第147話『新たな力』
目を開けたセリナの視界に映ったのは、やはり仲間が心配そうに見てくる光景。
奥にはアルとナツキ、子供たちが見える。
「無茶をしすぎだ……」
リオナルドがホッとしたような、困ったような顔をしているのを、笑うことで返事の代わりにした。
正確には、それくらいしかできなかった。
指の先を少し動かすだけでも激痛が走る。
魔力の使い過ぎは何度も経験したが、こんな感覚は初めてで戸惑う。
そんな中、セリナの目はアルに向いていた。
どれくらい時間が経ったのだろう。アルの涙が、頭から離れない……
だが、あぁ……限界だ……
重くて痛い瞳をそっと閉じた。重力に逆らうのが今はつらい。
『セリナが使った力は我々と同じもの』
『そのひ弱な人間の器で、壊れなかったのが不思議なくらいです』
オルドとオルティナがセリナの真正面に現れる。
宙に浮き、淡く光る二人から力が流れていることを感じた。
この力……知っている。かつて『西国』で感じたあの温もり。
『大地の精霊』の力だ……
「精霊様のお力っ!? なんて無茶を!」
「人間には使えねーのか?」
「うーん、どう説明したらいいかな……」
アルネスがエルンストへの説明に困り首をかしげ、長いポニーテールが揺れた。
「魔力と同じくらいの瘴気も含んだ力ってこと。間違いなく劇薬だよ」
「じゃあ、俺らが使ってる精霊の力は?」
「僕たちでも使えるように、精霊様が変換してくれてるんだよ」
『……よくわからないけど、セリナはたくさん痛い思いをしたってこと?』
「そうだねライラ……だからそのまま抱きしめてあげてね」
『わかったっ!』
ライラの力強い言葉にアルネスが笑い、エルンストはまだよくわかっていないようだ。
その中で、リオナルドの顔が険しくなる。
「本当に無茶をして……っ!」
拳を強く握ったリオナルドには、セリナへの憤りだけじゃない、自身への憤りも含まれているように感じた。
セリナを助けられなかった、リオナルドのふがいなさ……
セリナは重い瞼を開けなんとか声を出そうとしたが、唇が言うことを聞かない。
そんなセリナとリオナルドの気持ちを汲んでか、エルンストがポンとリオナルドの肩を叩いた。
「こいつを怒るのはわかる。けど、相手は気の遠くなる時代を生きてきた神様みてぇなやつだ。しかたねーよ」
「だけど……っ!」
「わかってるよ。俺だって悔しいんだからよ……!」
チラリとエルンストが後ろを見ると、アルがナツキたちとなにかを話しているようだった。
なにを言っているかはわからないが、子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。
そんな視線は、リオナルドの声によって遮られた。
「うまくいったから良かった……なんてことじゃないはず……!」
「そうだな。でも命を懸ける必要はあった。そうだろ?」
自由を求めて旅立つセリナの心の叫びは、アルだけじゃない。全員に届いていた。
だからこその悔しさ、歯がゆさ。
違う……私は……ただ……弱いから……必死だった……
なんてもどかしいのだろう。そんな顔をさせたかったわけじゃない。
ただ、自分の……人間セリナのエゴを貫いただけだ。
セリナを見るリオナルドは、どこまでも真剣でどこまでもまっすぐだ。
全てを見る瞳は、今心配の色だけを映している。
「悲しむ人間がいることを……忘れないでくれ……」
動いたか動かないかくらいで、こくりとセリナはうなずいた。
それで、ようやくリオナルドの顔から少し緊張が解けたように感じた。
「リオさん……」
なんと声をかけて良いかわからずに言葉を詰まらせるアルネスとは対照的に、エルンストはニカッと白い歯をリオナルドに向けて笑った。
「今回は相手が強すぎたっ! なんせこの俺の鎧までなくなったからなっ!」
ドーンッ! と仁王立ちするエルンストは、この中で一番服がボロボロなのにも関わらず、自慢の筋肉を見せることができて嬉しそうだ。
少しの間だけなのに鎧を着ていたから、久しぶりにエルンストの顔を見た気がする。
セリナの口の端が少しだけあがった。
