第149話『管理人』
ありえない。ノエルは死んだ。セリナの目の前で死んだ。
しっかりと死んでいるのを確認した。墓参りもした。
だが……脳内で流れてくる情報が告げている。本物だと。
「なんで……どうして……!?」
『セリナ?』
ライラがセリナの肩の上でキョトンとしているが、尋常じゃない様子に離れた。
手が震え、汗がしたたり落ちる。世界が回っているような感覚に陥る。
『ようこそ。ここは世界図書館。貴女は……』
「やめて! 貴女何者なの!? そのふざけた格好をやめてっ!」
戦闘態勢を取るセリナに対して、仲間全員が戸惑っている。
唯一リオナルドだけはノエルの存在を知っている。なのになぜ驚かない?
声まで同じなのにっ! なにもかも! ノエルが! ここにいると言っている! なのに!
「セリナ、落ち着け……!」
「なにを言っているんですか!? リオナルド様はなぜなにも言わないのですか!?」
「それはっ――」
リオナルドの言い訳が来る前に――
『あっ! また……っ!』
景色が暗闇に戻り、ライラが一瞬震える。先ほどの欠片を気にしてエルンストが警戒態勢を取るが、来ることはなさそうだった。
リオナルドはセリナの肩を両手で押さえている。
「少し深呼吸しろ。落ち着けセリナ」
「落ち着けるわけないでしょう!? こんな……ふざけたこと……!」
セリナは実を今度は多めにかじる。そしてさっきよりも多い神力を作り出し、頭上で輝かせる。
再び顔を出す世界図書館。そして少し離れたところに……やはりノエルの姿。
どいつもこいつも馬鹿にして……っ!
再び実を食べて、ノエルの偽物らしきものを攻撃してやろうとした時、腕をしっかりとつかまれる。リオナルドだ。
無理やりリオナルドのほうを向かせられたので、力任せに腕を抜こうとした。しかし悔しいが、セリナではリオナルドには勝てない。
「私の話を聞いてくれっ! セリナにはなにか見えているのか? 私には見えていない!」
「えっ、なにを言ってっ……は……? 見えていない……?」
『目』が優秀なリオナルドが見えていない……?
あんなにはっきりとあの場所に立っているのに?
とっさに足元を見る。影がある。幽霊などの類ではない。この世に存在している証拠だ。
少なくとも、影を残さない存在なんて精霊しか知らない。
だが『ノエル』が出しているのは魔力だ。魔力の波も同じもの。
「そうだ。見えていない。少なくとも私には、セリナが向いているほうには誰もいない」
「俺も見えねぇぞ」
『ごめんセリナ……』
リオナルドに続き、エルンストもライラも同意する。
でも、だが、そこには、今、ノエルが……!
「落ち着け。らしくねぇぞ」
エルンストの冷静な声が聞こえ、リオナルドのまっすぐな銀の瞳を見つめる。
そこでようやく、セリナは不規則な荒い息をしていることに気づいた。
「………………っ!」
口を結び、視線を落として息を少しずつ整える。
『死線では冷静になれないものが死ぬ』。かつての『教育係』の言葉が思い出される。
思い出せ。あの命が覚めていく感覚を。冷たい心を……
大きな深呼吸を一つ。
さっきよりも息が整っている。心臓の音も確認できるくらいになった。
………………よし。
「……取り乱して、すみません。そこに、死んだ知り合いが見えます……ノエルという名前の少女です」
「なっ……!」
リオナルドがそこで初めて驚き、セリナの見ていた方角を見るが、やはり見えないようで首を横に振り、冷静に辺りを見回す。
そうだ……そうだ、冷静に、冷静に。
影や魔力、見た目だけで判断するな。この大陸では何が起こるかわからない。実際に神力などというものがあったではないか。
「それは……本物なのか?」
「……わかりません」
「ありえない……っ。あの子はもう……この世にいない」
エルンストに対して曖昧なことしか言えないセリナに対して、リオナルドがはっきりと断言する。
それを聞いたエルンストは、改めて見えないはずの方角へ戦闘態勢を取る。
「なにを言ってるんだ?」
「………………ちゃんと聞きます」
リオナルドの手を離れて、努めて冷静にいつもの『聖女』のような姿勢でにこりと笑う。
「失礼しました。貴女は何者ですか?」
『わたしはかんりにん。やってくるきおくたちをここに置いている』
言葉のつたなさも、高い声も、あまり抑揚のない口調もノエルそのまま。怒りが支配しそうになるのをぐっとこらえて、セリナは言葉を続ける。
「その姿は? 私には知り合いに見えます。死んだはずの」
『それは貴女が過去のしょうちょうを、わたしにとうえいしているだけ』
