第九話:国王陛下の前で、宰相の裏切りを暴いてみた(※本人は無職です)
朝靄を切り裂いて響き渡るファンファーレの音は、スラム街の歴史上、最も不釣り合いな荘厳さに満ちていた。
ボロ倉庫の隙間から外を覗き見た俺は、思わず目を擦った。
路地を埋め尽くしているのは、純白と黄金の軍装に身を包んだ近衛騎士団の儀仗兵五百名。
その後ろには、王国の全閣僚を乗せた豪奢な馬車が延々と列をなし、さらに上空には王立魔導院の魔導飛行船が三隻、威容を誇るように滞空している。
そして隊列の中央――六頭立ての純白の馬車から、王冠を戴いた威厳ある老人が降り立った。
現国王、ルードヴィヒ三世。
「……おいシオン。本当に国王が来ちまったぞ」
『ぎゃはは! 見ろよあの物々しい行列! スラムのドブネズミ一匹のボロ小屋に、国家予算の半分が押し寄せてきたぞ!』
肩の上のベルゼが腹を抱えて笑い転げる。
俺の隣では、白銀の甲冑を纏ったクラリスが背筋を伸ばし、梁の影では『夜啼鳥』と、昨晩寝返った『黒鴉』の暗殺者たちが息を潜めていた。
ギィィ……と音を立てて倉庫のトタン扉が押し開かれる。
「――国王陛下、親征の儀である! 全員、頭を垂れよ!」
先導して踏み込んできたのは、紫紺の豪奢な礼服に身を包んだ、冷徹な眼差しの男だった。
白髪交じりの髪をオールバックに撫で付け、胸元には国家最高の栄誉章が所狭しと並ぶ。
ノーザンバーグ伯爵の主君にして、王国中枢を牛耳る男――宰相バルフォア。
その後ろから、厳かな足取りで国王ルードヴィヒ三世が歩み入ってきた。
国王は倉庫の中央にそびえ立つ神代金の結晶柱と、その足元から立ち上るドス黒い邪龍の瘴気を見上げ、息を呑んだ。
「……おお、これか。ノーザンバーグ伯爵の言っていたものは……。神代の結晶柱、そしてこの禍々しき地鳴り……真に邪龍が眠っておったのか……」
「陛下、お待ちください」
感嘆する国王を遮り、宰相バルフォアが一歩前へ進み出た。
その氷のように冷たい視線が、粗末なシャツを着た俺を射抜く。
「この光景に惑わされてはなりませぬ。そこに立つ男……シオン・クローデル。身元調査局の調べによれば、戸籍すら曖昧なスラムの詐欺師にすぎませぬ。このような者が、国家の防衛や古代の封印を担えるはずがございません」
「む……? しかし宰相、現にこの結界と鉱脈は……」
「すべては小細工にございます!」
バルフォアは冷酷に言い放ち、懐から羊皮紙を取り出した。
「未知の危険遺物を暴走させ、王都全土を恐怖に陥れて己の権威を偽装する劇場型犯罪。これこそがこのペテン師の狙い! 陛下をこのようなドブ溜まりへ誘い出した罪、万死に値します!」
流れるような断罪劇。
国王の表情に、わずかな動揺と疑念が走る。
背後に控える貴族閣僚たちも、「やはりそうか」「詐欺師の分際で」と口々にざわめき始めた。
「親衛隊、であえ!」
バルフォアが冷酷に手を振り下ろす。
「この危険思想のペテン師をその場で拘束し、即刻斬首刑に処せ!」
親衛隊の抜剣音が倉庫内に響き渡る。
絶体絶命。国家最高権力者が全軍を前に下した死刑宣告。
だが――。
「……おいおい、バルフォア宰相閣下。ずいぶんと焦っておられるようだね」
俺は白マントを軽く払い、木箱からゆっくりと立ち上がった。
千二百ペニーしか持たない無職のくせに、あたかも全てを盤上で見透かしているかのような、不敵極まりない薄笑いを浮かべる。
「シオン殿!?」
クラリスが息を呑むが、俺は片手で彼女を制した。
「宰相閣下。あんたが俺を急いで殺したい理由は、よく分かるぜ。……俺が生きてちゃ、あんたが今朝実行するはずだった『国王暗殺クーデター』が失敗しちまうからな」
