第141話『鍾乳洞』
全員が穴から離れて戦闘体勢を取る。
鎧エルンストが一番前、その後ろにアルネス。
セリナを守るようにリオナルドが付き、セリナの横にはライラが浮かんだ。
声が聞こえるまで存在を誰も感じ取れなかった。気配すら拾えない相手が地下にいる。
「……どちらさまでしょうか?お顔を拝見させていただけたらありがたいのですが」
『その声……人間か?なるほど、納得いった』
地下の存在はセリナの言葉を無視する。
ライラなら怒っているところだろうが、セリナは無視され慣れている。これくらいではくじけない。
「人間です。貴方はどのような存在ですか?」
『この大陸に人間が、しかもこの力を使う者が現れるとは……遠い昔の記憶が蘇る気分だ』
また無視される。
なにか違和感を感じながらも気にせず、もう一度問いかけようとした時、リオナルドがセリナに先に問いかけた。
「セリナ……なにを言っているのかわかるのか?」
「え?」
声がした方角を見据えたままのリオナルドの横で、アルネスがセリナを見てこくん、とうなずいた。
もしかして……言語が違う?
『……初めまして。セリナと申します。お察しの通り私は人間です。貴方はどのような存在ですか?』
言葉を変える。それはドラゴン語だった。
ここにいて伝わっているのは、アルネスとライラだけのようだ。ライラが少しびっくりした顔をしている。
『ほう、言葉が通じるか。ならば良し。招待しよう、我が元へ』
地下からの声がようやくセリナの言葉に応える。
次の瞬間――地鳴りのようなものが起こり地面が揺れた。
「なんだっ!?」
エルンストが氷の盾を出したその時、建物があったと推測していた跡が上下にズレた。
その場にいた全員が、かろうじて立っていられる速度で、そのまま地下へと運ばれていく。
「どういうことだ?」
「声の主の元へ連れていってくれるそうです」
エルンストの疑問に、さっきまでいた地面が遠く離れていくのを仰ぎ見ながら言う。
どんどん陽の光がなくなり暗くなっていくことに心細さを覚えたセリナは照明の魔法を使い、地面に落とす。
どうやら、この地面の周りのものは重力に関係なくここに居られるらしい。
よく見ると、先ほどのセリナとは違う力が地面から出ているように見えた。
精霊の力に似ている……?
「言葉がわかっていたのは……?」
「僕はわかったよ。ドラゴン語だ。セリナ様とライラはわかると思う」
考え込んでいるセリナの横で、リオナルドの質問にはアルネスが答えた。
一人で居すぎたせいで、セリナには最初わからなかったのだ。言語が違えば会話ができなくなるということを。
「じゃあ、地下にはドラゴンがいるのか?」
「わからない。ドラゴン語は色んな種族が使う言語だから。特に古代種はよく使ってるみたい」
人間が『精霊王』に作られる前、ドラゴン語は世界共通語だったと言われるくらい、他の種族で通じる言葉の一つだ。
現代では、どの種族も言語を人語に変えられる体になって生まれる。そう『教育』された。
だが、よくよく思い返してみると、ライラは『風の精霊』の恩恵がある『東国』を出たらドラゴン語でしか話せなくなっていた。
そこまで考えて、セリナは途端に納得した。
人間ごときが頂点に立ったわけでもないのに、周りの種族がそのような機能を持つ必要などないのだ。
あくまで魔法陣内部、つまり、人間の世界だったからそう思えただけ。
ならば、鎧エルンストにアルネスが答えた通り、この先にいるのがドラゴンとは決めつけるには早すぎる。
少なくとも人間ではない。それだけは言える。
「いいじゃねーか。冒険っぽくなってきやがったぜ」
今までは精霊との契約のための旅だった。
その先ではセリナの知らないことがたくさんあり、色んな感情を経てやってきた。
今回だって大元は変わらない。
しかし、鎧エルンストと同じ気持ちになってしまう。
今まで以上に何が起こるかわからない緊張と楽しみで、人知れず心臓が高鳴る。
これが冒険か……
「ワクワクするねっ。この先なにがあるのか」
「そうですね」
「ワクワクも適度にな」
アルネスとセリナに、苦笑しながらリオナルドが苦言を呈す。
その時――景色が変わった。
今までどこを見ても土だけだったのが、まるで鍾乳洞のような景色に変わったのだ。
そこでようやく地面は活動をやめる。体を揺らされながら、セリナは辺りを見回した。
ひんやりと湿った空気が肌を包み込む。
鍾乳洞の壁は灰色を帯び、ところどころ白く光る筋が走っていて、まるで銀色の河が岩の中を流れているかのように見えた。
その中で微かな硫黄の香りが、セリナの鼻をかすめる。
唯一違和感があるのは天井に空いた穴だが、そこからセリナたちが降りてきたのだとわかっていると、景色に馴染んでいるから不思議だ。
「こいつはすげぇな……」
エルンストが感嘆の声を漏らす。
壮大さと神秘さを兼ね備えた光景に、セリナたちは息をのんだ。
魔力と瘴気の溢れるこの大陸で、ここだけは澄んだ空気しかない。
草だらけの地面から鍾乳洞へと足を移動させた。
「向こうから気配がします。行きますか?」
アルネスがセリナに聞いてくる。
アルネスがさす先をジッと見つめ……答える。
「行ってみましょう」
水滴の音、歩く靴の音、鎧エルンストの音、全てが反響して大きく広がる世界。
これは興奮か、戸惑いか。複雑な感情がセリナの中で湧き上がり、景色を見ることをやめられない。
『ねぇねぇ。ここってそんなにすごいの?』
「鍾乳洞って言って、何千年もかけて作られた場所なんだよ。ほら、見て」
ライラの質問に答えたアルネスがとある方向を指さす。
セリナたちが歩いているデコボコ道の斜め前には水たまりがあり、そこに動物かと思われるものの骨があった。
「たぶん絶滅した種族の骨だよ。骨格と指と腕の数が、昔見たとある種族に似てる」
「ほーっ」
先を歩いていた鎧エルンストが、骨の前で止まり天井を見る勢いで見上げる。
十数メートルはあるであろう、かつて存在した種族の形骸化した姿を、今を生きているセリナたちが見上げている。
「不思議な気分になるな……」
リオナルドがポツリこぼし、鎧エルンストの横で同じく見上げている。セリナもその後ろで見上げた。
『ボクもっと見たいっ。先行こうっ』
ライラが興奮しながら先を進んでいく。そこで全員がようやく足を進められた。
「驚きの連続だな。次は何が出るんだ?」
鎧エルンストが楽しそうに言う。
この間にセリナは、アルネスと同じであろう気配をこの先に感じていた。
魔力でも瘴気でもない力のようだ。ならば、当たりか……?