スカートのすそを持って『ノエル』はペコリと礼をする。
『わたしは過去のかがみ。過去を思えば姿を変えるかんりにん』
「過去……?」
ジジッ……と『ノエル』の周りが一瞬歪んだ気がして、セリナが一瞬目を閉じる。そして開けると……
「――!?――」
『貴女が見ているものが歪んでいるのなら、それも貴女の過去、それだけ』
ふわりとピンクのグラデーションかかった髪が揺れる。
甘く優しく蠱惑的な声。その瞳も笑顔も何もかもが美しく、人を魅了する……
「り、あな……」
「なんだってっ!?」
エルンストの怒鳴りと見えた人物に思わず一歩下がると、とんっ、とリオナルドにぶつかった。
そして両肩に手を置く。震えているセリナを優しく包み込んでいるように。
「セリナ……」
………………っ。
「……ありがとうございます……大丈夫ですっ……目の前の人物が変わりました。私の過去を象徴する人物に変わるようです。それが今は……」
「あの『本物の聖女』様に見えちまってるってことか」
ちっ、と舌打ちをしているエルンストに、思わずびくっ! と体をこわばらせてしまう。
落ち着け。落ち着け。リアナじゃない。大丈夫。私はリアナから離れたんだ。私はリアナの命令をもう聞かなくていいんだ。でもリアナがなにか私に『お願い』があるのなら私は聞かなければ。なにを聞けばいい? なんと言えばいい? どうしたら『愛してる』と言ってくれるの?
私は――
『セリナっ!』
「ぶっ!」
ライラがいつものように飛びついてくる。
あまりに焦っていたのか、セリナの顔にぶつかるようにやってきたので、思った以上に鼻を傷めた。
だが、ライラは気にせずそこから離れようとしないどころか、手足でしっかりとセリナの頭を掴む。
『見ちゃダメ! セリナはおかしくなってる! そんなもの見ないでっ! ボクがやっつけるからっ!』
三本のしっぽがブンブンと動き、たまにセリナの体に当たる。
『あれっ!? 力が出ない! なんで!?』
しっぽを大きくして攻撃しようとしたのか、とそこで納得する。
だが、先ほどから魔力が全く使えない。ライラだけではない、おそらく全員だ。
「ライラ落ち着けっ。今のところ相手が来る様子はない。落ち着けっ」
『そんなのわからないじゃないか! セリナはボクが守るんだ! リオナルドは黙っててよっ!』
ぶんぶんとしっぽの風圧がセリナの心を落ち着かせてくれる。
音に合わせて深呼吸してみた。一つ……二つ……
目をこうして閉じていると、暗い空間の中にリアナが無邪気に笑っているように思えた。
『お姉様は私の味方ですものね』。そう言いたげに。
でもそうだ……私はもう……
「相手はこの世界図書館の管理人を名乗っています。確かに危害を与える様子はありません」
『でもセリナつらそうっ!』
「……大丈夫です。ありがとうライラ」
ライラを顔からゆっくりと剥がし、しっかり抱きかかえて目を開く……と、そこには再び『ノエル』がいた。
ふぅ、と息をつく。そしてセリナは言葉を口にする。
背を向けて、ゆったりと歩き続ける『ノエル』に対して。
「私たちは過去について調べに来ました。拝見してもよろしいですか?」
『好きにしたらいいよ』
「ありがとうございます……調べて良いそうです」
「調べて良いって……」
エルンストがちらりと辺りを見る。
本棚と本の山。これを全て調べるのなら人生が何度あっても足りない。
しかも神力の光が照らしている間という制限つきだ。
「管理人なのでしたら、どこになにがあるのかわかりますよね? 教えていただけますか」
『ノエル』の足が止まる。そしてセリナをしっかり見て、無表情のまま『ノエル』ははっきりと言う。
『やだ』
「………………は?」
……今なんて……?
呆然とするセリナをよそに『ノエル』は再び歩き出した。そして両手を広げる。
『必要性を感じない。それに門番の天使がみとめたからって、私はまだみとめてない。だから力をかさない。あとめんどくさい』
……絶対最後のが本音だろう、と少しイラッとしつつも、セリナは冷静にと深呼吸する。
『ノエル』はたくさんある机一つに『よいしょ』と言いながら乗り、セリナに対峙する形で座る。
そして――
「――!?――」
『ノエル』ではなくなり、完璧に計算され作られた体を、美しく魅せるために動かす。
そのやりかたはかつて、セリナが『教育係』に散々叩き込まれたものだ。
『ここは世界図書館。過去の墓場。暴くには覚悟が必要。人間の小娘ができるかどうか……少しの間見てやろう』
そう言って手を伸ばしてくる『セリナ』は、まるで『聖女』のような笑顔をしていた。




