第136話『暗雲』
『北国』の治安が良くなったらしい。
『西国』が『中央国』の派遣者の罪を暴き、追放したらしい。
「どういうことだっ!」
王は吼える。今まで以上にきつい声で。
だが、報告をした密告兵にはその理由まではわからなかった。
「うふふ」
王座と王族の席が並ぶ中、王以外も着席している者がいた。
なんとも美しい笑顔を浮かべ佇んでいる、その少女は『本物の聖女』リアナ・ハイロンド様だ。
密告兵が見惚れていたのはつかの間、王の怒号によって目が覚めた。
「なにが可笑しいのだ、リアナっ!」
「もちろんこの世界が、です。予期しないことが起こる世はなんと儚く、尊いものなのだろうと思いました」
リアナが手を組んで目を閉じると、美しいまつげが照明で光り輝いた。
それだけのことで密告兵だけではない。
そこにいる全ての者が、リアナから目を離せなくなる。
「……あ、そうだ、きっとそうだ。あの女の仕業でしょう!?『偽物』は今どこにいるのですか父上っ!」
『偽物』の元婚約者、第二王太子アルベルトも父に似た声で声を出す。それに王はますます苛立ったのか、持っていた補助用の杖を思い切り地面に叩きつけた。
「そいつは死んだと言ったはずだ。未練でもあるのかアルベルト?」
「そんなわけないでしょう!?リアナ一筋ですよっ!」
「ならば黙っておれっ、お前の声は耳障りだっ!」
「なっ……!」
さすがの言葉になにか返そうとしたアルベルトだったが、寸前で口を閉じた。
悔しそうに歯ぎしりをし下を向いていたかと思うと、いきなり立ち上がってリアナの手を取り、そのまま王室を出ていく。
ドアを思い切り閉めたため、リアナ付きの侍女が一人ケガをしそうになったがこれくらいは日常茶飯事だ。
「なんなのだ……なんなのだ、なんなのだ一体っ……!」
王は頭を抱えた。
バカ息子の言う通り、これがもしセリナの仕業だというのなら、なんてことをしてくれたのだ。
結果、二つの国は『中央国』にたてつくことになるだろう。
待っているのは人間同士の戦争だ。それは困る。
今までは弱みを握って、他の国を牛耳ることで権力を維持してきたのだ。
下剋上だなんてとんでもない。このままでは負ける。そんなのはゴメンだ。
「どうしてワシの代の時に……っ!」
歴史に愚君と自分の名が刻まれてしまう。耐えられない。
では引退するか?そんなわけにはいかない。まだまだ自分は現役でやれる年齢だ。
それに、ここで退いたらそれこそ逃げたと思われる可能性がある。
「おのれ……っ!」
セリナをもっと縛りつけておくんだった。
心も体も折ったという報告は受けていた。ならばと名実ともに奴隷にしてやろうとしたら、手を噛まれた。折れてはいなかった。こざかしい小娘が。
セリナを教育していた奴らは処刑した。取り逃がした奴らもだ。いまだに捕まえられない愚か者も次々と処刑してきた。
そして世界中に兵を派遣した。なのにまだ見つけたという報告がない。
「魔法陣にもなにか仕掛けていきおって……!」
王は立ち上がり、ズカズカと歩き出す。
従者が持ってきた杖を乱暴につかみ取り、それを器用に使いながら。
向かった先は『中央国』自慢の魔法陣。その中心が上から見下ろせる部屋だ。
ガラス越しに見ると、そこには何十人もの魔法使いが必死に魔力を注ぎ込み、魔法陣を維持していた。
だが、それも時間の問題なのは光りかたを見ればすぐにわかる。
セリナがなにをしたのかは誰にもわからない。だがそれ自体は好都合だった。
本来ならリアナが魔法陣を維持していることになっていた。それをセリナが邪魔したため、リアナが出来ず他の者を使う口実に出来たからだ。
そして、魔法陣が機能しなくなる前にセリナを捕まえられたらそれで良かったのだ。
なのに……なのに……っ!
