第139話『未知の大陸』
「……見つけました。この先まっすぐ行けば僕の作った魔法陣があります。そう遠くありません」
手を組んで自身の魔力を探っていたアルネスが、目を開けてセリナにそう告げる。
この大陸に世界図書館があるのは間違いないが、それを探すよりも、アルネスの転送魔法陣に行き、そこから世界図書館に行く方が早いし効率的だ。
そうセリナが言おうとした時、アルネスも同じことを考えていたようで、すでに調べ始めていた。
「では、行きましょうか」
コクリとうなずいたアルネスが先頭を行き、そのあとにセリナとライラ、リオナルド、エルンストが続く。
いつもならエルンストが先陣を切るのだが、今回はちゃんと計画してこの並び順だ。
「……本当に本当なんだろうな?まだ信じてねぇぞ俺は」
後ろでエルンストがくぐもった声で文句を言いつつ、ガシャンガシャンと足音を立てて歩いてくる。
それを聞いて笑ってしまいそうになるのを、セリナは口に手を当ててごまかす。
――それはここにたどり着いた時のことだった。
魔法陣を探る前に、アルネスがエルンストに唐突に言った。
「エルさん、大地の鎧をしたほうが瘴気から体を守れるから装備したほうがいいよ」
「あぁっ!?あんなもん持ってきてねぇよっ」
「大丈夫。ですよね、セリナ様」
「え……もしかして盗んできたのか、あの鎧……?」
『リオナルドはバカだなぁ。セリナがそんなことするわけないじゃないかっ』
「………………」
ライラの視線から逃れるようにそっぽを向きながら、セリナは自身の時空の倉を出し手を入れる。
そこには今まで持ってきたものにプラスして、『西国』で着ていた服と――
「……これですか?」
出てきたのは本物よりも数倍は小さいゴーレムくん。もとい、大地の鎧。
エルンストが脱ぎ捨て、放置されていたものを誰も見ていないスキに盗……奪っ……拝借してきたものだ。
なぜ知っている?アルネス。
アルネスの穏やかな笑みと、ライラの驚いた顔、エルンストの驚愕の顔に、リオナルドの呆れ顔。
百面相のように並ぶ仲間の顔から、目をそらし続けるセリナ。
「また着るのかよこれを……」
心底嫌そうな声を出したエルンストだったが、アルネスの言うことは間違っていないという確信があるのか渋々装着し、結果、魔法陣の外部で鎧エルンストが誕生したのだった。
そんなわけで、アルネスは案内役として一番前。
魔法陣の中に戻るための洞窟までの目印として、浄化の粉を撒くセリナが二番目。
浄化の粉を踏んで、さらに強固なものとするリオナルドと、やや足が遅くなった鎧エルンストが続く。
「似合ってると思うんだけどなぁ。エルさんかっこいいよ」
「お前に言われても嬉しかねぇんだよ……」
一番前のアルネスが擁護するが、鎧エルンストには届かない。
本来なら足が遅い者が前に行くべきだろうが、鎧の足音がうるさいおかげで、鎧エルンストの存在が確認できる。
この順番なら誰かがいなくなってもすぐに気がつく。
うっそうとした木々の中、魔力と瘴気が入り混じったこの空気がどうも息が詰まる。
セリナとリオナルド以外は、道がわからなくなるだろうと撒いている浄化の粉だったが、空気を綺麗にしてくれるおかげで適度に息がつけた。
こうなると、余裕も出てくる。
「私も素敵だと思いますよ。ずっとそのままでいらしたらいかがです?筋肉を見せられるよりまだマシです」
「あぁっ!?筋肉はさらけ出してナンボなんだよっ!こんなもんより芸術的だろーがっ!」
「あの二人ともっ。一応その見た目、僕のご神体っ!」
セリナと鎧エルンストのやりとりに、アルネスが泣きそうな声で入ってくる。
本来ならフォローしてくれるリオナルドは地図の書き込みに忙しそうだし、ライラはセリナの肩で『僕もカッコいいと思う』とつぶやいている。
歩いていく土の道のようなもののすぐ横には生い茂る草。瘴気が含まれていて、非常に危険なものもあるし、見たこともないものもある。
その草に隠れて見ている種族もいる。数えるのが面倒だと思うくらいの数だ。
そんないつ襲われてもおかしくない状況なのに、これだけゆったりといられるのは本当にありがたい。
セリナ一人だったら、ずっと緊張し続けていずれ消耗した時に一斉に狙われていただろう。
