第150話『容姿』
「ひとまず無視していいってことだな?」
「となると、まずやることは……光源の確保からかな。いちいち消えてたら調べ物もままならないし」
『なにをしたらいいの? ボクなんでもやるよっ!』
事情を全員に話しその場で会議。エルンストとリオナルド、ライラが顔を合わせて話す中、セリナはちらりと『セリナ』を見る。
変わらない『聖女』のような笑み、美しく魅せる姿勢……まさに、昔のセリナだ。
それが逆にセリナの心を冷静にさせた。
あの頃の自分ではない。そう思えたからだ。
『セリナ』から目を離す。今はアレコレ考えている仲間が映っている。
……ふふ、と誰にもわからないように笑った。『聖女』のような笑みとは真逆の人間らしい顔で。
もう……大丈夫……
心の中で大きく深呼吸をし、よしっ、と気合を入れたあと、会議に参加するため口に手を当て考え始めた。
「そうですね……神力が光源になっているのなら、全員が実を食べて力を持つというのはどうでしょう?」
「ダメですよ、セリナ様」
セリナの提案を止めたのはアルネスだった。
「その力は過ぎた力だと説明したはずです。今セリナ様がうまくいっているのは、力の操作に長けているから。本来なら実を一口食べた、それだけで体が壊れてもおかしくないんです」
「………………」
全員がアルネスに注目する。
なぜならアルネスがポニーテールだけを出して、それ以外は本棚の裏にしゃがみこんで隠れているから。
「なにしてんの? お前」
「ちゃんとやることはやるから、放っておいてよ……」
「できるかっ! こっちへ来いっ!」
エルンストがドスドスと足音を立ててアルネスのほうへ行こうとすると、一瞬のうちにポニーテールが消えた。
「なんなんだよっ!」
「見てほしくないの! こっちを!」
「はぁっ!?」
………………あ。
「エルンスト様。私たち今、魔力を全く使えませんよね?」
「それがどうしたっ!?」
「魔力強化で見た目を変えていたアルネスは、今本来の姿になっているということでは?」
「……はぁ?」
「さすがですセリナ様。その通りです」
先ほどいたところとはまた違う、少し遠めの本棚からアルネスの声が聞こえる。
「えぇ、その程度で?」
「その程度ってなんだよリオさんっ! わかってないよっ! 僕は自分の見た目が嫌いなんだ! だから……だから……!」
「ちょ、あの、落ちつけアルネス」
心の柔らかいところを刺激されたアルネスは止まらない。
「僕は何年もかけてあの姿を見つけだしたんだっ! まず設計図に書くところで数年費やしたんだ! たくさんの女性を見て、資料も読んで、何度も軌道修正して、色々魔力研究もした! そこで見つけたんだ! 理想のプロポーションをさ! それがあの姿だったんだよ! まずムチムチしているけど、スラッとしているともとれるくらいの足の太さに、胸下から腰のライン! お腹だって筋肉がちょっと感じられつつも触るとぷにっとする感じ! そこはありすぎてもダメだし、なさすぎてもダメなんだ! そこだけじゃない! 胸だってそうだよっ! 僕なりの黄金比だったんだよ! いい!? ここ大事だからちゃんと聞いてよ! 男のロマンだからねっ! 一番重要だよ! 胸が大きいといっても大きすぎてもダメなんだ! この大きさならこれくらい垂れるだろうっていう重力も考えつつ、それでも綺麗に見えるくらいで、なおかつ男なら顔を埋めたくなるような大きさ! 触ったら柔らかいだろうな! そう思わせるくらいがちょうどいいんだ! 本当は身長も変えたかった! だけど魔力の消費が大きすぎて一日維持するのが無理だからそこだけ妥協した! 妥協したんだよ……! わかる!? 涙を呑んで妥協したんだ! やるなら女性平均身長にしておきたかったんだ! だから他は絶対に妥協したくない! 太ももだってそう! 三角ラインが大事なんだ! 太ももがくっつきそうでくっつかない! でも細すぎてもバランスが悪いし、触りたいなってならないでしょ!? そこの比率が難しいんだ! 指でつついたらちょっとへこむかも、なんて想像ができるくらいがいいんだよ! わかる!? こんなに考えて考えたんだ! でも今だってこれが完璧だなんて思ってないし、いくらでも見直したら直したくなるんだ! でき上がった時はこれが完璧だって思っても、色々な女性を見ていくうちにこれで合っていたっけ? って迷走しちゃうんだよ! そしたらもう離れられない! 沼なんだよ沼! それに――」
――長いっ!
小人族は長々とおしゃべりするのがデフォルトで搭載でもされているのか?