その瞬間――
セリナの背筋に、ぞくりとした違和感が走った。
『侵入者っ!』
『侵入者だっ!』
天から降り注ぐ弓矢の嵐。
セリナが手を上に伸ばした瞬間に、全員がセリナの近くに寄ってきたおかげで、セリナが宙に描いた防御魔法陣に全員が守られた。
防御魔法陣に当たった矢が弾け、衝撃が伝わる。ほんのわずかに、魔法陣が揺らぐ。
弓矢の割に重い――セリナは一瞬だけ眉をひそめた。
地面に落ちた弓矢を見ると、独特の模様があり、鍾乳洞の壁と同じものだ。
「来い!フロスト!」
「エルさん!三時方向っ!」
舞い上がる土煙のせいで視界が遮られる中、鎧エルンストが氷の盾を出しながらアルネスが叫んだ方向へと突撃する。
煙は鎧エルンストの勢いにまかれ、そのまま消えていく。
セリナは防御魔法を解除したあと天井に魔力の糸を刺し、そのまま引っ張られるように飛び上がって状況を確認していた。
相手は二人。
一人は男。耳にかかるくらいの黒髪に黒い瞳。まだ幼さを十分に残している。
一人は女。茶髪の胸まである三つ編みに、青い瞳。こちらのほうが男よりは少し年上に見えるが、それでも大した差はないだろう。
健康的な肌色に、セリナたちと変わらない容姿。だが、瘴気を持っている。魔族、いや、魔物か?
『ここは任せたよっ!』
『うんっ!』
男が走りだし女から離れ、セリナたちを二人で囲むような位置で止まる。
そこで片膝を地面につけ、大きく腰を落としながら弓矢をセリナに向けて構えた。
『消えちゃえっ!』
一つ一つの指の隙間に何本もの弓矢を持ち、重力に負けない速度と強さで射られたものがセリナに迫る。
『セリナに攻撃は許さないっ!』
ライラが咆哮を上げると、衝撃波で弓矢の勢いが減退する。その中で耐えた何本かがセリナの顔を横切り、頬に傷がつき血が一滴落ちる。防ぎきれなかったが浅い。
お構いなしにセリナは、男を拘束するため魔力の糸を解き放つ。
「少し大人しくしてもらおうか」
『なっ!』
リオナルドが男の懐にもう飛び込んでいる。
剣は空を切る。だが、それを狙ってセリナの魔力の糸が相手を拘束した。
そのまま魔力の糸を操り、男を地面に転がす。
『来ないでよっ!』
セリナが地面に降り立ったその背後で、鎧エルンストが走っているところに女が弓矢を大量に射る。
弓矢を受けた鎧エルンストの勢いが止まったのは一瞬だけだった。
「うおおおおっ!」
『やだああああっ!』
追いかける鎧エルンストに逃げる女。
周りにも弓矢が地面に転がっている。全て氷の盾が弾き返した物だろう。
その後ろからもっと早く駆け寄る残像。
「ちょっとごめんね」
アルネスが女の弓矢を持つ腕を取って上にあげ、その腕ごと太くなった足で首を締め上げる。
足の間で、女の顔がだんだん赤紫色に変わっていく。
その時――
重い空気がセリナの体にのしかかり、呼吸が一瞬だけ遅れる。
「避けてっ!」
セリナが叫び、全員の防御魔法を強化したその瞬間。
「誰だっ!?」
響く轟音。鍾乳洞全体が揺れ、どこかで砂の塊が崩れた音がした。
鎧エルンストが盾を構えたまま、新たな気配のほうへ向く。
舞い上がる土煙と砂埃がライラの口に入ったらしく、ペッペッと唾を飛ばしているのを、セリナが急いで魔力の糸で引き寄せる。
「逃げてっ!」
また叫ぶセリナの声に全員がその場から逃げようとするが、間に合わないっ!
とっさに防御魔法陣を魔力の糸で描き、その場に展開させる。
さっきよりも……重いっ!?
衝撃が来る前に分かる。違う。これは――質が違う。
「ぐっ……!」
足を広げ踏ん張るも、衝撃はもろいガラスのように簡単に魔法陣を壊し、セリナたちの横を通り過ぎていく。
音が遅れて耳に届いた。破壊が先に起きている。
後ろで鳴り響く轟音。揺れる世界。天井にぶら下がるつらら石が何本か地面に突き刺さった。
『……不愉快。ウチの子いじめないで』
子供達が地面で必死に息をしているその間に……瘴気を漂わせ立っていた。
腰まであるボサボサな赤い髪をなびかせ、子供達と同じような服、同じような弓。
つらら石ほどの太さがある弓矢を一本構え、顔に傷のある女がセリナたちを睨んでいた。