「しかし、これほど魔力と瘴気が混ざる空気を感じたのは初めてです。混ざり合うわけでもなく、消滅し合うわけでもなく、ただ在るだけっていうのが不思議に感じますね」
セリナが辺りを見回しつつ言う。
浄化の粉を撒くと瘴気が薄れ魔力が多くなるが、それでもお互い干渉しあわない。
「魔力も瘴気もただのエネルギー。使う者次第で変わるんだと思います」
アルネスの答えになるほど、と納得する。
魔法陣の内部では、瘴気があるだけで草花は力を無くし、動物は死に絶え、更地になるイメージがあったが、それもその瘴気を操る者がそう使っているだけ。
依り代を持たない瘴気は、なにものにも干渉しないのか。
そんなことを思っていた時だった――
『グオオオオオオオオッ!』
響き渡る咆哮に、地面が割れるほどの衝撃。
一斉にその場から離れたセリナたちが先程までいたところには、なにやら黒く太い木の幹のようなものが突き刺さっていた。
その幹が続く先を目で辿っていくと……
「ヤモリ……?」
どこにでもいるヤモリと特徴が一緒だが、全身が黒に染り、全長三メートルはありそうだった。
体から立ち上る瘴気は、体内に収まりきらなかったものか。
つまりこれは、かつて『東国』にいたライラと同じ、瘴気に体を乗っ取られ無理やり大きくさせられたもの。
ライラの時はまだ本来の魔力が残っていたが、このヤモリには魔力を全く感じない。
つまり――魔物。
そこまで確認すると、セリナたちは一斉にヤモリに向かって駆け出す。
鎧エルンストだけが、最初の位置のままでしっぽを掴んでいた。
本来なら体内の魔力を瘴気に変えられ、ダメージを受けてもおかしくない。しかし防御魔法と鎧のおかげで回避できているようだった。
でもそれは鎧エルンストだから出来る芸当。他の者は触れるわけにはいかない。
ヤモリの咆哮が辺りにこだまする。
耳が痛い。これだけでも普通の者なら死んでもおかしくないほどの咆哮。本来のヤモリにはない力。
その重圧と瘴気で、止まりそうになる足を懸命に動かす。
そしてセリナは叫んだ。
「リオナルド様っ!浄化したらこのヤモリって――」
「食べられませんっ!」
「でもリオさんっ!食用ヤモリだよこれっ!」
「食いもんならたんまり持ってきただろーがっ!」
『ボクはあっちの果物のほうが気になるっ!』
セリナが、浄化の粉をヤモリに撒き。
リオナルドが、セリナに襲い掛かったヤモリの両腕を切り落とし。
アルネスが、魔力の糸で地面に魔法陣を描き。
鎧エルンストが、しっぽを切り逃げようとするヤモリを再び掴み。
ライラが、さらに魔法陣の外に出ないようウロコで地面に縫いつけ。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
最後にセリナが魔法陣を発動させると、ヤモリはひときわ大きい声を上げて消滅した。
あぁ……
灰になってしまった……
しょんぼりするセリナの横で、アルネスが自分の手のひらをじっと見ていた。
「魔力の糸で魔法陣を描くの、素早く出来ますけどコントロールが難しい……セリナ様はやっぱりすごいです」
「ただの食い意地はった元『聖女』様だろ、あんなん」
「セリナですよ、鎧エルンスト様っ」
「まぁまぁ」
まだ怒る鎧エルンストを横目に、灰になったヤモリがいたところに視線を移す。
『東国』の時のライラほどとは言わないが、十分な強敵だった。
空気上にある瘴気を使おうとあのヤモリはしていたし、この大陸で生き残れる戦闘力に、暴走しているようだったが本能で逃げ隠れする種族と違い、セリナたちに仕掛けてくるほどの実力。
だが、あっさり倒せた。
セリナもアルネスと同じく、自身の手のひらをつい見てしまう。
強くなっているんだなぁ……
生き残るために強くなるしかなかった。
だが、今はそんな気持ちで日々魔力の研究や実験をしているわけではない。
そのことに言葉にならない気持ちが溢れ、セリナの心が温かくなった。
「それじゃ行くよ。そろそろ着くと思うっ」
アルネスがそう言うと、また全員が並び歩き始める。
一瞬だが実力を見せたからか、セリナたちを見る視線が減ったような気がした。
そして何事もなく歩くこと数分――
「あった!あれだっ!」
アルネスが指さす先には、ほのかに光る魔法陣があった。
そこだけ草が抜かれ、土に描かれた魔法陣は丁寧に消えないように魔力で細工されている。
