エピローグ
マドリガーレに遅い初雪が降った日、ローレンスは再び二十五分署を訪ねて来た。
二人は分署の屋上に上り、初雪が美しい街並みを白く淡く染める様を見渡した。
マドリガーレがもっとも美しくなるのは、これからの季節だと常々思う。冬の冷え込みに人々が寄り添う姿を見るたびに、この街を守らなければという気持ちがより一層強くなるのだ。
「人間て……変わるもんなんだな」
ジゼルは白い息と共につぶやいた。
「高校時代はみんなで笑いあってさ、あんなに楽しかったのに……」
「一見何も変わらないように見えても、時間、仕事、地位、金、人間関係……様々なものが人を少しずつ変えていく」
隣に立つローレンスが言った。事件の全てにカタがついたこのタイミングで来たあたり、彼にもまた思うところがあったのだろう。
「君とて例外ではない」
彼の視線を頬に感じながら、ジゼルは笑う。
「あたし? あたしはあの頃から何一つ変わってる気がしないんだけどな」
「乱暴なところは相変わらずだがな」
「何をう」
「けど……大人になったよ、君は」
そのセリフに驚いて横を向くと、微笑むローレンスの視線とモロにぶつかってしまった。
「そして僕も、大人になった」
舞い落ちる雪の粒を眺めるように、ローレンスは灰色の空を仰ぐ。
「僕たちにとって、八年という時間は必要なものだったんだ」
真意を偽りながら感情をぶつけ合うことを友情と嘯き、思いやるふりをして本当の気持ちを欺いていた八年前。若さ故にそうせざるを得なかった、そうすることしか知らなかったのだ。
時が流れ、互いに大人になった今再び出会えたことは偶然でも神の悪戯でもなく、必然だったのかもしれない。
「僕には君が必要だ。八年かかって、ようやく気がついた」
無表情の中に真剣さを感じさせるローレンスの顔。ジゼルは思わず身構えてしまった。
一体何を言い出すのか──バカなこと言うなよと思う一方で、変な期待をしている自分に気付いて愕然となる。
「僕は──」
唾をゴクリと飲む。
「僕──一人では、ケンカできないということに」
思わず身体の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになってしまった。ローレンスの後ろ側、ドアの陰で盗み聞きしていたジャックとユージンも、期待を裏切られて見事にずっこけている。
「鏡に向かって一人問答しても、何の答えも返ってこない。何より僕が一人でつぶやいても感情が昂ぶることがないのだ。君という相手がいなければ、僕は自分の感情を存分に出せないようだ」
クソ真面目なローレンスに呆れて、ジゼルは思わず暴言を吐いてしまった。
「お前はバカか? そりゃただの変態だ」
世界中どこを探しても、この希代の天才にバカだの変態だの言える人間など、自分くらいしかいないだろう。
「それに君にはまだ教えてもらってないことがたくさんある。先日の答えもまだ教えてもらってないのだが」
ジャックが向こうからニヤニヤとした視線を送ってきていた。この間の一件をジャックにはバッチリ見られてしまったので、言い訳のしようもない。
「……ま、まあ、あれはだな……おいおい教えてやるよ」
なんとかごまかして、苦笑いを浮かべる。
「ったく、しょうがねえな……」
頭をポリポリかいてやむを得ず、といった雰囲気を醸し出すも、顔がついつい笑ってしまっていることにジゼルは気付いていなかった。
「そんなにケンカしたいっていうんなら、あたしがまたケンカ友達になってやるよ」
今度は自分からローレンスの右手をひったくるように取って、しっかりと握手した。
ローレンスも笑顔を見せる。硬く握られた大きな手のひらはあたたかく、初めて握手したときのことを思い出した。
「では早速」
手を離して即、ローレンスが言った。
「日が暮れる前に捜査を終わらせよう。今ならまだ夕方のレストランの予約に間に合う」
「はあ?」
確かにこれから変死事件の現場検証に向かう予定ではあったが、誰もローレンスに手伝ってもらうつもりなどない。
「いやいやいや、いい加減にしろって。もうお前にはまーったく関係のない事件なんだから、首突っ込むなよ。ってかレストランの予約ってなんだよ」
「君たちに任せていたら、いつまで経っても終わらないからな。ああ、ところで君はメインディッシュは肉と魚どちらがいい?」
「肉! ……じゃなくて!」
ローレンスは秘書から白い手袋を受け取っていた。用意がいいことで、現場検証についていく気マンマンである。
「さあ行こう」
先頭切って、ローレンスは階段へ向かった。
「君たちもついてきたまえ」
唖然としているジャックとユージンにも声をかける。どちらが本職なのかわからない。
「ちょ……待てってお前!」
ジゼルは慌てて彼を追いかけた。全く、この王子様はいつまで経っても強引でマイペースだ。
また面倒なことになりそうだと内心ウンザリしながらも、ローレンスを追いかけるのが少しだけ楽しく感じる自分に気付いてしまう。
振り切るように、ジゼルは大声で叫んでしまった。
「……このクソ野郎!」
今読んでも苦労のあとがにじみ出ていますw
おそろしく句読点や改行が減らされていることに、お気づきでしょうか。
実は初稿で規程枚数(130枚)を9枚もオーバーし、削るのにものすごく苦労したんです。
おかげさまで、最後は駆け足な展開になってしまいました……
正直、ここに出すのが恥ずかしいくらいの、ダメダメミステリーでしたが、少しでも楽しんでいただけたのなら、供養になるかと思います。
ミステリーは大好きで、読むものほとんどがミステリーなんですけど、書くのは難しいですね。
もっと精進して、奥深い作品が書けるようになりたいものです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




