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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第五章『世界図書館』編
149/151

第149話『管理人』

 ありえない。ノエルは死んだ。セリナの目の前で死んだ。

 しっかりと死んでいるのを確認した。墓参りもした。

 だが……脳内で流れてくる情報が告げている。本物だと。


「なんで……どうして……!?」

『セリナ?』


 ライラがセリナの肩の上でキョトンとしているが、尋常じゃない様子に離れた。

 手が震え、汗がしたたり落ちる。世界が回っているような感覚に陥る。


『ようこそ。ここは世界図書館。貴女は……』

「やめて! 貴女何者なの!? そのふざけた格好をやめてっ!」


 戦闘態勢を取るセリナに対して、仲間全員が戸惑っている。

 唯一リオナルドだけはノエルの存在を知っている。なのになぜ驚かない?

 声まで同じなのにっ! なにもかも! ノエルが! ここにいると言っている! なのに!


「セリナ、落ち着け……!」

「なにを言っているんですか!? リオナルド様はなぜなにも言わないのですか!?」

「それはっ――」


 リオナルドの言い訳が来る前に――


『あっ! また……っ!』


 景色が暗闇に戻り、ライラが一瞬震える。先ほどの欠片を気にしてエルンストが警戒態勢を取るが、来ることはなさそうだった。

 リオナルドはセリナの肩を両手で押さえている。


「少し深呼吸しろ。落ち着けセリナ」

「落ち着けるわけないでしょう!? こんな……ふざけたこと……!」


 セリナは実を今度は多めにかじる。そしてさっきよりも多い神力を作り出し、頭上で輝かせる。

 再び顔を出す世界図書館。そして少し離れたところに……やはりノエルの姿。


 どいつもこいつも馬鹿にして……っ!


 再び実を食べて、ノエルの偽物らしきものを攻撃してやろうとした時、腕をしっかりとつかまれる。リオナルドだ。

 無理やりリオナルドのほうを向かせられたので、力任せに腕を抜こうとした。しかし悔しいが、セリナではリオナルドには勝てない。


「私の話を聞いてくれっ! セリナにはなにか見えているのか? 私には見えていない!」

「えっ、なにを言ってっ……は……? 見えていない……?」


『目』が優秀なリオナルドが見えていない……?

 あんなにはっきりとあの場所に立っているのに?

 とっさに足元を見る。影がある。幽霊などの類ではない。この世に存在している証拠だ。

 少なくとも、影を残さない存在なんて精霊しか知らない。

 だが『ノエル』が出しているのは魔力だ。魔力の波も同じもの。


「そうだ。見えていない。少なくとも私には、セリナが向いているほうには誰もいない」

「俺も見えねぇぞ」

『ごめんセリナ……』


 リオナルドに続き、エルンストもライラも同意する。

 でも、だが、そこには、今、ノエルが……!


