第157話『次へ行くべきは』
木の枝を足場にして森の中を見えない速度で飛び回り、やがて影はそこから飛び出す。
「魔力が戻ったぁぁあああっ!」
出てきたのは見覚えのある女性姿のアルネス。あまりに嬉しかったのか、世界図書館から出たあとすぐに全身で喜びを表現した。
アルネスほどではないが、生まれた頃から備わっていた力がなくなる不安を感じていたことと、戻ってきた安心感にホッとする。
昔はこの魔力量をさんざん恨んできたのにな、とセリナは思わず心の中で笑った。
「入るのはあんなにめんどくさかったのに、出るのは簡単なのはなんつーかなぁ……」
愚痴が鎧エルンストから聞こえてくる。
管理人に『ここから出たい』と言ったら、壁の一部がドアになり開いた。それだけのあっけない終わりかたに不満があるようだ。
もちろん、出るときにはまた鎧を着ることになったことに関しても含めた不満だ。
「まぁまぁ。また大変なことになるよりは良いでしょう?」
「それはそうだが……そうだ。そんなことより、お前はもう良かったのか本当に?」
リオナルドになぐさめられながら、エルンストはセリナを見る。
「どういう意味でしょう?」
「過去について調べたかったんだろ? 例の『聖女』システムとか神力とか、それくらいしか見てねぇじゃねぇか。他にもあるだろ? ほら、魔法陣の管理の仕方とか、操作の仕方とかよ」
「あぁ、それなら大丈夫です。追放されるまで私がずっと管理していたので」
「は?」
鎧エルンストから間抜けな声が出て、アルネスが地面に落ちてくる。
リオナルドが眉の間にしわを作り、ライラは気にせずセリナの肩にいる。
「どういうことだ? あの魔法陣はお前の妹が管理してるって聞いたぞ」
「言っていませんでしたっけ? リアナは魔力操作ができません。なので私がしていました」
「はぁああ!?」
鎧エルンストが大声で驚く。
「もっと言うなら、追放の際に魔法陣に仕掛けを施してきたので、私以外扱えません。出来てせいぜい魔力を注いで維持する程度ですね」
「ちょっと待てセリナ! そんなことしてたのか!?」
リオナルドが頭を抱える。
「まぁ、そもそも魔法陣の維持は精霊がしていたらしいので、人間の微量な魔力を注いだところで無意味ですけど」
「いやいやいやいやっ! セリナ様っ! なんてことを!?」
アルネスが慌ててセリナのほうに駆け寄ってくる。
「ごめんなさい。当時は人間を滅ぼしたい一心でやっていましたので」
口に手を当てて微笑むセリナを、唖然として見ることしかできない三人。
もう言っていたと思っていたが……いや、最初は言うつもりなんてなかったしそのまま忘れていた、のほうが正しいか。
セリナにとっては今更な話でもあったので、ついつい、というやつだ。
「ま、ま、待ってください。じゃあ『聖女』リアナは洗脳魔法をどうやって操っているんですか?」
セリナは少しためらいつつも、苦笑しながら答える。
「たぶん、垂れ流しです」
「えええええっ!?」
今度はアルネスが頭を抱えた。
制御できていないからこそ『中央国』に入ると問答無用で洗脳される。
リアナの魔力で覆える広さがそれくらい。とんでもない魔力量だとわかる。
いつから使えるようになってしまったのかはわからないが、セリナが知る限り、リアナは気の向くままに旅行へ行くのが好きだった。だから軽度か重度かの差はあれど、こうしている間にもどんどん広がっている。
リアナから人間へ、人間から人間へ。これが洗脳魔法の恐ろしさだ。
「洗脳魔法についてもっと調べなきゃダメじゃないですか! 戻りましょう世界図書館へ!」
「あ、それはもう調べました」
口をぽっかりと開けて動かなくなったアルネスの代わりに、今度はリオナルドが慌ててセリナに声をかけた。
「え!? いつ調べたんだ!?」
「……眠れなくてつい」
「はぁっ!?」
世界図書館でセリナはずっと、朝早くに起きて夜までアルネスと神力の研究や実験を行っていた。そして、全員が寝静まった夜には洗脳魔法やその他、知りたいことについて調べていたのだ。
つまり……ほとんど寝てない。
そこにリオナルドが反応したのだろう。顔がどんどん怒りの表情に変わっていく。
「食事と睡眠はなによりも大事なんだ! おろそかにしちゃだめだろう!」
気絶以外長時間の睡眠なんてほとんどなかったころに比べると、今はずいぶんと眠れているほうだし、悪夢を見ることもなくなった。だから大丈夫……と言いたいところだが、怒られるのは目に見えているのでセリナは口を閉じる。
