第137話『役目』
あえて見逃した。
理由は今の精霊が二体いるこの状態で、どこまでの中毒者なら洗脳魔法を解くことが出来るか知りたかったから。
前に『氷の精霊』だけの契約の時に治せたのは、軽度の中毒者だけだった。
それに『西国』でセリナを見つけられたのもワザとだ。
セリナたちはこのあと魔法陣の外に出る。
そんなことを知らないヤツらは、きっとここらで捜索を続ける。
つまり『中央』のヤツらの動向を一部把握できる。
これは全てセリナの案だ。
『巻き込んでしまった受付の女性には申し訳ありませんが』と、セリナは言いつつも、この作戦をやめるつもりはなかった。
ギルドで『中央国』の人間がいることがわかり、フードをかぶったあの時から。
「じゃ、実験を開始します」
セリナの一言で、魔力の糸で拘束された『中央国』の兵がビクッと震えた。
どうやら実験という言葉が怖かったらしい。
あのギルドを出たあと、ワザと人気のないところに誘い込んで襲い掛かってきたところを捕まえた。
大した敵じゃなかったから、すぐに終わった。
アルネスを面接した三人と受付嬢は気絶させ、同じく魔力の糸で拘束し、ライラの時空の倉に放り込まれている。
この三人は軽度だから後で、ということらしい。
「受付嬢さんが洗脳魔法にかかったのは、おそらく『西国』出身じゃないからですね」
アルネスが、地面に魔法陣を書きながらポツリとこぼす。
『氷の精霊』は『北国』の人間を、『大地の精霊』は『西国』の人間を守るという契約をした。
別の言いかたをするなら、他の国の人間は知らない、という意味になるとのこと。
「融通の利かない精霊たち……」
ポツリとそうこぼしたセリナは、自身を落ち着かせるため大きく深呼吸をした。そして言葉を紡ぐ。
「テラ。力を貸して」
セリナの周りを砂嵐が囲んだかと思うと、その砂が変化し『大地の聖衣』へと変化する。
ここは『西国』だから、メインの精霊を『大地の精霊』にするというセリナの判断だ。
「フロスト。来い」
「テラ様。お力をお貸しください」
エルンストとアルネスがそれぞれそう言うと、二人の様相も変わる。
『氷の鎧』と『大地の巫女衣装』だそうだ。
それをリオナルドとライラは遠くから見ていた。
そしてアルネスの魔法陣が完成し、淡く光りだしたのを確認したセリナは『中央国』の男に手を伸ばす。
――ここまで見て、ライラは思った。
どうして『風の精霊』様はここにはいないのだろう、と。
自分の体をいつでも操れる精霊様。自分は風の眷属。
セリナの役に立つのなら、今すぐにでも『風の精霊』様が自分の体を乗っ取って手を貸してくれたらいいのに。
昔、エンシェントスケールキャットしかいない自分の故郷では、『風の精霊』様は絶対だと教えられてきた。
その精霊様にこんなことを考えるのはいけないのかもしれない。
でも、ライラの中では『風の精霊』よりもセリナのほうが大事だった。
『ずっと……ボクは役立たずだ……』
『西国』では、ライラにほとんど意識がなかった。
その時みたいに『風の精霊』様に来てほしいと願っても、意地の悪い精霊様はやって来ない。
その時魔法陣が光りだし、セリナの体から巨大な力があふれ出すのを感じた。
「ぐぅっ……!」
セリナが呻く。それをエルンストとアルネスが支えているように見えた。
この間も、ライラに出来ることはなにもない。
「ライラっ!行くぞっ!」
一緒に見ていたリオナルドが走り出した。
そしてセリナの近くに行き、後ろから肩に手を置いて、倒れそうになっているセリナを支えた。
『セリナ……っ!』
ライラは動けなかった。
氷が、砂が、光が、全ての力がここに在るかのような感覚をその身に感じ、恐怖で動けなくなっていたのだ。
「ぐあああああああああああっ!」
男が叫んでいる。
アイツはセリナの敵である『中央国』の人間。セリナの敵はボクの敵だ。
でも……今のボクに、なにが出来る?
「セリナ様っ、力のコントロールはお任せくださいっ!魔力の変換にだけ集中をっ!」
「俺の分も任せたぜ、アルネスっ!思い切り出してやるから使えっ!」
力の流れが変わる。
あぁ、知っている。この力はかつてライラを地獄から取り戻した、セリナの優しい癒しの力だ。
この力に包まれた。この力に助けられた。この力に安らいだ。
『ボクは……ボクは……っ!』
衝動だけがライラの体を動かした。
ヨロヨロと宙を進み、やがてセリナの近くにたどりつく。
そして……見た。
セリナが口の端や、かざした腕から血を流しながらも、頑張っている姿を。
『セリナ……セリナ……っ!』
ライラは思わずセリナの前まで回って抱きついた。
どうしてそんな痛いことをするの?敵にどうしてその力を使うの?そんなつらい思いをどうしてするの?
