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輝け! 女体研究同好会  作者: 鮎太郎
第三章 お別れの女体研究同好会
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アルバム鑑賞

「健吾、アレは何ですか?」


 誠は分厚い本を指差しながら訊ねてくる。健吾は少し考えると、ふとある事を思い出した。


「ああ、思い出した。アレはアルバムだな……って、アルバムかよっ! いかん! 見ちゃいかん! やめろぉ!」


 誠と友里の二人は既にアルバムをテーブルの上に広げていた。あそこには健吾の恥ずかしい過去が赤裸々に写っている。何としても見せたくはなったが、既に手遅れだった。


「へぇ~……、なんていうか、小さい頃からこんな厳つい顔をしていたのねぇ」


「こんなに可愛くない子供は初めて見ました」


 二人はページをペラペラと捲りながら、感想を口にする。まだ立ち上がったばかりの頃の写真だろうか、二本足で立っている健吾は眉を顰めて、やたら威圧するような表情をしている。。

 こういう場合って、お世辞でも小さい頃は可愛かったのねとか、言うのがお約束じゃないのか? いくらなんでも、酷い言われようだ。

 健吾は二人を止める事が出来ず、屈辱の時間は続く。友里がページを捲っていくと、健吾が小学校へ上がる前くらいの写真が出てきた。姉と妹と一緒に写っている写真が多くなってきた。これぐらいの歳は男女の区別は特に無く、何も考えずに仲良くしていた気がする。

 何となく昔を懐かしんでいると、二人が一枚の写真に注目していた。


「ん? これ、健吾よね?」


「ですが、女の子の格好をしていますね」


 その写真には、可愛い女の子のキャラクターがプリントされた赤いTシャツに、ピンクのヒラヒラとしたスカートを穿いた子供が写っていた。小さな子供だったら、別段珍しい格好ではないが、着ている子供の性別が問題だった。


 子供にしては随分と目つきが悪く、相手を威嚇するような表情をしている。短く切りそろえられた髪は明らかに男子であった。しかもそれは、健吾本人であった。


「な、何でこんな写真があんだよっ!」


 健吾は慌ててアルバムを奪おうとするが、友里がアルバムを確保したためその手は宙を切っただけだった。


「何で、健吾は女装なんかしてるのよ?」


「何だか、まんざらでもないような表情してますね」


 写真に写る幼い健吾は厳つい顔をしている事は変わらないが、何処と無く喜んでいるように見える。この写真だけではわからないが、他の写真と見比べると一目瞭然だった。


「……」


 健吾は二人の視線を浴びながらも、無言を貫いた。言い訳などしても無意味だし、さっさと興味を失ってもらえればそれでいい。


「でも、健吾に女装癖があるなんて知らなかったわ。次は是非とも何か着てもらおうかしら?」


「そうですね。私も健吾に似合うとびっきり可愛い衣装を選んでみます」


 興味を失うどころか、余計に興味を持ってしまったようだ。しかも、何だかあらぬ嗜好を付与されそうだ。黙っているより、本当の事を口にした方が傷は広がらずに済みそうだ。


「あー……、その写真で着ている服なんだけどな。矢理姉ぇのお古なんだよ。小さい頃って男女とか、あまり気にしないだろ。だからさ、スカートとかに抵抗無かったんだよ。矢理姉ぇも、由美子も穿いてたし……」


 何となく、当時の事を思い出す。

 昔は兄弟と同じ格好ができた事が嬉しかった。だけど、小学生に上がって男子と女子の違いを知って、その格好を嫌だと思うようになった。多くの人と触れ合う事によって、その意識は一般化されていく。男が女の格好をする事は恥ずかしいと。


「ああ、そうだったのね。小さい事は兄弟の真似をしたくなるわよね」


「私は兄弟がいないのであまりわかりませんが、そういうものでしょうか」


 頷く友里に対して、誠は首を傾げていた。納得してもらえたのか、二人は次のページへと進んでいく。小学生に上がってからは、先程のようなネタになる写真も無く、健吾も安心する事ができた。

 この頃になると兄弟と写っている写真より、学校の友達と写っている写真が多くなってくる。最近は会わなくなった友人との写真もあったりして、否が応にも懐かしくなってくる。


「あ、これ利明くんじゃない?」


「本当ですね。随分と幼い感じですが面影があります」


 健吾と利明が肩を組んで笑っている写真を二人は見つめていた。健吾もこんな写真がある事を今の今まで忘れていた。利明は昔から頭が良くて、成績優秀だった。

 少々変わっていて、少し人付き合いが苦手な点もあったが、特に問題が無い程度だった。そう思うと、人間とは随分と変わるものだと思わされる。まぁ、ちょっと変なのは今も変わらないが……。


 アルバムはいよいよ中学生の頃のページへと進む。この頃になって剣道の防具を付けた姿の健吾が、初めて登場した。この頃は、とにかく強くなる事だけに必死で、他の事は一切考えていなかった。

 努力すれば、漫画の主人公のように何処までも強くなれると、信じて疑わなかった。小学校から剣道を続けていた子達を打ち負かすのが、最高に楽しかった。日に日に自分が強くなるという実感を持てた。


「そういえば、健吾は剣道をやっていたのよね?」


「ああ。知ってたのか?」


 剣道着を着込んだ健吾の写真を眺めながら、友里がポツリと呟く。


「まぁね。全国大会出場選手の名前は、大概の人が知っていると思うわ」


 誠の親父さんも知っていたし、結構バレバレだったのだろうか。だが、そんな事は関係ない。それはもう過去の話だ。


「じゃあ、剣道界の事については詳しいの?」


「いや、中学校から始めたから、あまり知らないな」


 球界とかいう単語は聞いた事はあったが、剣道界というのは初めて聞いた。というその程度の認識しかない。


「そう」


 友里は自分に気を使ったのか、それ以上剣道の話に触れてこなかった。何か聞きたい事でもあったのだろうか。

 友里と誠の二人はアルバムを捲っていく。どの写真の健吾は心の底から喜んでいるような笑顔をしていた。最近、このような笑顔をした覚えは無い。剣道をしている時の自分を初めて見るが、こんなにいい顔をしている事を今まで知らなかった。


「この健吾はいい顔をしていますね」


 誠も同じ事を感じたのか、口から感想が漏れた。誠が見ていた写真は、県大会で優勝した時の写真だ。

 剣道着を着込み、片手に大きなトロフィーを抱えている。面は外しており、笑った口からはみ出た白い歯がよく見えた。本当に何の悩みも、世界の広さも知らない能天気な笑顔。この時はそれでよかった。


「そうか? ただ馬鹿だっただけだろ。アホ面だな」


 健吾は皮肉を込めた笑顔を貼り付ける。何となくその時の自分が羨ましくて、その感情を隠すように努力する。何故、そんな風に感じてしまったかはわからない。以前、誠が言ったように、未練でもあるのだろうか。

 県大会優勝後の写真以降、健吾が剣道着を着た写真はなく、卒業式の写真を最後にアルバムは終わった。アルバムを見ていただけなのに、まるで過去を旅していたような不思議な錯覚に陥る。

 懐かしさと若さゆえの過ちに対する恥ずかしさが、同時に襲ってきてなんともいえない気分になってくる。


「あー、面白かったわね。ねぇ、他にアルバムは無いのかしら?」


 友里と誠は健吾に対して興味津々な視線を向けてくる。だが、自分自身、アルバムの存在を忘れていたぐらいなので、他にあるとは思えない。

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