第158話『ちょっと行ってみた』
リオナルドと鎧エルンストが負けた。
いや、当然かもしれない。相手は弁の立つセリナとアルネスなのだから。
「まぁっ、なんて純正な結晶! 浄化の粉作成がはかどります!」
「この植物は初めて見るなぁ……魔力が多めだけど瘴気も含んでいる……神力といっても良さそうかな……いや、でもそれだと……」
「あのなぁっ! そうやって寄り道するのなら、さっさと内部に戻るぞっ!」
鎧エルンストがガシャンと怒ると、セリナとアルネスはすぐに止めていた足を動かし、地図を埋める作業に戻る。
――そう、セリナたちはまだ魔法陣外部の大陸にいた。地図を埋めるだけ、という譲歩案で。
二人を無理やり納得させた決定打は、セリナの『地形を把握できれば転送魔法が使えるので、いつでも来られるようになる』だ。
「この大陸には神力を含んでいる動植物が多いね。でも僕たちに向かってくるのは、瘴気をまとった魔物ばかりだ」
アルネスがチラリと後ろを見る。
そこには先ほど倒したばかりの、瘴気の種に侵され魔物となった熊と、成長した瘴気の植物の残骸があった。
「魔物にとって魔力が毒だから排除したい、そんな本能でしょうか?」
「表と裏の力ですからね。可能性はあります」
「あーっ! うるせぇうるせぇっ! 口より足を動かせ研究バカどもっ!」
「歩いてますよ! 筋肉バカ様には見えませんか!?」
「あぁっ!? 無理矢理内部に連れていくぞてめぇっ!」
「まぁまぁ」
地図を埋めたい、そんな欲とは別にもう一つセリナにはやりたいことがあった。
それは……未知の食べ物を見つけること。
東、北、西と知らない食べ物に出会ってきたのだ。ここでも会いたい。足の多い生き物が一番だが、そうじゃなくてもいい。
なんせこの大陸のものは、神力の実しか食べてないのだ。リンゴに近い味と食感だし、たいして感動もなかった。
そんな気持ちを隠しつつ、リオナルドたちを言いくるめた。
「……とか思ってるだろ? セリナ、わかってるからな」
「え? そ、そ、そんなわけないじゃないですか」
にこりと『聖女』のような笑みをするも、表情が完全に崩れてしまっているセリナを見て、リオナルドは呆れながらため息をついた。
「神力についての研究も兼ねているので、許してください」
「……ったく」
生まれてから今まで、セリナの目は不便を強いられていた。
瘴気があると視界に黒いモヤがかかり、瘴気が強ければ強いほどモヤがかかって見えなくなる。
それが神力を会得したことで視界がクリアになったまま、魔力と瘴気がはっきりとわかるようになったのだ。
魔力を持つ種族が多い魔法陣内部と違って、ここは魔力と瘴気が混在している。
感動と確認のために、何度も景色を見ておきたくなるのが人間というものだろう。
神力を使って食べられる魔物を見分けられたらな、とか思ったがそこまで万能ではないらしく、他にわかることはないかと、こうしてセリナは足を使って調べているのだ。
……まぁ、今のところ視界がクリアになったということしかないが。
それでも神力を使わず自然体のままで視界が良くなるのなら、こんなに助かることはない。
今はまだ作った神力の薬を舐めるときだけ、命を削らずに使える。しかしそれでは、いざというときに使えない。
神力を完璧に自分の力に。それがセリナの課題だ。
もっというなら、セリナだけではなく全員がそうなれば良いが……やるには、魔力を自在にコントロールできなければならない。それを考えると、特に鎧エルンストには難しい話だろう。
……とまぁ、神力のことばかり考えてみたが、それ以外にもセリナには調べたいことがあった。
それはかつて『東国』にいたときのこと。
とある貴族が違法魔道具を使っていた。本人はリアナからもらったと言っていたが、そもそもリアナはどこからそれを入手したのか。
『お友達』や『おもちゃ』が多いリアナならどこからでも入手できる、といってしまえばそれまでだが……
もしその中に、魔法陣外部の種族がいるのだとしたら?
