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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第五章『世界図書館』編
142/142

第142話『成すとは』

セリナは睨んでくる赤毛の女に、姿勢を正し、いつもの『聖女』のような笑みを浮かべる。


『急に攻撃を仕掛けてきたのはそちらのお二人ですよ。私たちは自分の身を守っただけ』


あえてドラゴン語で話す。

理由は簡単。赤毛の女の言語がドラゴン語だったからだ。


『お前らは侵入者だからだ!』

『そうだそうだ!私たちは悪くないもんっ!』


子供二人はなんとか立ち上がり、赤毛の女の後ろから言い募るが、セリナはそれを意に介さず赤毛の女を見続ける。


『許さないっ!絶対に許さないっ!』

『私たちはお前たちに負けてないもんっ!』


横に飛んだ二人が弓矢を構え始めたのを見て、セリナの後ろにいる全員が戦闘態勢を取った。

それを、片手を上げて止めるセリナ。

だが、双方いつでも攻撃できる状態になった。


『疑問。なぜここへ?』

『どなたかに招待されました。その声の主に会いたくて向かっていたところです』

『理解不能。正体不明の声に従う合理性がない』

『少しの好奇心と、お会いしたいという思えるような存在感に惹かれました』

『不思議。人間はこの大陸に存在しない』

『世界図書館に用がありまして、魔法陣内部から来ました。ここにいるのは天使様のお導きですわ』


矢継ぎ早に出てくる赤毛の女の質問に、ためらいもなく答えるセリナ。

行動に不信感を抱いている相手には、堂々としているほうが効果的だとセリナは学んでいる。嘘もついていない。


少しの沈黙。

空気がぴりついていて、いつまた戦闘になってもおかしくない。

沈黙を破ったのは、つらら石の弓矢の構えを解いた赤毛の女だった。


『決定。ここは古代の聖域。簡単に入れる場所ではない。ついてこい。会わせてやる』


赤毛の女がセリナたちに背を向けて歩き出す。


「どうなったんだ?」

「声の主に会わせてくれるそうです」


ドラゴン語がわからないリオナルドにそう説明する。


子供たちがむくれながらもそれについていき、セリナたちも少し間を空けて続く。

一触即発だからなのもあるが、三人は瘴気を出している。近づくわけにはいかない。


誰もが一言も話さない中、セリナは改めて目の前の三人を見た。

こちらは数の暴力があったから余裕があるように見えたが、子供たちも相当の実力者だ。

男のほうはともかく、女はアルネスが首を絞めていた。なのにもうピンピンしている。

セリナは、先ほどの戦闘で頬についた血を拭いながら、そう思った。


そして、反応できないくらいの攻撃をしてきたこの赤毛の女。

ちらりと見える、エルンストにも負けない筋肉がついた腕や足にも、顔と同じような傷がいくつか見える。

長身長髪なのも、風格を漂わせているように思えた。


沈黙は続く。

先ほどまで響いて聞こえていた足音が遠く感じた。


理由は一つ。進めば進むほど感じる圧のせいだ。


赤毛の女など比にもならない。汗が垂れてくるのに体がひどく寒い。

今まで感じたことのない力に足が重い。


行きたくない。怖い。


歩みを止めなかったのは、ひとえに力の正体を知りたかったから。好奇心が勝っただけだ。

セリナは汗を手の甲で拭いつつも歩く。必死で前を向いて。


やがて――広い空間に出た。

精霊の部屋のような大きくなにもない空間。違いはただ一つ。

台座があったところに『それ』が鎮座していた。


体長は五メートルはあるだろうか?全身白く骨のように見える。

二対の羽のようなもの、骨格、しっぽ。これらを見るにドラゴンに見えるが、セリナの記憶の中にこの生物の情報がない。

そして、やはり一番異質なのは魔力でも瘴気でもない、精霊に似た力。


「アルカイックサーペント……?」


アルネスがひとり言のようにこぼした言葉。やはり聞いた覚えがない。絶滅種か。


『アルさまっ!』

『アル様っ!』


子供たちが『それ』に無邪気に近づく。そして、白いしっぽのあたりにしがみついて頬ずりをしていた。

セリナたちは入り口付近で動けなくなったまま。