「おのれセリナっ!」
杖でガラスを叩くがビクともしない。だが大きな音が鳴り、近くに控えている者たちがビクッ!と震えた。
そんな時だった。
「おい、あいつはなにをしている?」
王が目で指した先には、魔法陣を維持している魔法使いが倒れていた。
「どうやら、魔力切れのようです」
「……殺せ」
王の後ろで一つの気配が消える。命令をこなしに行ったのだろう。
だが、あの程度の命一つでは王の機嫌は直らない。ますます悪くなるだけだ。
「必ずセリナを捕まえろ……っ!」
その言葉を聞いた何人かは、あまりの恐ろしさに一歩後ずさったのだった。
「父上はなぜあんなにも私に怒る!?なにがいけないと言うのだっ!」
アルベルトが自室で花瓶を投げると、大きな音を立てて砕け散った。
それを見て、リアナは紅茶を一口。とても美味しそうに飲むさまに、みながつい笑顔になってしまう。
「アルベルト様、落ちついてください」
「リアナ!お前もどこに行っていたんだ、探したんだぞっ!」
「ふふ、ごめんなさい」
リアナに微笑みかけられて、アルベルトの怒りが徐々になくなっていく。
紅茶を置いたリアナは、お気に入りのクッションを両手で抱える。
「新しい出会いと、新しいおもちゃで遊んできましたの。とても楽しいひと時でしたわ」
「おもちゃ……?」
リアナの言う『おもちゃ』とは、リアナが思い通りに動かせる者のことだ。
またどこかで新しい者を見つけたのか。
「それは……そ、そうか。面白かったか?」
自分のうちに出てきたヤキモチに似た黒いなにかを押さえてアルベルトは歪んだ笑みを浮かべ言う。
リアナは笑う。嬉しそうに。
「最初は泣いてしまってかわいそうな子だったけど、すぐに笑顔になってくれました。それから……今は少し苦しそうでしたけど、きっとすぐ心を開いてくれますわ」
一つ、二つと指折り数え、その指に愛おしそうに口を重ねるリアナは、その存在が愛おしそうに見えた。
だが……そんなリアナの顔が少し曇った。
「あのね、アルベルト様。私、やっぱり思いましたの。お姉様のことが大好きだなぁって」
アルベルトの体がピクリと反応し、震えだした。
近くにいる者なら誰でもわかる。その震えは怒りと嫉妬だ。
「だからお姉様を見つけるのは私がいいなぁって思って。その『お願い』をおもちゃたちにしてきたんです」
嬉しそうに、愛おしそうに思いをはせながら微笑むリアナに、アルベルトだけじゃない、その場にいる全員が苛立った。
もちろん、セリナへの嫉妬でだ。
「リアナはあの女のどこが良いというんだっ!?」
アルベルトが思い出すセリナは、常にリアナの引き立て役としてそこで微笑むくらいしかできない奴だ。
ちょっと魔力量が多いというだけで、国が使ってやっているだけのまさに『おもちゃ』と言っていい。
「お姉様の好きなところ?うーん……そうだなぁ……」
リアナは首を横に傾げて嬉しそうに笑う。
セリナのことを思い出して笑っているのだろうと思うと、ますますその場の全員が苛立った。
「思い通りにならないところ、かな」
リアナはお菓子を一つ持ち、小さな口で一口食べる。
その可愛らしい仕草に、どんどん心酔していく。どんどん好きになる。
「リアナ……私じゃダメなのか?」
「アルベルト様はお姉様と違います。だから良いんですよ」
リアナがそう言って笑うと、アルベルトはその場に崩れ落ちた。
喜びで腰が抜けたのだ。両手で顔を隠すも、嬉しさからの笑顔が溢れて止まらない。
そして……目から涙が、口からよだれが出る。
アルベルトの壊れた笑い声が、部屋の中で小さく流れる。
どう見てもその様子は普通ではない。だがそれを指摘する者はここにはいなかった。
それどころか思うのだ。羨ましい、と。
リアナからの賛辞が欲しい。リアナからの言葉が欲しい。リアナの笑顔が見たい。
リアナのためならなんでもしたい。
それを見て、リアナはまた笑う。嬉しそうに、楽しそうに。
「なるほどねぇ。これが洗脳かぁ……」
その様子を遠距離から見ていた者がポツリとこぼす。
『中央国』ではない。部下に仕掛けさせた盗撮用の魔道具からだ。
これ以上は危険だと、見るのをやめたその者は通信を切り、ふーっと大きなため息をこぼす。
しっかり見たのだ。リアナから出る黒いオーラを。
映っていたものはみな、あのオーラに包まれている。あれが重度の者たちの状態。
セリナも重度の洗脳被害者だが、あの状態になっていないのが幸いした。
この国に来ていた頃、セリナに洗脳をまき散らされていたら今頃もっと慌てていた。
それに今はセリナはこちら側にいる。
逆に情報提供してくれるのだ。ありがたく利用させてもらう。
「この様子だと、そろそろ動き出すかなぁ」
首をコキコキと鳴らし大きく伸びをしていると、ドアがノックされた。
『はーい』と返事をすると、息を切らした部下が顔を出した。
「あぁ、ここにいましたかっ。副団長がお呼びでしたよ。すぐに来てください、団長っ」
「りょうかーい。今行くよぉ」
団長と呼ばれた白髪の女は、今見たもののおぞましさを欠片も表に出さず、眼鏡を外しながらその部屋を出たのだった。




