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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第五章『世界図書館』編
138/143

第138話『魔法陣の外へ』

「魔法陣の境目って初めて見たな……」


エルンストがひとりごとのように言った言葉に、セリナも同意した。


ここは『西国』中心部から南西にずっと進んだ先。

すぐ目の前は陸が途絶えて海があり、その海にはっきりと魔法陣の魔力の境目が見えていた。

力だけではない。その先は魔力と瘴気が入り混じり、セリナには暗く濁った空気に見えている。


「この海を少し渡った先に、小さな大陸があるんです。そこで世界図書館を見つけました」

「アルネスお前……よく行こうと思ったな、この先に……」

「好奇心が勝っちゃいましたっ」

「危ねーな、オイ」


ポニーテールを揺らし、可愛らしく舌を出してエルンストに答えているが、アルネスの当時の目的は、姉の洗脳魔法の解除方法。

無理をしてでも見つけ出すつもりだったのだろう。


「世界図書館の入り口までの魔法陣は、図書館がある大陸の端に作りました。万が一でも誰かが入ったら危険ですから」

「なるほど」


よくわからない魔法陣があったら、例えば一般人なら見るだけで触りはしないだろう。

だがここに一人、間違いなく触る人間がいる。


「……視線を向けるのはやめてください」


セリナの声で、全員がセリナから視線をそらす。

もしアルネスと出会わずに、見たことがない魔法陣を発見したら、間違いなく触る。

それはセリナが一番良くわかっている。


だからって一斉に見なくても……


話題を変えようとしたのか、リオナルドがコホンと咳をすると、アルネスに質問をした。


「それで、この海はどうやって渡るんだ?」

「えぇと、前は姉をここに残して一人泳いでいったけど……」

『アルネスすげーっ!』

「なっ!なんて危ないことを!」


ライラとセリナ、同時に正反対の言葉が出る。

なにが起こるかわからない未知の領域で、なんつーことをしてるんだこの小人族は!


「それも好奇心ってことでっ」

「済むわけないだろう!」


てへっ、と可愛く笑うアルネスに、今度はリオナルドが返した。

そんなやり取りを横目で見つつ、セリナは改めて海の先を見る。


全員で泳いでいく?いや、無理。

浮遊魔法で一人ずつ運ぶ?いや、魔力は温存したい。

精霊の力を借りる?いや、精霊の力も温存しておきたい。

木を伐採でもしてイカダでも作る?いや、体力がなくなる。


「こりゃあ、船を借りてくるしかねーんじゃねぇか?」

「そんなっ。お金がもったいないです」

「言ってる場合かっ!」

「ならばエルンスト様が出してくれるんですか?」

「かーっ!守銭奴だなこの元『聖女』様はよぉっ!」

「セリナですっ!」

「まぁまぁ」


エルンストとセリナのやりとりをリオナルドがなだめるが、それで問題が解決するわけではない。

さてどうしたものか、と考えようとした……その時だった。


――!?――


全員が瘴気に気づき、そっちを向きながら戦闘態勢を取る。

そこには、空中に浮かぶ人間のような見た目の魔物が一体……


「ほう。こんなところにも人間がいましたか」


黒いマントに黒い服、白い肌に長い耳と牙。そして、魔物特有のあふれ出る黒い瘴気のオーラ。

セリナの脳内で、種族の説明が書かれた本がパラパラとめくられる。


『吸血鬼』と書いてヴァンパイアと読む種族。

血を好み、月の出る夜に徘徊する種族だが、魔物化したおかげか太陽の下でも活動できているようだ。


しかし、問題はそんなことではない。


「どうして貴方はこの()()()()()()にいられるんですか?」


瘴気を持った魔物は、魔法陣の力で入れないようになっているはずだ。入ったとしてもすぐに消滅する。

今まで内側で暴れていた魔物は、内側で魔物化したため魔法陣が機能していなかった。

少なくともセリナはそう聞いている。


「さぁ?最近入れるようになりましてね。まぁしょせんは人間ごときが作った魔法陣、ということでしょう」


魔法陣の弱体化が、魔物の侵入を許している。

だが、この場所にとどまっているということは、大陸の奥まではいけないが、この境目なら活動できる、ということだろう。


「ここにいればこんなにたくさんのごちそうがある。あぁ、ずっと外から見ていたんですよ。食い尽くしたいとね」


ヴァンパイアの大きな口が、まるで月のような線を描く。上がった口角からはよだれが出ていた。

圧が強まり、空気が変わったと思えばヴァンパイアが大きく手を広げる。


「くっ……!」


次の瞬間、黒い風がセリナたちに襲い掛かってきた!