魔法陣の周りも、木の棒と縄で作られた囲いが作られており、ここだけは魔力で溢れている。
なるほど。これで弱いものは追い払っていたのか。
そうじゃなくても、魔法陣の仕組みがわからなければなにも出来ないだろうに。
「さぁ、みんな魔法陣の中に入ってっ。動かすよっ!」
言われて魔法陣の中に入る……が、魔法陣が小さすぎて少し窮屈だ。
特に鎧エルンストが大きすぎて邪魔に感じる。
「行くよっ!」
アルネスがそう言うと魔法陣が光りだし、思わず目を閉じる。
収まっていく光を感じ取り、そっと目を開けるとその先には……
『なにこれ……綺麗……』
ライラが一目見てつぶやく。
そこは、今まで見てきたこの大陸に似つかわしくない、綺麗な木漏れ日が辺りを照らす森だった。
木々が生き生きと葉を揺らし、草が踊るように揺れ、花は彩る。
その中心には、大きな建物があった。
透明に見える壁なのに内部は見えない。建物自体がキラキラと輝き、近寄りがたい雰囲気を持っている。
まるで聖堂や教会のようだが、その清廉さは人間が作った物とは比べ物にならない。
世界が違う。
全てを変えてしまいそうな空気に、息をのむことしかできなかった。
「ここが世界図書館だよ」
アルネスはそう言うと一人歩き出す。
建物に近づき足を止めた先には、大きな扉が一つ。
両開きの扉の真ん中には、天使と思われる人間が翼をつけたような像が二つと、像が大切に持つ水晶のようなものが一つ、扉にくっついていた。
「これを反応させられたら開くと思うんだけど……」
神聖なものというのはわかるが、素材もどうやって作られたのかもわからない。
セリナは手を口に当て、なにかないかと色々な角度から見るが、なにも見当たらない。
「こんなもん、壊せばいいんじゃねーのか?」
鎧エルンストが赤い光の瞳をアルネスに向ける。
壊すな。こんな貴重品を。
「力いっぱいやってみたんだけど、全然ダメだったんだよね」
やったんかい。
心の中でツッコミを入れている場合じゃないと、セリナは咳払いを一つ。
当時のアルネスには出来なくて、今のセリナに出来る方法がある。
「精霊の力を込めてみます。みなさん下がってください」
言われ全員が下がる中、ライラがセリナの腰にある小さなカバンから瓶を取り出して、近くに浮く。
いつもセリナが実験をするとき、こうしてすぐに回復できるように瓶を持って待機してくれるのだ。
それを見て、セリナとライラがにこりと笑い合った。
「いきます」
そう宣言したセリナは、手をかざして水晶に力を送る。
自身の魔力じゃない。精霊の力を送る。そのやりかたはちゃんと学んだ。
大丈夫。力を抜いて……
セリナの胸元のギンバイカが揺れると、水晶が少しずつ光りだした。
そしてその光は一つの線のようになり、セリナの胸の中心に当たる。
「これは……?」
セリナの体に特に変化はない。
手のひらを試しに光に当てると、光は手のひらで止まった。
ならばとその場から離れてみると、まっすぐな光の線は、森の奥へと続いていった。
「この先……なにかあるんでしょうか?」
セリナが光を見ながら呟いた瞬間――
『やめておきなさい』
「――!?――」
石特有のゴリゴリという音を立てて、お互いを見ていた天使の顔がこちらを向いた。
目を閉じたままの天使は、先ほどとは違い淡い光を放っている。
『去りなさい』
『ここは貴女がたが来るにふさわしくない場所』
『しゃべったっ!』
ライラが驚きの声をあげ、リオナルドたちが急いで駆け寄ってくる。
『どうしてもというのなら、その光の先を辿り、この扉を開く物を持ってくることです。それは困難な道になります』
『諦めなさい。命が惜しいでしょう?』
天使たちが次々に言葉を発する。
それを聞いてセリナたちは全員、顔を合わせた。
「なんだと……」
一瞬の沈黙。
最初に驚愕の声をあげたのは、鎧エルンストだった。
「初めて依頼以外の冒険者っぽいヤツじゃねーかっ。これぞ男のロマンだなっ」
『ロマンっ!ボクやるよっ!』
「いいねっ。こういう未知の冒険がしたかったんだ僕はっ」
「あぁ、未知の大陸で未知の道具……研究し甲斐がありそうです」
「ダメだぞセリナ。天使たちが拗ねて、開けてくれなくなったらどうするんだ」
口々に言うセリナたちを見た天使の像。
『えぇ……』と同時にこぼしたのを、誰も聞いていなかった。