『あぁ、大地の鎧はまた作り直しておいた』
『私たちの大切なゴーレムを模したものですからね。何度でも直しましょう』
「なんでだあああああっ!?」
エルンストが叫びうずくまるその横に、ゴーレムくん、もとい、大地の鎧が召喚されるように現れた。
つまり、またこれを着なきゃいけないということになる。鎧の能力が高いことが証明されたが故に。
アルネスが『あはは』と笑いながら、エルンストに手をひらひらとさせる。
「エルさん、そもそも僕たちは世界図書館に向かおうとしているんだよ? これからが本番だからね」
「そうだった……! なんでこんな序盤でボロボロになってんだよ、俺ら……っ!」
確かに早すぎる……と、同意すると同時に、このあとこれ以上のことがあるのかもしれないと思うと、顔から血の気が引く思いだ。
恐怖を覚えるセリナの目に、アルがこちらを見ているのが映った。
『あの本棚か……扉を開くには、まさにこの力が必要だ』
アルが手のひらを広げ、自身の力を少しだけ披露し、それは四散する。
『え……その力が必要なの?』と、口を開けないセリナの代わりに、アルの言葉は続く。
『その力を内包したのがこの実だ。口にすることで少しの間だけだがこの力を使うことができる……が、今の『聖女』なら力を使いこなすための道具となろう』
その実にそんな力が……もっと浄化して持っていくべきか……?
「へぇ。っちゅーことは、この戦いも意味があったってことだな」
アルネスの通訳を聞いて、エルンストがリオナルドの背中をバシッと叩くと、ようやくリオナルドは控えめだが笑顔を見せた。
「あの実と浄化能力。両方がないと図書館の中に入れなかったのか……殴っても蹴っても無駄な理由がようやくわかったなぁ」
アルネスがかつての自分の行動を思い出しながら言い出す。
「……では……かいふく、したら……」
セリナの口が、小さく開き音を乗せる。全員が小さくうなずいた。
「世界図書館にお邪魔してやろうじゃねーか。これ以上のことが待っているか、もしくはたいしたことないか……楽しみだな」
エルンストが指をポキポキ鳴らす。それを見てセリナは少し笑った。
雰囲気が少しずつ穏やかになっていく。エルンストのおかげだ。
その時リオナルドと目があって、少し微笑むとようやくリオナルドもセリナへ向けて笑みを返した。
彼にしては珍しい、とても不器用で周りを魅了しそうにない笑みだった。
『行くのか』
『はい、色々と失礼しました。そしてありがとうございました』
精霊の力で全快したセリナ一行。セリナはアルに向けて『聖女』のような礼をする。
『精霊に力を貸して、私たちを治してくれたこと。本当に感謝しています』
その言葉に、アルはふっ、と穏やかに笑う。
『生きるとは……なんとも健気で残酷だ。それをしいたのだ。見せてもらうぞ。その生き様を』
『はい』
アルはそっとナツキたちをしっぽで包む。
ナツキたちは嬉しそうにアルを見上げ……セリナたちを見る。
『お前、嫌いだけどアル様と一緒にいさせてくれたから……その……』
『……ありがとう』
子供たちが恨めしそうに、でも、その言葉は晴れやかだ。
ナツキはセリナの顔を見てにこりと初めて笑みを見せてうなずいた。
セリナはもう一度礼をする。それに後ろのリオナルドたちは続いた。
「行きましょうか」
セリナのその言葉で、全員がアルたちに背を向けようとした瞬間――
「おおっ!?」
急にセリナたちを囲むように地面が丸く切り取られ、そのまま勢いよく天井に向かっていく。
そのままなにかに守られるように天井はえぐり取られ、上へ上へと運ばれていく。
「そういえば……こうやって来たんだっけ」
セリナが思わず心のうちを口に出し、苦笑いをしながら上を見上げた。
そして、浄化した実を落とさないようにしっかりと両手で抱えた……
『ここまで試して手を貸すとは……あの先でなにを見るか……ククク、ずいぶんとお気に入りのようだな。なぁ『精霊王』よ……』
『アル様どうしたの? なんか楽しそう』
『いいや、なんでもない』
『ふーん……変なアル様』