普通の人間ならこれだけで死んでいるであろう瘴気の風。


「フロスト!来いっ!」


強風で後ろに下がりそうになるのを、一番前にいるエルンストが全員を守るように立ちふさがる。

その手には氷の盾を携えて。


このヴァンパイア、魔法陣の内側でも活動できているところを見ても、相当強い魔物だ。

その証拠に状況を愉しんでいる。

どう狩ろうか?どういたぶろうか?

そんな加虐的な赤い目が、セリナたちを威圧してくる。


だが、セリナは質問をやめない。


「どこから潜入したのですか?まさか魔法陣を通り抜けたりはしていないでしょう?」

「ははっ!聞きたがりのお嬢さんだ。特別に教えてあげましょうか、抜け穴を。冥途の土産にね。先ほど、全身黒い格好の人間には逃げられましたが、貴女たちは私が嬲り殺しグギャアアアアアッ!」


御託を最後まで聞く必要はないと、セリナは魔力の糸でヴァンパイアを拘束して、見えている魔法陣に押しつける。


「黒い格好の人間?誰だろう?」

「アルネス、それは気にしなくていいから」

「え?なんで?」


首をかしげるアルネスにリオナルドが言う。

同意したセリナとリオナルドの、有無を言わせない笑顔にアルネスはしぶしぶ引く。

それを見たエルンストが『あー……』と、なにかを思い出したようだったが口をつぐんだ。


「さて。案内してもらいましょうか。抜け穴とやらに」


セリナはいつもの『聖女』のような笑みを浮かべ、ヴァンパイアに質問をした。






「ギャァァアアアアっ!もう少しっ!ここっ!ここら辺にっ!洞窟ガアアアアアっ!」


ヴァンパイアを魔法陣に押しつけ引きずりながら歩くこと数分、さらに南下してきたセリナたちは辺りを見回した。


『あっ!なんか見えるよっ!』


ライラが指をさした先には、確かに洞窟のようなものが見える。

土で出来た崖に、そこだけ岩でできた洞窟が口を開けていた。


「あれが言っていた洞窟ですか?」

「そうだから早く離しぎゅっ」


もう用はないと、セリナはヴァンパイアを思い切り魔法陣に押しつけると、焼け焦げ消滅した。

残ったのは灰となって風に飛ばされた体と、歩いてきた軌跡として魔法陣に残った黒い血だけだ。


「ひっでぇな、お前」

「あら、慈善事業ですよ。危ない魔物を消滅させただけです」


ドン引きするエルンストに、セリナはにっこりと笑う。

実際、誰だか知らないが追いかけられていた人間がいたようだし、このまま放置しておくわけにはいかない。うん、実に優しい行動じゃないか。


「少し神聖な空気を感じますね。行ってみましょうか」


引いたままのエルンストとセリナが洞窟に向かうと、先にアルネスが調べていた。

その言葉を聞く限り、なにかはありそうだ。


『なんか綺麗なのと気持ち悪いのがあるね』


ライラがセリナの肩でブルルと震える。

先ほどの魔法陣の外の空気と同じものを感じたのだろう。セリナはライラに頬ずりをする。

洞窟の中は一本道だった。誰が置いたのか灯篭が置いてあり、歩くのに困らない。

そして進んだ先には、一つの四角い部屋。


「あれは……台座?」


精霊が眠る部屋に置いてあった台座によく似たものが、部屋の中央に置いてあり、その上には水晶が置かれていた。

セリナとアルネスが台座と水晶をじっと見つめる。


「二人とも、どうだ?」


リオナルドがセリナとアルネスに聞く。

二人は、それぞれ違うところをぐるりと確認して……


「転送装置ですね。リオナルド様が持っているものと似ている気がします」


リオナルドが持っているのは、水晶同士で通信できる魔道具だ。

声を届けるだけでなく、姿もその場にいるように投影できるもの。

こちらはもっと高度で、魔力を込めることで同じ水晶の場所へと飛べるようだ。


「間違いないですね。下に描かれている魔法陣も転送用です」


アルネスの言葉でセリナも確信を得る。

先ほどのヴァンパイアはこれでこの場所に転送してきたということか。


「おおっ。なら、それ使って外に出ればいいじゃねーか」


エルンストが軽く言うが、セリナは口に手を当てて考える。

転送先がわからない。同じ部屋にある水晶だったのなら良いのだが、そうじゃなかったら?

