第148話『図書館内部へ』
『いやー……まさか力を使えるようになって帰ってくるなんて思わないでしょ……』
『なにしてきたの? 君ら』
地上に戻り、しっかり実をいくつか浄化して頂戴した後、ボロボロになったセリナたちを見て『世界図書館』の門番、天使たちが引いていた。
「キャラがぶれてんぞ」
『ブレないほうがおかしいわ! こんなこと初めてだよっ!』
鎧エルンストに叫ぶ天使。異様な光景にセリナはふふ、と笑った。
天使は、はぁ、と大きなため息をついたあと、セリナを見た。
『……まぁ良い。その力を使わないと開かないこの扉、権利を得た人間たちよ。入るがいい』
『だが待て。そのみすぼらしい格好は、この神聖な場所には似合わない』
次の瞬間――セリナたちは光に包まれ思わず目を閉じた。
この力は覚えがある……そう、先ほど使っていた新たな力だ。
『これで良いでしょう』
光が収まり、目を開ける。
違和感を覚えて自身の体を見た。それから全員を見回し納得した。
全員の服が変わっているのだ。新たな力を内包した白と淡い黄色を基調とした服に。
全員合わせたことがあるかのようにぴったりで、似合っている。ライラもだ。かわいい。
セリナの目は、瘴気が濃ければ濃いほど暗いモヤが出ているように見える。
魔力も瘴気も等しく漂うこの大陸で、実は地味に苦戦していたのだ。
この服のおかげで、少なくとも仲間は見えやすくなったのでありがたい。
……いやっ! それよりも!
セリナは慌てて自身の胸元を見る。そこにはギンバイカがちゃんと風に揺れていてホッと一息するも、すぐに天使に向かって少し声を荒げた。
「今まで着ていた服はどこに!?」
『あのボロボロの布なら向こうに』
天使が目線で示した先。大きな木の下に乱雑に全員の服が置かれていた。
「………………」
あれは……『東国』でリオナルドが選んだ冒険者用の服。
ちゃんと綺麗に直しておこうと思っていたのに……
『ちょ! なにすっ! ぎゃあああっ!』
「この力が必要ならたくさん渡してあげようと思いまして」
『聖女』のような笑みを浮かべたセリナの片方の手は天使の顔をわしづかみにし、もう片方はかじり跡がついた淡く光る実が握られていた。
この実は食べることで一時的にこの力を使えることが、ここに来るまでに分かった。
あとは自身の命を削らない程度に操作する。魔力操作には自信があるセリナだ。これくらい、なんてことはない。
しかし、精霊の力もこの水晶には試したはずだ。そのときは光の線しか出なかった。
あのときのセリナではあれが限界だった。もしくは、あくまで精霊に借りている力だったからか。
どちらにせよ、開いたのだから問題はない、か。
「じゃあ、この鎧はもう脱いでもいいってこったな! よっしゃ! ありがとな天使たちっ!」
むくれながら全員分の服の回収を始めたセリナとは裏腹に、鎧エルンストが嬉しそうに鎧を脱ぎ、似たような服を着たエルンストが現れた。もちろん鎧もセリナが回収した。
「さて。じゃあここからが本番だ」
リオナルドが深呼吸をして見上げる。
『世界図書館』――今ならわかる。新たな力で作られているこの建物の中にはなにがあるのか。
「行きましょうか」
セリナが天使たちの持つ水晶に力を込めると、淡く光りだした。
『魔力も瘴気もなかった時代の力。これを『神力』と呼ぶ』
『力を得た『聖女』よ。権利は得た。行くがいい。さらなる先へ』
天使の言葉が耳にこだまするように入ってくる中、その扉は少しずつ開いていく。
先は見えない。真っ暗な空間だ。
それでも……セリナは一歩踏み出す。ざわめく森の音を聞きながら。
『得るものは希望か絶望か』
『意味を決めるのは本人のみ』
天使の言葉が後ろに聞こえるくらい全員が中に入ると、扉は再びゆっくり閉まった。
天使の服が淡く光るが、足元までが見える程度。警戒しながら全員歩き進めていく。
少し冷たい空気に、独特の匂い……この匂いをセリナは知っている。たくさんの本の匂いだ。
だが靴音が鳴ることがなく、踏み抜いた感触も普通の床とは違うなにか踏んでいるような感触だ。これは……布……?
