないが、これから戦う相手を契約する精霊や魔物だと想定すると、致命傷には至らなさそうだ。
「ということは、こいつは足止めか?」
「なるほど……それで、ええと、僕は……これかな?」
アルネスは何度か軽くジャンプすると……
「――!?――」
アルネスがその場に砂埃を軽く残して……消えた。
慌てて全員が辺りを見回すと、滝のあたりでアルネスが手を振っているのが見えた。
「し、瞬間移動か?」
「いえ、走ったあとが残っていますね」
驚くエルンストに、同じく驚きながらも冷静に地面を見るセリナ。
そこには、地面を蹴ったアルネスの足跡がハッキリとついていた。地面がヘコむほどの力。
「加速……というより、筋力が上がってるのでしょうね」
「体を大きく変化させるアルネスにピッタリというわけか……それでセリナは、大地の力でなにができるんだ?」
「私は……」
リオナルドの質問に答えようと、セリナは目を閉じる。すると胸元のギンバイカが風もないのに優しく揺れた。
そして……
セリナの足元から急に大きな葉と茎が現れ、セリナを座らせそのまま体を持ち上げて、全員の目線より少し高いところでとどまった。
「これです」
「植物を……操る力か?」
「これに加えて、石や岩を精製することもできました。前に『西国』でハンマーを作り、氷の防御の力をまとわせたこともあります」
「あぁ、あの時の……」
思い出したのか、リオナルドが大きくうなずく。
「それを利用して……こんなこともできます」
そう言うとセリナは両方の手のひらを上に向け、小さな土の塊を精製し、そこからさらに形を変えていき……
「………………なんでそれなんだよ」
「わぁっ! ミニゴーレムくんとゴーレムちゃんですね!」
エルンストがうんざりしている横で、いつの間にか戻ってきていたアルネスが嬉しそうに声をあげる。
あったのは、セリナの手のひらで楽しそうに踊るゴーレムくんとゴーレムちゃんの姿だ。
「私は召喚士ではないのでゴーレムは扱えませんが、大地の力を使ったゴーレムならばもしかしたら……彼らは『調和するもの』らしいので」
「セリナ……本当にいつ寝てたんだ?」
エルンストと同じ質問をするリオナルドに、セリナはニコリと笑ってごまかそうとしたが、どうやら通じないようで、セリナの頭から汗が一つ流れた。
「ま、まぁ、ここらへんの研究や精霊との交渉は私の努力次第になるかと思います」
「話をそらしても駄目だぞセリナ」
「さっ! 精霊の力の確認はできましたね! では、そろそろ町まで進みましょうか。野宿になると疲れも取れませんしっ」
「町についたら説教だな」
ニコリと笑うリオナルドからごまかすように、セリナとアルネスが元の姿に戻ると、セリナを支えていた葉が、少しずつ地面に潜っていくように消えていく。
「さぁ! 次は『南国』ですね!」
「これ以上そらすなら、道中に説教だな」
「すみませんでした」
リオナルドの説教がよっぽど嫌なのか、セリナが即座に謝る。
それを見て、エルンストとアルネスが笑い、ライラがリオナルドに怒る。
それが当たり前になってきた……
だが、それでも……
『そうか。報告ご苦労』
「ありがとうございます」
朝と夜、一日二回の定期報告。
欠かすわけにはいかない。
だから……
『それでは、いつでも裏切る準備を』
「……はい」
どんな命令も聞く。
そう……これが……任務だ。