「ライラ……っ!」
――その時だった。
セリナがしがみつくライラに頬ずりしたのだ。
エンシェントスケールキャット同士では、親愛の証として行う行為。セリナはもちろん知っているだろう。
ライラがセリナの顔を見ると、嬉しそうな笑みをライラに向けていた。
そしてすぐに真剣な顔に変わり、再び男と向き合う。
「ぎゃあああああああああああああっ!」
男がひときわ大きな叫び声をあげると、セリナの腕からまた血が出た。
汗が流れ、息が上がり、苦しそうに顔を歪めてもセリナはやめない。誰も止めない。
そして――
「これが最後っ!」
セリナが叫ぶと、男の体から嫌な魔力が消えたと同時に、魔法陣の光がゆっくりと消えていく。
セリナの『大地の聖衣』が解かれ、力を無くしその場に倒れこむのを、リオナルドとライラが支えてそっと座らせる。
「確認しますっ!」
『大地の巫女衣装』が解けたアルネスが素早く男に向かい、その場に座ったエルンストが『氷の鎧』を解く。
『セリナっ!大丈夫セリナっ!?』
「ライラ落ちつけ。大丈夫だから」
リオナルドがセリナに、魔力が回復する飲み物をゆっくりと飲ませている。
その間もライラはオロオロと心配するだけ。
「……はぁっ、はぁっ、どうだアルネスっ?」
肩で息をするエルンストがアルネスを見つめている。
同じく荒い息のアルネスは、汗をポタポタと落としながらも男の様子を確認し……
「……成功ですね。やはり魔法陣と精霊のかけ合わせで洗脳魔法は解けます」
「おおっ!やったじゃねーかっ!」
エルンストの喜びの声を聞いたのか、セリナが目を開けてアルネスたちを見て微笑んだ。
「しかし……はぁ……一人でこれでは……まだまだですね……っ」
息を整えながらセリナが言う。
……これ以上セリナはこんなことをやるつもりなのか。
止めたいけど、セリナのやることは応援するとライラは決めている。口出しはしない。
「残りの面接官の三人と、受付嬢は予定通り中心部に連れていって解いたほうが良さそうだな。これからのことも考えて、女王に任せよう」
「……えぇ、そうですね……」
リオナルドの言葉にセリナが大きくうなずく。
それにエルンストもアルネスも納得したようだった。
この場でわからないのはライラだけ――
ふーっと大きく息を吐いて整えたセリナは、しがみつくライラを見てにこりと優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、ライラ。ここにいてくれたから元気が出ました」
『えっ……?』
わけがわからずに、思わず眉をひそめるライラ。
だが、他のみんなはその言葉に納得しているようだった。
『ボク……なにもしてないよ?』
「あぁっ?なに言ってんだライラ。お前がいなきゃすぐに暴走する殺人マシーンだぞ、この元『聖女』様は」
「セリナですっ」
『えっ?えっ?』
エルンストとセリナのいつものやりとりを見て、戸惑うライラの頭をぽんっ、とリオナルドが撫でた。
リオナルドもセリナと同じ、優しい笑みを浮かべている。
「ライラはセリナの相棒だからな。そこにいることでセリナの役に立ってるってことだよ」
『役に……?』
セリナが同意するかのように、また頬でライラに触れてくる。
セリナの近くにいると心地良くて癒される。
それはセリナも同じだということ?
「ずっとそばにいてくださいね、ライラ」
セリナの声はずっと優しい。
だから……だから……ライラは泣きそうになった。
こんなボクでも、セリナの隣にいていいのかなぁ……?
『ボクねっ、ずっと『西国』でねっ、なにもできなくて悔しくてっ……!』
ポロポロと涙がこぼれると、セリナがまだ痛々しい腕を使ってライラを抱きしめた。
セリナが自分の体内を回復しているからか、いつも以上にセリナの体があったかくて、ライラの心まで癒してくれているかのようだ。
『うわあああんっ!』
ライラはセリナにしがみついて泣いた。
泣いて泣いて、泣き止んで眠ってしまうまで、セリナに抱きしめられていた――
「どれだけ役に立っているか、自分ではわからないものだよね」
全員が回復して先へと向かう道中。
荷物運びの依頼を受けて、その馬車の中で全員が眠っている時、いびきをかき眠るエルンストの横で、起きていたアルネスがひとりごとをポツリ。
その視線の先には……
「僕も役に立てるようになりたいな」
警戒を怠らないはずのセリナが、眠るリオナルドの肩に寄りかかって眠る姿。
その膝には、優しく淡く光るライラの姿があった――




