第151話『過去とは』
周りが軽く確認できる程度の明かりを一定の距離で出しながら、一列になってどんどん先に進む。
後ろを見て明かりが続いているのなら、ちゃんと前進できている証拠だ。
「セリナ、大丈夫か?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
リオナルドの心配はもっともだ。
アルとの戦闘、ここでの神力の連発。体が重く、汗がじんわりと顔ににじむ。
「しっかし……行っても行っても本だらけだな。気が狂いそうになるぜ」
「え? 最高の環境じゃない。今から読むの楽しみだよ」
げんなりしているエルンストと、楽しそうに周りを見るアルネス。
もちろん周囲の観察をしている上での発言だ。
でも……
「アルネス。真剣に探してください」
「……は、はい」
今は余裕がない。早く見つけなくてはいけないのだ。
「……変わった本棚も本も今のところは見当たらねぇ。先はゴールの見えねぇ道。これ、またループしてんじゃねぇのか?」
「そんなわけありません。光が証明しています」
「だけどよ、このまま行ってもなにも変わらないんじゃ――」
「ちゃんと考えていますっ! 文句を言わないでくださいっ!」
エルンストの言葉に苛立ちを隠せない。声を荒げてしまう。
あぁ、冷静にと何度も言われて育ってきたのに、どうしてそれができない……
「……すみませんでした」
「おう。少し休むか?」
「いいえ。行きます」
「……そうか」
歩きながらセリナがそう言うと、みんなはそのあとを続いてくる。
いつの間にか陣形が崩れて、セリナは一番前にいることに今気づいた。
だが、足を止めたくない気持ちが勝った。
アルにあれだけ説教してここにやってきたのだ。
早く、早く見つけなければ……
そんなセリナの気持ちとは裏腹に景色は変わらない。
先を見ても後ろを見ても、どこも同じ景色の連続。気が狂いそうになる。
足音がカーペットに吸収され、進んでいる気持ちも薄れる。窓から差し込む光もない。
ギリッ、と歯ぎしりしてもなにも好転しない。
「ふぅ……こうしていると不安になってくるな……先が見えないってこんなにつらいのか。未来みたいだな」
『なに言ってるのリオナルド? 未来はきっともっと楽しいよっ! だって、旅するの楽しいもんっ!』
「そっか……そうだなライラ」
疲れを隠せないようだが、それでもライラに向けてリオナルドが笑う。
それを聞いたアルネスが、真剣な顔のままポツリと言う。
「未来……か。ここに今歩いているのは現在。僕たちが見たいのは過去。なんだか、変な気分」
「あん? どういうことだ?」
「いや、過去が見たいのに未来へと進まなきゃなんて不思議だなぁって」
「……よくわかんねぇ」
「あはは、そうだよね。僕もよくわかんないや」
過去……?
「セリナ?」
リオナルドが振り返った。セリナが足を止めたからだ。
他の全員も足を止めてセリナを見る。
「どうした? 休憩するか?」
エルンストに小さく首を振りながらも、考えをなんとかまとめる。
なにか、なにかを思いつきそうなのだ。
「過去……過去……ここは過去の墓場……」
管理人の言っていた言葉を思い出す。
墓場。そこはもう時が動かない場所。この図書館はそうだという意味で言ったのだろう。
つまり、ここには未来がない、と。
「未来がもし、先へ進むことなら……」
では……
未来の反対、過去は――
「過去は……戻ること?」
アルネスがセリナの言葉に続き、そのまま同時に走り出す。
そう、今までの道を灯す光が消える前に。
「なんだ!? どういうことだよっ!?」
エルンストたちが慌ててそれに続く。
説明したいが、セリナに今その体力がない。
「もしかしたら! 進むんじゃなくて戻るのが正解かも!」
「はぁっ!? なんもなかったじゃねぇか!」
顔から落ちる汗を拭いながら走る、セリナの前方を照らしていた神力の光が、だんだんと弱まっていくのがわかった。
「セリナ!」
「え? きゃっ! ちょっ!」
気がつくとセリナは後ろから迫ってきたリオナルドに抱きかかえられていた。
走りながらやってのけるって……! どんだけ速いんだ、この男!
「このまままっすぐ行けばいいんだな!」
肩で息をしていて声が出ないかわりに、力強くうなずく。
セリナとアルネスの考えが合っていれば……!