静寂。
倉庫内の空気が、文字通り凍りついた。
「な……何を狂ったことを申すか!」
バルフォアの眉が跳ね上がる。
「国王暗殺だと!? この私が、長年忠誠を尽くしてきた陛下に仇名すなどと……! 見苦しい命乞いの妄言を吐くな!」
「妄言かどうか、ご自身の目で確かめていただきましょうか」
俺は芝居がかった手つきで指をパチンと鳴らした。
サッ。
倉庫の暗闇から、漆黒のスーツを纏った男が音もなく姿を現し、国王陛下の御前に片膝をついた。
髑髏の面を外し、素顔を晒した男の手には、黄金の蝋封が施された二通の羊皮紙。
「宮廷特務工作部隊『黒鴉』隊長、ガイル! 国王陛下に拝謁仕る!」
「なっ……ガイル!?」
バルフォアの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「貴様、なぜここに……!?」
「陛下、謹んで申し上げます!」
ガイルは朗々とした声で、羊皮紙を国王へ掲げた。
「昨晩、我ら黒鴉はバルフォア宰相より『シオン閣下の暗殺および倉庫の魔導爆破』の密命を受けました。しかしシオン閣下の神算鬼謀により、宰相が任務完了後に我ら全員を口封じで処刑する計画であったことが発覚! ここに、宰相直筆の処刑命令書、ならびに本日の行幸に乗じた『国王暗殺・政権掌握計画書』を提出いたします!」
「ば……馬鹿なッ!?」
国王ルードヴィヒ三世が羊皮紙を引ったくり、目を通した瞬間、老王の顔が怒りで朱に染まった。
「こ、これは……間違いなくバルフォアの直筆花押と、宰相専用の暗号印符……! 貴様、余を弑して自ら玉座に就く算段であったのか……!?」
閣僚たちから悲鳴のようなざわめきが上がった。
完璧な物証。直属の部下による告発。
しかし、歴戦の政治家であるバルフォアは、ここでも折れなかった。
男は歯を剥き出しにし、血走った目で俺を指差して吠えた。
「で、捏造だァァァッ! 陛下、騙されてはなりませぬ! その暗殺者どもは、このシオンというペテン師に買収された裏切り者! 私の筆跡など、王都の一流の偽書職人ならいくらでも模造できる! 私が反逆など企むはずがなかろうがァァァッ!!」
往生際の悪い全否定。
だが、その声にはわずかな焦りと、強烈な自己防衛の「疑念」が混じっていた。
俺は心の中でニヤリと笑った。
ここだ。この男の「絶対に認めない」というプライドを、完全に叩き折る特大のホラを叩き込む。
「筆跡模造、ねえ。じゃあ宰相閣下、あんたの私邸の地下金庫に隠してある『反乱軍の買収資金五億ペニー』も、偽書職人が作ったとでも言うのかい?」
「……なっ!?」
「あんたが他国の軍閥から受け取った裏金さ。今この瞬間、あんたの屋敷の金庫から、その汚れた金貨がこの倉庫の頭上へ丸ごと転送されてくる手筈になってるんだが……まあ、身に覚えがないなら、降ってくるわけもないよな?」
完全なるデタラメ。
私邸の金庫の場所も知らなければ、転送術式なんて使えるわけがない。
ベルゼが脳内で狂ったように手を叩く。
『出たァァァッ! 空から金が降ってくる設定! どこまで雑なんだよそのホラ!』
バルフォアは額に青筋を何本も浮かべ、狂乱の形相で絶叫した。
「嘘をつけェェェェェッ!!」
魂の底からの、一切の妥協なき「絶対否定」。
「五億ペニーの裏金だとォ!? 私の地下金庫は特級防護結界で守られておるわ! その中身が空間転送でスラムに降ってくるなど、魔導工学上絶対にあり得ん! そんな奇跡が起きるわけがなかろうがァァァッ!!」
――ガギィィィィンッ!!