「落ち着け。らしくねぇぞ」


 エルンストの冷静な声が聞こえ、リオナルドのまっすぐな銀の瞳を見つめる。

 そこでようやく、セリナは不規則な荒い息をしていることに気づいた。


「………………っ!」


 口を結び、視線を落として息を少しずつ整える。

『死線では冷静になれないものが死ぬ』。かつての『教育係』の言葉が思い出される。

 思い出せ。あの命が覚めていく感覚を。冷たい心を……


 大きな深呼吸を一つ。

 さっきよりも息が整っている。心臓の音も確認できるくらいになった。


 ………………よし。


「……取り乱して、すみません。そこに、死んだ知り合いが見えます……ノエルという名前の少女です」

「なっ……!」


 リオナルドがそこで初めて驚き、セリナの見ていた方角を見るが、やはり見えないようで首を横に振り、冷静に辺りを見回す。

 そうだ……そうだ、冷静に、冷静に。

 影や魔力、見た目だけで判断するな。この大陸では何が起こるかわからない。実際に神力などというものがあったではないか。


「それは……本物なのか?」

「……わかりません」

「ありえない……っ。あの子はもう……この世にいない」


 エルンストに対して曖昧なことしか言えないセリナに対して、リオナルドがはっきりと断言する。

 それを聞いたエルンストは、改めて見えないはずの方角へ戦闘態勢を取る。


「なにを言ってるんだ?」

「………………ちゃんと聞きます」


 リオナルドの手を離れて、努めて冷静にいつもの『聖女』のような姿勢でにこりと笑う。


「失礼しました。貴女は何者ですか?」

『わたしはかんりにん。やってくるきおくたちをここに置いている』


 言葉のつたなさも、高い声も、あまり抑揚のない口調もノエルそのまま。怒りが支配しそうになるのをぐっとこらえて、セリナは言葉を続ける。


「その姿は? 私には知り合いに見えます。死んだはずの」

『それは貴女が過去のしょうちょうを、わたしにとうえいしているだけ』


 スカートのすそを持って『ノエル』はペコリと礼をする。


『わたしは過去のかがみ。過去を思えば姿を変えるかんりにん』

「過去……?」


 ジジッ……と『ノエル』の周りが一瞬歪んだ気がして、セリナが一瞬目を閉じる。そして開けると……


「――!?――」

『貴女が見ているものが歪んでいるのなら、それも貴女の過去、それだけ』


 ふわりとピンクのグラデーションかかった髪が揺れる。

 甘く優しく蠱惑(こわく)的な声。その瞳も笑顔も何もかもが美しく、人を魅了する……


「り、あな……」

「なんだってっ!?」


 エルンストの怒鳴りと見えた人物に思わず一歩下がると、とんっ、とリオナルドにぶつかった。

 そして両肩に手を置く。震えているセリナを優しく包み込んでいるように。


「セリナ……」


 ………………っ。


「……ありがとうございます……大丈夫ですっ……目の前の人物が変わりました。私の過去を象徴する人物に変わるようです。それが今は……」

「あの『本物の聖女』様に見えちまってるってことか」


 ちっ、と舌打ちをしているエルンストに、思わずびくっ! と体をこわばらせてしまう。


 落ち着け。落ち着け。リアナじゃない。大丈夫。私はリアナから離れたんだ。私はリアナの命令をもう聞かなくていいんだ。でもリアナがなにか私に『お願い』があるのなら私は聞かなければ。なにを聞けばいい? なんと言えばいい? どうしたら『愛してる』と言ってくれるの?


 私は――


『セリナっ!』

「ぶっ!」


 ライラがいつものように飛びついてくる。

 あまりに焦っていたのか、セリナの顔にぶつかるようにやってきたので、思った以上に鼻を傷めた。

 だが、ライラは気にせずそこから離れようとしないどころか、手足でしっかりとセリナの頭を掴む。


『見ちゃダメ! セリナはおかしくなってる! そんなもの見ないでっ! ボクがやっつけるからっ!』


 三本のしっぽがブンブンと動き、たまにセリナの体に当たる。


『あれっ!? 力が出ない! なんで!?』


 しっぽを大きくして攻撃しようとしたのか、とそこで納得する。

 だが、先ほどから魔力が全く使えない。ライラだけではない、おそらく全員だ。


「ライラ落ち着けっ。今のところ相手が来る様子はない。落ち着けっ」

『そんなのわからないじゃないか! セリナはボクが守るんだ! リオナルドは黙っててよっ!』


 ぶんぶんとしっぽの風圧がセリナの心を落ち着かせてくれる。

 音に合わせて深呼吸してみた。一つ……二つ……


 目をこうして閉じていると、暗い空間の中にリアナが無邪気に笑っているように思えた。

『お姉様は私の味方ですものね』。そう言いたげに。


 でもそうだ……私はもう……


「相手はこの世界図書館の管理人を名乗っています。確かに危害を与える様子はありません」

『でもセリナつらそうっ!』

「……大丈夫です。ありがとうライラ」


 ライラを顔からゆっくりと剥がし、しっかり抱きかかえて目を開く……と、そこには再び『ノエル』がいた。


 ふぅ、と息をつく。そしてセリナは言葉を口にする。

 背を向けて、ゆったりと歩き続ける『ノエル』に対して。


「私たちは過去について調べに来ました。拝見してもよろしいですか?」

『好きにしたらいいよ』

「ありがとうございます……調べて良いそうです」

「調べて良いって……」


 エルンストがちらりと辺りを見る。

 本棚と本の山。これを全て調べるのなら人生が何度あっても足りない。

 しかも神力の光が照らしている間という制限つきだ。


「管理人なのでしたら、どこになにがあるのかわかりますよね? 教えていただけますか」


『ノエル』の足が止まる。そしてセリナをしっかり見て、無表情のまま『ノエル』ははっきりと言う。


『やだ』

「………………は?」


 ……今なんて……?

 呆然とするセリナをよそに『ノエル』は再び歩き出した。そして両手を広げる。


『必要性を感じない。それに門番の天使がみとめたからって、私はまだみとめてない。だから力をかさない。あとめんどくさい』


 ……絶対最後のが本音だろう、と少しイラッとしつつも、セリナは冷静にと深呼吸する。

『ノエル』はたくさんある机一つに『よいしょ』と言いながら乗り、セリナに対峙する形で座る。


 そして――


「――!?――」


『ノエル』ではなくなり、完璧に計算され作られた体を、美しく魅せるために動かす。

 そのやりかたはかつて、セリナが『教育係』に散々叩き込まれたものだ。


『ここは世界図書館。過去の墓場。暴くには覚悟が必要。人間の小娘ができるかどうか……少しの間見てやろう』


 そう言って手を伸ばしてくる『セリナ』は、まるで『聖女』のような笑顔をしていた。

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