辺りはどんどん暗くなっていく。
そう、振り返れば明るい光があるのに、暗い場所へと戻っていっている。
そうだ……過去は……暗くて……寂しくて……
「あったっ!」
アルネスが指をさしたのは扉。
水晶がついているが天使はいない。だが、デザインは間違いなく同じ両開きの扉。
だから、入り口と同じ扉と錯覚してしまった。
「このまま突っ込むぞ! 俺は右だっ!」
「じゃあ僕は左っ!」
エルンストとアルネスの足並みが走りながらもそろい始め……
「おらぁああっ!」
エルンストの体当たりと、アルネスの飛び蹴りが同時に放たれ、扉は勢い良く開いた。
その先にあったのは――
『なにここ……? 本が飛んでいる……?』
見えたのは図書館の外ではなく、大きな部屋だった。
机が六つ。その上には大量の本が開かれ、誰もいないのに筆ペンだけが器用に筆を走らせている。
ページを埋めるたび、本は高速で次のページへとめくられていく。
やがて筆が止まりパタンと閉じた本は色をつけながら浮かび上がり、光となってとらえきれない速度で本棚に飛んでいく。
壁と机の奥にはやはり本棚。だが、中に入っている本は今まで見てきたものとは違い白いものしかない。
その白い本は、本が飛んでいった机の上に勝手に収まり開く。そして筆ペンが踊りだす。
「こうやって記録しているということ……?」
その光景に圧倒されながらも、アルネスがポツリと言う。
なるほど、これがこの図書館の仕組みか……
「……あの、リオナルド様、降ろしてください」
「あ、あぁ。無理はするなよ」
地に降り立ったセリナは、ゆっくりと部屋の中に入っていく。
ここはオレンジの光が部屋を彩っている。机の上にあるランプの明かりだ。
机が横に一列、綺麗に並んでいる。その一番左右にある机と、壁に沿って置かれている本棚の間に隙間がある。さらに奥に空間がありそうだ。
左の机からはセリナが、右の机からはアルネスが奥をのぞき込んでみる。
「どうだ? なにが見える?」
「はい……ええと、ベッドが六つ見えます。それから窓と壁、本棚と本はありません」
「向こうは薄暗いね……あ、セリナ様、見てください。奥に水晶があります」
言われてみると、一番奥に大きな水晶があった。
近くから順番に見ていたからそれに気づくのが遅くなった。
「それって扉と同じものか?」
「たぶん……」
リオナルドの質問に曖昧に答えるアルネス。
暗くてよく見えない。だが、同じ圧を感じる。
「じゃあそれに神力を入れりゃいいってことか?」
「わかりませんが……やってみます」
セリナは本棚と机の隙間を、体を横向きにして進んでいく。
全員が通り抜けるのを待って、警戒をしながらゆっくりと奥へと進んだ。
一番奥、腰ほどの棚に置かれた水晶は、今まで見たことのない大きなものだった。
これに……力を入れれば……
「おい、大丈夫か?」
「え?」
エルンストの声にハッとなる。
どうやらボーっとしていたようだ。セリナは思い切り首を横に振り気を引き締める。
「……いきます」
セリナの両手が水晶のひんやりとした感触に触れる。
目を閉じゆっくりと力をためていき、それを操作して水晶へと流し込む。
『ちゃんとしなさいっ! お仕置きしなければわかりませんか!』
「――!?――」
セリナは目を開けて反射的に後ろを振り向く……が、そこには……思った人間はいない。
気のせい……?
「どうした?」
「……いえっ……!」
前を向いて改めて手を水晶につける。だが、手が震えていることに気づいた。違う。息も、体も、心臓も震えている。
「違う……違う……違う……違う……!」
いない、いなかった。いなかったんだから焦るな。冷静に。そう、冷静に対処しろ。
じゃないと……
『いい加減にしてっ!』
「ひっ……!」
水晶から手を離して身を縮こませる。揺れる視界の中探すも、該当の人物はいない。
いない、のに、なんで……っ!?
「どうした? しっかりしろっ!」
エルンストの言葉が右から左へ流れていく。
ダメだ、しっかりしないとダメだ。ダメなのに、しっかりできない。
嫌だ、いやだいやだっ。このままじゃ――
「セリナっ!」
「ごめんなさい! 打たないでっ!」
とっさに頭を守ったセリナにやってきたのは、かつて幼い頃にそばにいた『教育係』の言葉と鞭……ではなかった。
でも声が出ない。息だけがどんどん荒くなる。涙が出そうになる。
涙……涙はダメ……流したらダメって言われてる……!
それに、私は……私は……
……あれ? 私は今何歳だっけ?
今なにをするんだっけ? 今どこにいるんだっけ?
ここは暗い牢獄の中? 嫌だ。そこは痛い、苦しい、こわい、こわいよっ……!
「セリナ……落ち着け。大丈夫だ」
「はっ……はっ……はっ……!」
止まらない息、口から出そうな心臓、震える体。
そんなセリナを支えて温もりを与えてくれているのは……
「リオ……ナルド……様……」
真正面から抱きしめられ、力強さと匂いを感じた時、ようやく誰がそこにいるのかがわかった。
「……ふー。よし、ちょうどここにベッドもある。寝るぞ全員」
「うん……みんな疲れてるしね。見張りは僕がするよ。適当に本持ってきたいし」
「お前なぁ」
「あははっ。役得だよ」
エルンストとアルネスの会話が耳に入っていないセリナを優しく持ち上げたリオナルドは、水晶から一番遠い場所にあるベッドへとセリナを寝かせる。
「ライラ。セリナを頼んだ」
『わかった! ボク、セリナのそばにいるよ!』
セリナの枕元にドカッ! と座ったライラを、セリナは涙をためながら見る。いや、見えていない。焦点が合っていないようだ。
「大丈夫だ……」
リオナルドが優しくセリナの頭を撫でる。何度も、何度も……
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
手を固く握り、身をできるだけ小さくして謝罪の言葉を口にするセリナ。
瞳から涙がこぼれ落ち意識を落とすまで、誰も眠ることはなかった……