要するに、自分の好みの女性に見た目を変えていたと。
「あああっ! うるせぇっ! 男は見た目じゃねぇ! 心と筋肉だろうがっ!」
「エルさん嫌いだぁーっ!」
……頭痛い……
思わずセリナとリオナルドがお互いの顔を見合わせた。同じような顔をしていて、なんだか笑えてきたがそれどころではない。ただでさえ光源問題で時間がないのに、この駄々っ子をなんとかしなければなんて……あ、そうだ。
そこでふとセリナの脳裏にある物が浮かび、時空の倉からそれを取り出す。
そして、アルネスがいるであろう方向へ見せる。
「これ……『西国』で私が買った顔を隠すヴェールなのですが、使ってみませんか? ちゃんと洗ってありますし――」
言い終わる前になにかがセリナの前を通り過ぎ、持っていたヴェールが消えている。
「セリナ様……さすがです……ありがとうございます……少しお借りします……!」
鼻をすすりながらアルネスが言う。
そして……そっと、アルネスが顔を隠したままで出てきた。
見慣れていたアルネスと比べると……大きい。エルンストとは違う、トレーニングというよりも、実践でつけたであろう筋肉が全身についており、高い身長と相まって圧を感じる。
天使の服が先ほどのアルネスに合わせたものだからか、パツパツに伸びて窮屈そうだ。
顔はヴェールに覆われていてあまりわからないが、それほど形は変わっていない、目の形が美女から美青年になっただけのように見える。
美青年の顔にごつい筋肉……確かにアンバランスだが、そんな人間、もとい、種族はいくらでもいるのだから気にする必要はない……
なんて、昔体型を強制されて作っていた人間が考えることじゃないか、と心の中で苦笑した。
「ほう……いい筋肉してるじゃねぇか。軍に興味はねぇか?」
「ない」
エルンストの勧誘をきっぱりと断るアルネス。まぁ、そうでしょうね。
「……さて。ちゃんと話に参加してくださいね、アルネス。光源問題から始めましょうか」
「はい……」
一度鼻を大きくすすり、アルネスは下を向きながらポツリと話しだす。
「思うんですけど、ここに来たことがあるのって僕たちが初めてではないですよね? じゃないと、世界図書館があるなんて文献があるはずがない。ならば、命を削って神力を使わなくても光源を確保できるものが、ここにあるはずなんです」
アルネスの言葉にエルンストが一歩引いた表情で聞き……パァッと顔を明るくさせる。
「……お、おお。お前、やっぱりすげぇな。軍に来いよ」
「やだ」
「では、そのアイテムを探しましょうか」
「そうだな。光源はしばらくセリナに任せて、全員で動こう。無茶はしないでくれよ、セリナ」
「はい」
『ボクはなにをしたらいい!? 頑張るよ!』
「ライラはセリナのそばにいるのが仕事だ。頼むよ」
『わかったよ、リオナルド!』
エルンストとアルネスのやりとりを横で見つつ、リオナルドと方針を決める。
やることは決まった。光源を確保し、本を探し出す。
……ふぅ、と深呼吸を一つ。
気を引き締めねば。ここではなにが起こるかわからない。
辺りをしっかりと観察する。
前に伸びていく空間。横にある壁には本棚が並んでいる。本棚の間には柱とアーチ窓。美しい彫刻が入ったデザインで荘厳さを感じる。
本棚と本棚の間。部屋の中央、セリナたちが立っている床には、服と同じ素材で出来ているであろうカーペット。その上に、机とイスが等間隔で置かれている。
後ろには入ってきた扉。
全て白と淡い黄色を基調としている。本棚の背表紙だけが色とりどりだ。
先はずっと続いているようで、終わりが見えない。
この先に……なにがあるのか……
「行きましょう」
机とイスを避けるため、やや中央より右側を歩く。
目に入れないようにと思っていたが……すれ違いざま、見てしまった。
「………………っ!」
『ふふっ』
机の上に座り楽しそうに笑みを浮かべて、セリナを目で追う『アルネス』。美しい肢体をこれ見よがしに組んでいる。
そう。それはセリナの知る『アルネス』なのだ。
見た目だけではない。感じ取れる魔力量も、クセも。
ただ、アルネスはあのような意地の悪い笑みを浮かべたり、人間を試すようなことをしない。
「セリナ? どうした?」
「……いいえ。大丈夫です」
少し足並みが遅くなったセリナをリオナルドが心配する。
この場所を調べたら……過去を把握したら、この胸の中にでてくるざわつきの正体がわかるのだろうか?
――いや。全てを解き明かして見せる。
セリナはキッと前を向き、しっかりとした足取りで音のしない床を踏み続けた。