空間が割れた。
倉庫の天井の上空、青空の真ん中に、巨大な黄金の転送門が突如として口を開けた。
「……え?」
バルフォアが呆然と上を見上げる。
ドッバァァァァァァァァンッ!!
次の瞬間、天井のトタン板をぶち破り、滝のような勢いで『他国の刻印が入った純金貨の山』が倉庫内へ雪崩れ込んできた。
ジャラジャラジャラと凄まじい轟音を立てて積み上がる金貨の山。
その中から、これ見よがしに『隣国帝国宰相よりバルフォア殿へ・軍事支援資金』と刻まれた豪奢な木箱がゴロゴロと転がり落ちる。
「ひ……ひぃぃぃぃぃっ!?」
バルフォアは金貨の山に足を取られて尻餅をつき、狂ったように叫んだ。
「な……なぜだぁぁぁっ!? なぜ私の屋敷の金庫の中身がここにィィィッ!?」
「動かぬ証拠だな、バルフォア」
国王ルードヴィヒ三世の、地を這うような冷徹な声が響いた。
老王は激怒のあまり全身を震わせ、近衛兵へ一喝した。
「大逆反逆人バルフォアを捕縛せよ! 一族郎党すべてを地下牢へ投獄し、国家反逆罪の最高刑に処す!!」
「陛下ァァァッ! お許しを、お許しをぉぉぉぉぉっ!!」
泣き叫ぶバルフォアは、近衛兵たちに組み伏せられ、引きずられるように連行されていった。
静まり返る倉庫。
山のように積み上がった五億ペニーの金貨。
そして、青白く輝く神代金の柱と、地底の邪龍の鼓動。
国王ルードヴィヒ三世は、震える足取りで俺の前へと歩み寄ってきた。
そして――。
ドサリ。
一国の最高権力者が、ボロ服を着た無職の俺の前に、深々と跪いた。
「シオン殿……! 我が国の危機を、そして余の命を救っていただき、言葉もござらん……!」
「え、あ、いや、陛下、頭を上げてください――」
「なんという先見の明、なんという深謀遠慮! 王都結界を直し、邪龍を抑え込み、さらに奸賊の謀反までをも一手で未然に防ぐとは……! 貴殿こそ、天が我が王国に遣わした生ける救国の神格であられる!」
国王は感涙にむせびながら、己の首から王家の象徴たる『大賢者の首飾り』を外し、俺の首へと掛けた。
「シオン殿! 空席となった宰相の座、ならびに国家の全軍・全財政の最高決定権を持つ【臨時国家最高顧問】の座を、貴殿に謹んで受諾していただきたい!」
「……は?」
「なお、先ほど降ってまいりました五億ペニーの裏金は、反逆者の没収資産として全額国庫へ編入いたします! そして貴殿には、バルフォアが放置していた王国の天文学的財政赤字【二十億ペニー】の再建計画の全責任を、最高顧問として一任いたします!!」
「…………」
手持ち現金、千二百ペニー。
消えたもの――家賃の心配。
増えたもの――国家最高顧問の地位、国家全軍の指揮権、そして二十億ペニーの財政再建義務。
『――ぶっ、ぎゃはははははははははははッ!!』
肩の上で、ベルゼが倉庫の床を転げ回りながら涙を流して狂乱の爆笑をあげていた。
『最高だ! 最高すぎるぞシオン! 五億ペニーの金が目の前に降ってきたのに一文も懐に入らず、代わりに二十億ペニーの赤字立て直しを押し付けられたァァァッ!! どうすんだよ王国最高顧問の大先生ェェェッ!!』
「嘘だろォォォォォォッ!?」
朝日が燦然と差し込むスラムのボロ倉庫に、俺の魂の絶叫が木霊した。