「リオさん待って……その説教は道すがらにたくさんしてほしい」
それは困る。
「洗脳魔法について……わかったことを教えてもらえますか?」
姉が洗脳魔法にかかっていたこともあり、アルネスにとっては重大なことのはずだ。彼がこれまで洗脳について調べていなかったはずはない。ということは、世界図書館で調べても良い情報が得られなかったのだろう、そうセリナは推測した。
「もちろんです。これこそ道すがら話そうと思っていたことです。話が重複しますが聞いてください」
そこからセリナは改めて全てを話した。
洗脳魔法はリアナの魔力の暴走であり、リアナが意識的にやっているものではないこと。
規模は『中央国』を覆えるほどであり、その広さは例えるなら『北国』を二つ合わせたくらいだということ。
あくまで人間であるリアナの魔法なため、その力は魔力であること。
精霊の力を借りた魔力及び神力で、洗脳魔法の解除は可能であること。
さらに魔法陣という、力を増幅させるものを併用することで効果がより大きくなるということ。
『西国』ですでに証明済みだということ。
ならば、一気に洗脳魔法を解くには、人間の国を覆う魔法陣を使うのが一番だということ。
しかし、今のセリナにはその魔法陣を通じて洗脳魔法の解除をするのはできない。魔力量が足りないこと。
だからその魔法陣の維持をつかさどる、東西南北の精霊と契約するのは必須だということ。
それでも成功するかはわからない。だから神力を使いこなすことも、成功への確率を上げるのに必須だということ。
「私自身も洗脳魔法にかかっていますが、今は精霊と神力によって心の奥底に眠っているのがわかります。このまま力をつけていけば、解除も可能になるかと」
「……そんで?」
「え?」
鎧エルンストが赤い瞳をまっすぐセリナに向ける。
腕を組んでだるそうにしているように見えるが、声は真剣そのものだ。
「お前はどうしたいんだ?」
『聖女』だから。セリナしかできないから。だからやらなければいけない。
そんなことを思っていたらきっと諫められるのだろうな、などと思いつつセリナはにこりと笑う。
「私は『中央国』を潰したい。追放されてからの願いです」
「……へっ。だからお前を『聖女』って呼べねぇんだよっ」
「セリナでいいんですよ?」
そっぽを向くエルンストの声は先程と違って優しい。そこに気づけたことにセリナの心が温かくなった。
「じゃあ、次に行くのは『南国』ってことか」
ふーっと大きく息を吐くリオナルドに、セリナとアルネスは顔を合わせた。
そのまなざし、その思い、そこに間違いはなさそうだ。
「アルネス」
「えぇ、わかっています。おそらく同じことを考えているかと」
「なんの話だ?」
いぶかしげなリオナルドに、アルネスがごそごそと時空の倉から紙を取り出して、それをリオナルドに向かって大きく広げる。
「これは……この大陸の地図?」
「そう! 見てよリオさん! ここらへんをさっ!」
アルネスの指が叩く場所、そこはまだ行っていない未知の場所。なにも書かれていない空白だ。
それを見てもまだわからないという顔をしているリオナルドに、今度はセリナが声をあげる。
「ここは未知の大陸ですよっ! まだ行っていない場所になにがあるのか……ちゃんと調べないとですよね!?」
「……は?」
「もっともっと見たことのないものがあると思いません?
それを研究――」
「セリナ様! そうじゃなくて、自分たちの役に立てて実験――」
「アルネスダメです! そうではなく、えっと、そう! 新しいなにかの手掛かりになるかもしれないから、ちょっと行ってみても――きゃっ!」
軽く頭を掻いたリオナルドが、無言のまま歩いてセリナを持ち上げる。
そしてセリナに向かって、満面の美しい笑みを向けた。
「さっきも言った通り説教だからな。ここから内部に帰るまで。眠くなったら寝てもいいからな。な、ライラ」
『うんっ! ボク、セリナのこと守るよっ!』
「いや……あの……」
そんな二人の奥で、アルネスが鎧エルンストに首根っこを掴まれてガションガションと運ばれている。
「さぁ、帰るかっ。次は『南国』だ!」
リオナルドと鎧エルンスト、二人に連れられながら、セリナとアルネスは必死に二人に聞き入れてもらえるように頭を回転させたのだった。




