第161話『辛エビのトムヤムクン』
「あっちぃなぁっ」
『南国』に向けて進む道中、エルンストが小さくぼやく。
『西国』とは違い、じめじめした空気ではなくカラッとした陽気だが、太陽からも地面からも照りつける暑さが、体を焼くような痛みをともなう。
セリナの防御魔法を常時かけていないと、あっという間に肌が真っ黒になってしまいそうだ。
今いるのは『南国』の国境がある街の手前。
わりと土の道が多かった『西国』だが、『南国』に近づくにつれ道が整備されてきて、迷うこともなく進んでこられた。
かわりにこの暑さである。
昼だけかと思えば、夜も暑い。これが『熱帯夜』というのかと、寝苦しさを魔道具で管理しながらセリナは思った。
今日も歩き続けること数時間。
途中で寄った小さな町で昼休憩を終えて進み始めた今、セリナはエルンストをジト目で見た。
「暑いからって脱ぐのやめてもらえませんか? 不愉快です」
「あぁっ!?」
「鎧を着たらどうですか? 精霊の加護できっと涼しいですよ」
「そうじゃねぇから脱いだんだろうがっ! いつまであの鎧を着させる気なんだてめーはっ!」
『セリナもエルンストもうるさいぃ……暑いぃ……』
「ライラっ!?」
「す、すまん」
セリナ大好きライラから、初めてと言えるかもしれない抗議の声に、セリナは明らかに驚き、エルンストは動揺しながらも謝る。
「国によって全然違うのって面白いよね。人間の国なんて世界から見たら一部でしかないのにさ」
落ち込むセリナとエルンストを尻目に、アルネスが太陽に手をかざしながら楽しそうに言うのを、リオナルドが頷いて同意した。
「魔法陣の外に出たからこその感想だな」
「そうだねっ。楽しいなぁっ」
セリナと『神力の薬』について調べているときもそうだが、アルネスは本当にこの旅を楽しんでいるように見える。
そんな好奇心の塊、アルネスのおかげで『神力の薬』の主成分である、セイタイムの代用品はあっさりと見つけられた。
調合が繊細で大変な作業になるし、セイタイムだけで3種類の葉を代用しなければならないし、持続力も効果も落ちる。
だが、内部でも神力を使えるのは大収穫だ。
頼りになる仲間がいること。
これがセリナの心を少しずつ満たしている。そうセリナは毎日実感している。
いつまでもこのまま旅が続けられたら……
『あーっ! 街が見えてきたよ! 早くどこかでジュース飲もうよ!』
ライラが言いながらスピードを上げて先に進んでいく。
セリナたちはお互い目を合わせて苦笑したあと、走ってライラを追いかけたのだった。
「エビは……からくても美味しいんですね……!」
『南国』名物、辛エビのトムヤムクンを一口食べたセリナは、思わずつぶやいた。
最初の一口は、やってきた酸味と辛味に戸惑うが、その後にやってくるスパイスと、なによりからさの奥に存在するエビとハーブの旨味が舌を喜ばせる。
一度やみつきになると何度も飲みたくなるスープに、甘さがあるエビが絶妙にお互いの旨さを引き出している。
――もしかして足の長いナマモノではなく、エビが美味しいだけでは……!?
そう思ったが、先に口にしたイカと白菜の辛炒めも非常に美味しい。
白菜自体をからい調味料で漬け込み、それとイカを炒めただけのものらしいが、コクもあり絶妙に甘さも感じる白菜がからいからこそ、イカの甘みをしっかり感じられるというとんでもないものへと変貌していた。
つまり……やはり足の長いナマモノは美味しい……!