『案内ご苦労、ナツキ』


赤毛の女――ナツキは『それ』に向かって頭を深々と下げる。

『うむ』と小さくうなずいた『それ』がセリナたちを見た時、セリナの体が震え背筋が凍った。


『よく来たな、人間』


目に当たる黒い空間が少し白で埋まり、笑っているように見えた。

セリナは震える手を胸に当て、深呼吸を何度もしたあと、ぎこちなくいつもの『聖女』の礼をした。


『お招き、いただき、ありがとうございます……っ』

『かしこまらなくて良い。ここにいるのは時代遅れの老兵。気軽にアルと呼べ』


普段なら『呼べるかっ!』とツッコミをいれるところ。だが、素直に甘えさせてもらうことにした。

顔を上げたセリナは、改めてアルを見上げる。


『時代遅れというのは、アル様が絶滅種であるアルカイックサーペントだからですか?』

『いかにも。仲間がいなくなったのは、一千年前あたりだろうか?まだ記憶に新しいものよ』


アルが子供たちを自分のしっぽに乗せて、まるで滑り台のように遊ばせている。

こちらの気も知らずに、ずいぶんと楽しそうだ。

だがそのおかげか、アルの圧が柔らかくなっていくのを感じた。呼吸が少ししやすい。


『こやつらがここにたどり着いたのは……八百年前だったか。それからは、仲間のことなど忘れるくらいにぎやかで……困ったものだ』

『そう、ですか……』


孤独の苦しさは、アルほどとは言わずともセリナにもわかる。

静かな部屋の中。耳鳴りのような音が聞こえ、怨嗟の声が響き、後悔の声が怒鳴りつけてくる。そんな過去を思い出す。

それと同じことがアルに起こっていないことを、思わず心の中で祈ってしまった。


『私たちは、世界図書館に用がありここに来ました。鍵がかかっており困っていたところです』

『あぁ、あそこか。なるほど。それでその実か』


セリナが持ってきた浄化した実に気づいたようだったので、時空の倉から取り出しアルに見せるように持ちあげると、アルの四本の骨の指がギギギと動き、実を持って行ってしまった。

アルは実を様々な角度からじっくりと見つめた。


『ふむ。見事な浄化具合だ』

『ありがとうございます』

『それで?この力でなにを成す?何をもたらす?』

「――!?――」


和らいでいた圧がセリナたち全員にかかる。こらえきれなかったライラは地面に叩きつけられた。

お手本のような上から降ってくる重力の圧。だが、その力はセリナの魔力では相殺も浄化もできない。


「ぐっ……!」


両膝が地面につき、そのまま崩れ落ちそうになった時。

セリナの頭上に影が出来た。

上を見ると、唯一動けた鎧エルンストが氷の盾でセリナを守っていた。


「俺は話せねぇ……頼むぞ……っ!」

「……はいっ」


腰のカバンに入っている瓶、蒼精の雫を取り出し飲む。

魔力を回復させたセリナは、グイっと顔を上げてアルをしっかりと見た。


『かつて私はっ、この力で人間の滅亡を望んでいましたっ。私を虐げた人間への復讐ですっ。そのためなら、自分ですら犠牲にしても構わないと思っていましたっ』

『………………』

『ですが今は違いますっ。旅を経て私の世界は狭いものだと気づきましたっ。そしてっ、私は、私はっ……!』


胸元の服を両手で握る。手が震える。声がうまく出ない。

今やりたいことはなに?今できることはなに?


――今、この力でなにをしたい?


『知りたい……知らなかったことを……っ』


心が震え続けている。

どうして?わからない。

けれど、けれど……!


『大切な人と……一緒に居たい……っ!』


涙を落として、言葉を絞り出した。

まっすぐな気持ちを。今の自分の一番大事な感情を。


その瞬間――


「ぐっ……!」


鎧エルンストが呻く。

アルネスが地面に倒れ、ライラを背中でかばっているリオナルドの両手が地面をへこませていた。


『そのためには邪魔なものは蹴散らすか?』


アルは誰かに言われた言葉かのようにそれを口にする。

圧と言葉尻のキツさでわかる。これは怒りだ。


『例えば人間の敵が、ここにいる魔物が立ちふさがれば、お前は殺すのだろう?』


ナツキと子供たちが瘴気を漂わせたまま。

無表情でセリナを見ていた――

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