実際にこうして来ることができる場所だ。その可能性だって否定できない。
なんらかの対策を組むことができるのなら、それに越したことはないだろう。
それから『東国』が持つ魔道具たちについてもだ。
仮相のヴェールに姿を映し出す水晶など、どう考えても今の魔道具技術で追いつけるものではない。
一体誰が作り出したのか……
それと『大地の精霊』が言っていた、いきなり力が弱くなったという『ある日』のことも……
結局、ほとんどわからずじまいだ。
世界図書館で全てがわかるはずだと踏んでいたのに、あの偽管理人が隠したせいでなにもわからなかった。
おのれ……! と、歯ぎしりをしてみせるも、なにも変わらない。できることをやるしかないのだ。
「あ、見てください。あそこになにかありますよ」
アルネスが指差す方向を全員で見る。
そこには、草に絡まれ口を閉ざしかけた洞窟があった。
「あれは……この大陸にやってきたときに使った、転送装置があったところと似ていますね」
「ということは……あの場所からまた違うところに行けるってことか?」
「見てみよっか」
セリナとリオナルドの疑問に答えるべく、アルネスが歩き出す。
近づいていくとさらに似ているのがわかる。中も似たようなものだ。違いといえば、こちらのほうが蔦が多いのと、灯籠の劣化具合だろうか?
そんな中ではっきりと違ったのは、転送装置の周りに書かれている古代文字と魔法陣。
さっそくセリナとアルネスで手分けして調べる。行き先は……どうやらここから北の方角のようだ。
「北で角度から言うと……この辺りでしょうか?」
アルネスが、リオナルドが持っていた世界地図で大体の場所に当たりをつける。
行ったことがない未知の場所のようだ。でも確かにその方向には小さい大陸らしきものがある。
場所は『北国』の上。海に囲まれた孤島のようだが……
「どうします?」
「もうここまで来たなら行くしかねぇだろ」
「いや……危険ですよ」
アルネスの提案に応えたのは珍しく鎧エルンストで、難色を示したのも珍しくリオナルドだった。
嫌そうに顔を歪め、地図と睨めっこしている。なにか問題があるのだろうか?
そこで、鎧エルンストがなにやら気づいたようで、赤い瞳がギュンッとジト目に変わり、リオナルドを見た。
「ははぁん。お前、寒いのが嫌なんだろ? その天使の服、寒さ耐久ないもんな」
「そ、そ、そんなことじゃなくて、その、未知の孤島ですから危険だなぁ、と……」
この反応。図星か。
「うるせぇ! リオナルド! お前の筋肉が足りない証拠だ! そんなことじゃ美しい筋肉は創りだせねぇぞ! 軍人にいつまで経ってもなれねぇんだからなっ!」
「いやっ、騎士団辞めませんよっ!? 生涯、騎士貫きますっ!」
「まぁまぁリオさん、ここはもう腹くくって。ここまできて収穫無しじゃ、それはそれで問題でしょう?」
「えぇ……」
鎧エルンストとアルネスに脇を固められて、転送装置の近くに連れられるリオナルド。
そこでリオナルドは、セリナの肩に乗っているライラに気づき、ひょいと持ち上げるとしっかりと抱きしめた。
『なにするんだよっ!』
「ごめんっ! 今だけでいいからっ!」
どうやらリオナルドの意思は固まったらしい。セリナは早速、転送装置の台座に手を置き魔力を込める。
とたんにぐにゃりと歪む世界。思わず目を閉じる。
一瞬のような、永遠かのような、そんな頭痛にも似た感覚をこらえつつ、正常な感覚に戻ったと判断したとき、セリナは目を開いた。
まず感じたのは冷気。次に感じたのは、澄んだような空気だった。
先ほどまでの魔力と瘴気が混ざり合うどんよりとした空気ではない。
「……行ってみましょうか」
セリナのその言葉で一同が足を動かす……いや、正確にはリオナルドの足は動いていなかった。必死でライラを抱きしめ、暖を取ろうとしている。
まぁ、この中にいる分には安全だろうと判断し、三人で足を進め……
「うわぁ……真っ白……!」
一面銀世界。洞窟があるこの場所以外は、見晴らしの良いなにもないところだった。