「帰ってこいセリナ。食レポが漏れてるぞ」
セリナの横で舌を出して痛そうにしているライラのその横で、リオナルドが辛味チャーハンを食べながら言う。
その向かいではエルンストが豪快に酒を飲み、その横でアルネスが三種のおつまみを食べて、味がからかったのか、口に手を当てていた。
ここは『南国』への国境がある街。
先ほど到着したがもう日が落ちそうになっている時間だったので、ここで一泊することにしたのだ。
「リオナルド様。この先の『南国』に足の長い魔物は――」
「いても食べられないからな」
ライラの舌を『癒やしの魔法』で治しつつ真剣な瞳で言うセリナに、にっこりと笑って返すリオナルド。
「暑い地域のカニはまた絶品って聞いたことあるけど……」
「話がそれるからやめような、アルネス」
唐揚げを食べながら言うアルネスにツッコむリオナルドの言葉で、セリナはようやく本題を思い出す。
「失礼しました。三人は以前『南国』を訪れたことがあるんですよね? どのような国でしたか?」
スプーンを置きコホンと咳払いをしたあと、セリナはライラ以外の三人を見る。
最初に答えたのはエルンストだ。
「訓練の時は山奥に行ったなぁ。まるで地獄の炎がそこらじゅうに湧いてるような山で、歩くだけで訓練になる場所だったぜ」
「あぁ、部下たちが実験と称して、平らな大岩で肉を焼いてましたね」
「あったあった! 中まで火が通ったときは俺らも叱るのを忘れて感心したもんだ」
楽しそうに話すエルンストとリオナルドだが、岩が二百度くらいまで熱せられていないと、肉の中まで火が通るはずがない。
そんな岩がゴロゴロある場所で訓練……
陽炎がゆらゆらと揺れる昼間を思い出し、うんざりするセリナ。
今回の目的は訓練ではないので、山奥に行かなくても良さそうなのが救いか。
「僕は山奥とか行かずにそのまま先の島まで行ったよ。あっちも暑かったなぁ」
「先の島?」
アルネスの言葉にセリナがオウム返しをすると、アルネスはココナッツジュースを一口飲んだ。
「国境を跨いでいく先にも町があるんですが、そこから船に乗って海を渡った先にも『南国』所有の島があるんです。そっちの方が大きいし、王城もあるし、観光地にもなっている『南国』メインの場所ですね」
「じゃあ、私たちが向かうのはそちらですね」
「そういやそっちは訓練に関係ねぇから行ったことねぇな」
「ですね」
この中で行ったことがあるのはアルネスだけのようだ。
そのアルネスは、記憶を辿っているのか『うーん』となにやら考え込んでいる。
「僕も行ったときは調べ物を優先していて、観光したわけじゃないから……詳しく調べられるのは楽しみかな」
あぁ……つまりアルネスの姉、テリアの洗脳魔法の解除方法を探していたとき、ということか。
セリナは口に手をあてて考える。
ここにいる精霊はこの二つの大陸にいるのか? それが第一だ。
国に話を通すとスムーズに進むのは、これまでの経験でわかっていることだ。だからそれがひとまずの目標。
その後のことだ。
『西国』ほど広大ではないとはいえ、分断されている『南国』のどこに精霊がいるのか、調べるのは容易ではない。
かといって仲間を分けて行動する、というのも良くない。相手は精霊だ。
これも経験が語っている。精霊にロクな奴はいない。予測不能なことが間違いなく起こる。ならば全員で行動するのが好ましい。
ふぅ、とため息をついて水を一口。
まだ国境すら超えていないのに思案するのは、机上の空論にしかならない、か。
『からいものばかりなのは嫌だけど、どんな場所なのかは楽しみなんだぁ、ボクっ。つらいこともあったけど、セリナと一緒だったらなんでも楽しいんだっ』
ライラが隣で満面の笑みを浮かべているのを見て、セリナは笑った。
「そうですね。私も知らない場所へ行けるのは楽しみです」
「よしっ。じゃあ明日から、また楽しい旅を満喫と洒落こむとするかっ」
そう言ったエルンストの持つジョッキから酒が一気に無くなった。