服の布ずれの音だけが聞こえるが、ここに全員がいるとは限らない……そう思った時、セリナの全身を寒気が襲った。
大丈夫だ。気配をちゃんととらえている。
だから……多分大丈夫……
「ね、ねぇ。みんなで手を繋がない?」
アルネスの声だ。前から聞こえる。
アルネスが足を止めたようで、セリナの前を行くリオナルドにぶつかる前に止まる。
「なんだ? 怖くなったのか?」
「……うん、そうだよ。お願いだよエルさん。全員で繋ごうよ」
「んだよ。煽りがいのない奴だな」
くくっ、とエルンストの笑い声が聞こえたかと思うと、なにかがセリナの前に差し出された。
ふふ、と笑いセリナはそれを掴む。予想通りリオナルドの手だ。
エルンスト、アルネス、リオナルド、セリナの順番で手を繋ぎ歩く。まるで小さな子供のようだ。
肩に乗るライラに頬ずりし、リオナルドの手の温かさに……少しだけむず痒さを感じながら再び歩く。
足取りは先ほどよりもゆっくり。それは恐怖心からではない。
「どこまで続くんだろうね、この道は?」
「さぁな。体力が続くまでかもしれないぜ?」
「怖いこと言わないでよ、エルさぁん……」
アルネスとエルンストの会話を聞き、ふとセリナは思う。
確信を得るため、リオナルドの手を頼りに少し目を閉じ……
「ちょっと止まってくださいっ!」
いきなりなセリナの言葉に全員が止まる気配がする。
この程度では誰もぶつかることはないようだ。
「どうしたセリナ?」
リオナルドの言葉にセリナは口に手を当てもう一度考え……そして思ったことを口にする。
「大量の本がある匂いがしています」
「おう。それがどうした?」
「先ほどから、本の匂いの位置が変わりません」
「は?」
間抜けな声をするエルンストとは対照的に、ライラがくんくんと辺りを嗅ぎ始め……かくんと首を横にかしげる。
「正確には、本の気配と匂いの位置が変わっていないんです」
「お前……本の嗅ぎ分けとかできるのかよ?」
「牢獄で本の山に囲まれて生活していたので、どの本がどこにあるくらいはわかりますよ。エルンスト様はこの程度のこともできないのですか? さすが脳筋ですね」
「できてたまるかっ! お前もう『聖女』をやめて軍犬になったほうがいいぞ」
「なりませんし、セリナですっ!」
「景色が変わっていない……?」
セリナとエルンストのやりとりを横に、リオナルドが辺りを見回している。
足は確実に動いているのに背景は変わらない。それを隠すためのこの暗闇だとしたら……
「延々とその場で足踏みしてたってことか?」
「そうなりますね」
「えぇ……? 僕、それを怖がってたの?」
手を繋ぐ前に、リオナルドにぶつかりそうにもならなかったこと。
セリナの言葉で誰もぶつからなかったこと。
これは全員の能力の高さではないとしたら……?
好奇心旺盛なアルネスが、この得体のしれないものに怖がっていたとしたら?
「神力を使います。少し下がってください」
セリナは懐から取り出した実をかじり……内に感じた力――神力を凝縮させ、両手のひらの上に出現させる。
全員の顔と位置が見えるまでの明るさの力を出すことに成功した……なのに、景色は不気味な暗黒。
「……当たりかもしれねぇな」
エルンストの言葉で全員が戦闘態勢を取る。
背中を向け合い、どの角度からなにがやってきても良いように陣形を組む。
「……いきますっ!」
セリナがそう言うと同時に、神力の小さな球を真上に投げる。
それはだんだん闇に飲み込まれるように小さくなっていき……セリナが力を解き放つと、辺りが一瞬にして光り、なにもない空間を瞳に映してきた。入ってきたはずのドアすらない。
足元には全員が収まるくらいの、長方形の布があるだけ。
『どういうこと、これ……?』
ライラがセリナの肩でさっきとは逆のほうに首をかしげる。
その瞬間だった――
「フロストっ! 来いっ!」
エルンストの声が響く。それと同時にセリナとアルネスが防御魔法を展開する。
……はずだった。
「あれ……?」
初めて感じる手ごたえのなさ。魔力が……出てこない……?
「来るぞっ!」
呆然としているメンバーの中、一人リオナルドが声をあげる。
すると、なにもない空間に蜘蛛の巣のような小さな割れ目が一つ、二つと出来上がり、それが大きくなった時、厚みのあるガラスが割れたような音の奥で背景が顔を出した。
全員が慌てて欠片を避ける。
「くっ!」
エルンストが欠片で腕の皮を軽く切られる。
四方八方から飛んでくるものを完全に避けるのは無理だ。
チリッとセリナの膝あたりが痛んだ。ダメだ避けきれない……っ!
「まかせてっ!」
アルネスの声が聞こえ、全員がそれを合図にアルネスの近くに集まる。
それを見たアルネスが床を蹴り上げて強烈な旋風を巻き起こす。風圧で欠片が流され、セリナたちから離れていく。
それでもやってくる一部はリオナルドが剣で、エルンストがこぶしで落としていた。
――そのときだった。
「え……?」
セリナは現れた背景の、とある場所に釘づけになっていた。
セリナたちの左右に数えきれないくらいの本棚があり、本が敷き詰められるようにしまってある。
古く色あせた物から新品の物まで、背表紙も色とりどりだ。
図書館の名に恥じない本の量。それに圧倒された……わけではない。
『よくここまできたね』
セリナたちの正面にある大きな机と、それに合わせられたようなイス。
その前に……『それ』はいたのだ。ゆっくりとセリナたちのほうを振り返り、無表情でセリナを見つめ返している。
歳は十代だろう。
無表情にも似た顔にある黄色の大きな瞳は、ゆっくりと移ろうように部屋を見回している。
天使の服に似たような白と淡い黄色を基調とした、袖が長すぎて手が隠れるくらいのブカブカの服を着て、そこに立っていた。
特徴的な茶色の肩まである髪を、服と同じ素材の髪留めで止めている。
セリナは無意識に小さく首を何度も横に振る。
そんなはずがないと脳内で叫んでいる。だが、口は肯定するかのように言葉を発した。
「ノエル……?」