大陸についたとして、そこがアルネスが作った魔法陣がない大陸だとしたら?


「セリナ、アルネス、見てくれ」


リオナルドが取り出していたのは地図だった。

見ると、見慣れた地図じゃない。これは……まさか世界地図?


「今いるのはここ。アルネスが向かった大陸はおそらくここだ。方角がわかればなにかわからないか?」


人間が持っているよくある地図は、人間が暮らす魔法陣内部のもの。

未知の世界である魔法陣の外までの地図を持っているとは……さすが『東国』騎士団副団長。

だが、頼りない。外の世界はどこに大陸があるかわかるくらいで、しかも大きさも曖昧だ。

これでなんとかできるか……?


「リオさんの言っている通りの場所で合っています。僕が行ったのはここでした。そして、魔法陣の文字から察するに、この場所からこの角度……」


アルネスが、今いるであろう場所からまっすぐに指で線を引く。

その先には……アルネスの言ったであろう大陸があった。


「試してみるか」

「そうですね」


リオナルドの言葉にセリナはうなずき、台座の前まで移動する。

そして、全員の顔を見て確認を取った後……台座に力を込めた。


『わっ!』


ライラの驚きの声が一瞬で遠くなった気がした。

めまいにも似た感覚に倒れそうになったのも一瞬。

目を開けた時に見えたのは……先ほどと同じ部屋……?


「……成功だね」


アルネスの言葉に部屋を見渡すと、セリナの視界が薄暗くなっていることに気づいた。

魔力と瘴気が入り混じる空気の世界。


つまり――ここは魔法陣の外の世界。


「おお……来れたのか……」


エルンストの声が緊張している。いや、この場で緊張していない者などいない。

身を引き締めたセリナは、その場で手を組み魔力をためる。

胸のギンバイカが揺れ始め……


「こりゃあ……?」


驚くエルンストを始め、一行の体が淡い光を帯びる。セリナの広範囲防御魔法だ。

かつては直接触れなければ発動できなかった防御魔法も、毎晩宿屋でアルネスと魔力研究と古代文字の組み合わせを考え、ようやくパーティ全員を包み込むまでに昇華した。

効果は前より薄くなったが、かけ直せば重複する。場合によって見極めたら良いだけの話だ。


「……では、行きましょう」


組んでいた手を自由にし、目を開けたセリナが部屋の先にある通路を見る。

いつものようにエルンストが先頭になり、次々とみなが続き歩く。

内装は転送前の洞窟と一緒だった。一本道に灯篭があるだけ。

やがてその廊下を抜け、外に出ると……


「……ここが……外の世界……」


セリナが辺りを見回してポツリと言う。

暗く濁った世界に、見たことのない木々や草などが生え、そこらかしこから不快な声が聞こえてきた。

血の匂い、腐った死骸の匂い、たくさんの種族が住んでいるとわかる様々な匂い。全てが不愉快に感じる。

存在を拒否するかのような空気が肌に当たり、否応なしに心臓の鼓動が早くなる。


『なにここ……怖い……!』


ライラを励まそうとしたとき、ふと見えたセリナの胸のギンバイカが、少ししおれているような気がした。

これは『西国』を離れ『大地の精霊』の恩恵がなくなったことを意味する。


「少し、防御魔法の強度を上げます」


これが全員の心の支えになるかはわからない。

それでもやらずにはいられなかった。それくらいセリナの心も乱れている。


「ここです。僕が来た大陸は」


アルネスが固いが、しっかりとした声で全員にそう告げる。

当たりだ。これでまた進んでいける。


一度目を閉じたセリナは大きく深呼吸をした。

そして、心をしっかりと保ち……目を開ける。


「油断せずに。行きましょう、世界図書館へ」


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