国境は無事に越えられた。冒険者カードは便利だな、と改めて思う。
そして街を出て、整備された街道を進み……
『山だ』
「山ですね」
ライラとセリナが、街道以外の景色を一言で表した。
道の両脇には大きい溝があり、その先には大小様々な山があり、そこからなんと溶岩が流れ出ている。
看板がところどころに設置されており、それによると舗装には黒曜石という溶岩からできた素材が使われており、その黒曜石をさらに独自開発することで、こうして間近で溶岩を観察できるようになったとか。
それでも硫黄の匂いがすごく、汗が流れる前に蒸発する。
セリナが常に防御魔法を展開し、冷気をまとっているにもかかわらず、この現状である。
そして異様なのはやはり看板。
それも黒曜石で出来ているが、問題なのは書かれている内容だ。
『ようこそ『南国』へ』
『ここの溶岩は本物です』
『溶岩が流れる様子をさらに近くで見ることができるツアーは、この先の街で受け付けています』
『溶岩で水遊びをしないでください。大変危険です』
『暑さも慣れれば都』
………………
「リオナルド様とエルンスト様はここで訓練を?」
「いや、この先にある街から外れた山奥だ。でもこことそう変わらない景色だったな。いやぁ、大変だった」
「この国の訓練は他の国よりも命がけだからなぁっ」
笑って済ませないでほしい、リオナルドもエルンストも。
『あついぃぃ……早く行こうよぉ、セリナ』
「そうですね」
もはや宙に浮く気力もなくなっているライラを両手で抱えながら、セリナは早足になった。
そして、溶岩地帯を競歩すること数分。ようやく抜けだし、目の前の階段を下りた先にある街並みを、全員で観察する。
まず思ったことは、派手だが綺麗、だった。
建物も黒曜石で出来ているのだろうか? しかしその名の通りの黒一色ではなく、ちゃんと色とりどりに塗装されていて、華やかな雰囲気がうだるような暑さとある意味合っていない。
よく見る木造建築ではなく、どちらかというとコンクリートで作られた街並みに似ている。
ただ違うのは、街の明かりが魔道具を使ったものではないということ。
これは確か……
「機械ですね。科学の街とも呼ばれています」
アルネスの一言でセリナは納得した。
『南国』は他の国と違い、魔法がほとんど使われていない。
人間の世界が魔力で溢れ、魔力を使うのが主流となっているのにも関わらず、この国は独自の文化で『科学』という新たな思想を生み出し『機械』という、魔力を使わない道具を作りだした。
――かつて読んだ書物にはそう書いてあった。
ちらりと見る住民たちの服装も、一見武装しているようなものが多そうに見える。
だが魔力も力も特に感じない。ということは、あれはこの国の普通の服装なのか。
吹き抜ける風には、オイルや香水といった人工的な香りを感じる。
それに暑さがこの街に入ってから和らいだ。これは……おそらく道の途中に等間隔に置かれている、花を模した機械の力だろう。その証拠に、模造花の近くはかすかだがさらに涼しい。
ところどころにある噴水では、子供たちがまた少々変わった服で遊び、背中に背負った機械を使って空を飛び、他の場所では親であろう人間が『溶岩に行ったからジェットパック壊れたの! だから噴水にしなさいって言ったでしょう!?』と、目の前で泣く子供に怒鳴っている。
噴水の近くに座っている人間は、その様子を見ながらのんびりとパンを食べている。
店は、ざっと看板を見る限り魔法に関するものが他の国と比べて少ないのも特徴だ。
セリナが今まで見たことのないものが、店の窓越しに見える。魔道具ではない。やはり機械か。
「まずは着替えかな。それから少し調査をして、それから船に乗って本拠地だ」
そう言ってアルネスが指をさした先には、街の奥。そこには大きな水の塊と――
その中心に浮かぶのは……ここからでもわかるくらい、文明が進化している孤島だった。