「僕、雪って初めて見たんです! すごい! 綺麗だなぁ!」
アルネスがはしゃぎ、地面に手をついて回転しながらどんどん奥へ進んでいく。雪に手と足の跡が残り、それがさらにアルネスのテンションを上げた。
「雪なんてロクなもんじゃねぇぞ。雪かきはめんどくさいわ、雨が降ると地面が氷になるわ、その上に雪が降ったら、トラップかよってくらい氷が見えなくて転びまくるわ……」
鎧エルンストがぶつぶつ呟く。雪国に住んでいる人間ならではの文句なのだろうが、アルネスは意に介さず、どんどん遠くに行ってしまう。ものすごいスピードで猪突猛進していくのは、小人族らしいというか、なんというか……
未知の大陸でバラバラになるわけにはいかない。なので、セリナと鎧エルンストは洞窟の前でアルネスを待つことにした。
このままアルネスからなにも報告がなければ、マッピングして戻るだけになる。
洞窟が一つあるだけのまっさらな雪の地面が続くだけの大陸のようだし、収穫なしか、とセリナがため息をついた、そのときだった。
「……ぁああああああっ!」
「なっ、にやってんだお前ええっ!?」
「ええっ!? ホワイトドラガン!?」
アルネスが猛スピードで走ってきた。その後ろには大量のドラゴンを引き連れて。
急いで洞窟内に全員が逃げ込む。予想通り、大きい体格故に、ここには入ってこられないようだ。
あれは『白龍蛇』と書いてホワイトドラガンと読む、蛇種族だ。
三メートルはあるであろう巨体に、白い体、羽が生えまるで見た目はドラゴンのよう。だが、足がなく口から出されるものは、他の種族を混乱させる霧。
一見ドラゴンのように見えて、非常にややこしい。
その見た目から、ホワイトドラガンと呼ばれるようになったのだろう。
寒さを好み、その巨体となにより圧倒的な復活力からやっかいな種族として、昔からよく冒険者が狩っていたと書物に載っていた。
「ありゃあ『北国』でも山の奥に行かねぇといねぇんだぞっ。なんでぞろぞろといるんだよっ」
「骨がひとかけらでも残っていれば数時間後には復活する種族ですし、昔ここに隔離されたとかですかね?」
そう推測するセリナの肩を、アルネスが指で軽くちょんちょんと触る。
見ると、とても良い笑顔でセリナを見ていた。
「知っていますか? 実は、ホワイトドラガンって肉や皮はもちろん、全身が高値で売れるんですよ」
「えっ……?」
ときめくセリナに、鎧エルンストがガシガシと頭を掻く。
「そうかぁ? 別にどこにでも売ってたぞ?」
「それは『北国』だからだよ、エルさん。たとえばここでたくさん狩ったとして、そのあと僕らが戻る場所は『西国』の端だ。つまり……」
高値で……売れるっ!
「神力の試し打ちが足りないと思っていたんです! 骨さえ残せば良いんですし、いくらでもできますね!」
「……そういや、もう肉なんて一か月以上食ってねぇな。美味いんだよな、ホワイトドラガンの肉……」
セリナ、鎧エルンスト、アルネスが顔を見合わせて同時にうなずく。
そして――
「今日は焼肉パーティですよぉーっ」
「やるぞーっ」
「わーいっ」
まるで綺麗なお花畑を走るかのように、軽やかな足取りで洞窟から飛び出す三人を、リオナルドは見ていた。
「……内部に戻るのは、まだ先になりそうだな……」
自身の時空の倉から長めのマフラーを三つほど取り出し、離れるのを諦めたライラを入れつつ首に巻きながら、リオナルドは洞窟の出口まで行ってみた。
神力を使うには、神力の薬を使わねば命を削る。だがその薬は有限だ。試すのは大切だがこんなところで使うのは……
などと思うリオナルドの目には、魔力が飛び交う様子しか見えなかった。
えぇ……使ってない……
それから、リオナルドはそこでライラとともにずっと見ていた。
楽しそうな笑い声とともに響き渡る断末魔、飛び交う魔法、四方八方から聞こえる地響き。それにより地面から雪が剝がれ、土が見え、真っ白だった景色が緑色に染まっていく、その惨劇を……




