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パラドクス・ライ~「そんなわけあるか」と怒鳴られたら現実になる能力のせいで、悪党になれない~  作者: 秋葉 詩
第2章:王都騒乱・国家納税編

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第七話:王宮に行きたくなければ、国王を呼べばいい(※呼ぶな)

倉庫の床に額を擦り付ける魔導院筆頭・アルベルトの背中を眺めながら、俺は冷めきった紅茶をすすっていた。


「……なあベルゼ。俺、いつの間にか国家最高の頭脳集団のボスになってるんだけど」

『よかったじゃねえか。これで魔導院の蔵書読み放題だぞ。お前、三桁の掛け算すら怪しいけどな』

「読むわけねえだろ。あいつらが本気で魔術の講義を求めてきたら、一秒で俺のペテンがバレて首が飛ぶわ!」


肩の上の黒猫は、アルベルトが献上してきた最高級の干し肉を器用に前足でちぎりながら、ケラケラと喉を鳴らしている。


倉庫の光景は、もはや混沌という言葉ですら生ぬるかった。

青白く輝く神代金《オリハルコン》の巨大柱。

その周囲を警護する白銀の近衛騎士五十名。

床にひれ伏して魔導理論のメモを走り書きする紫ローブの魔導士たち。

そして壁際で小さくなって正座しているスラムのゴロツキ三十名。


全員が、ボロ服を着た無職の俺を一心不乱に崇め奉っている。

そして俺の手持ち現金は、相変わらず千二百ペニー。


「シオン様、お加減はいかがでしょうか。外の風が冷え込んでまいりましたので、騎士団の特製防寒マントをお持ちいたしました」


白銀の甲冑を纏ったクラリスが、恭しく毛皮付きの白マントを俺の肩にかけてくれる。

その瞳は純粋な尊敬と忠誠でキラキラと輝いており、もはや一ミリの疑念も差し挟む余地がない。


この状況からどうやって夜逃げするかを真剣に計算していた、その時だった。


「――道をあけよ! 国王陛下直属特使、ノーザンバーグ伯爵閣下のお成りである!」


倉庫の外から、けたたましいファンファーレの音と、重厚な車輪の軋む音が響き渡った。

騎士団の制止をものともせず、黄金の装飾が施された豪奢な四頭立て馬車が、スラムの狭い路地を強引に押し通って倉庫の前に横付けされる。


扉が開き、降り立ってきたのは、錦糸の刺繍が施された豪奢な礼服を着た肥満体の貴族だった。

手には王家の紋章が刻まれた純金の親書筒。背後には、宮廷直属の重装親衛隊が二十名以上、槍を揃えて整列する。


「……ノーザンバーグ伯爵」

クラリスが眉をひそめ、細剣の柄に手をかけた。

「宮廷内の強硬派……宰相閣下の腹心か」


「おお、クラリス監察官、それにアルベルト筆頭魔導士ではないか!」

伯爵は丸々と太った頬を揺らし、侮蔑に満ちた目を倉庫内に走らせた。

「騎士団と魔導院の長たる者が、このような薄汚いドブ溜まりで何をしておるのかと思えば……フン、随分と滑稽な茶番を繰り広げているようだな」


「無礼な! ノーザンバーグ閣下、言葉を慎まれよ! ここにいらっしゃるシオン様は、王都結界を救済された至高の義士にあらせられるぞ!」

クラリスが鋭く一喝する。


「義士だァ?」

伯爵は下品に鼻を鳴らし、親書筒をこれ見よがしに掲げた。


「身元の知れぬ浮浪者を英雄扱いとは、騎士団も落ちぶれたものよ。……シオンとやら、貴様に国王陛下より直々の出頭命令が下された。直ちにこの馬車に乗り、王宮大広間へ参内せよ!」


出頭命令。

ついに恐れていた事態が現実となった。


「……参内しなかったら、どうなるんで?」

俺が恐る恐る尋ねると、伯爵は冷酷なブタのような笑みを浮かべた。


「大逆不敬罪により、即刻その場で首を刎《は》ねる。王宮へ同行した場合も、身元調査局による徹底的な素元照会と、王室魔導裁判による尋問が行われる手筈だ。……貴様のようなネズミが、宮廷の厳しい査問を耐えきれるとは思えんがな」


詰みだった。

拒否すれば即刻処刑。王宮へ行けば身元照会で「ただの無職の詐欺師」であることがバレて即日断頭台。

どちらを選んでも死ぬ。


『おいシオン、大ピンチじゃねえか』

ベルゼが耳元でヒソヒソと囁く。

『王宮に連れてかれたら終わりだぞ。あそこには嘘発見の魔導具やら歴戦の貴族どもがゴロゴロいる。お前のショボいホラじゃ一瞬でメッキが剥がれるぞ』

(分かってる! だからこそ、絶対に王宮へ行かずに済む理由をここで作らなきゃならねえ!)


王宮へ行かない正当な理由。

この傲慢な伯爵が絶対に否定し、かつ「今すぐここを離れるわけにはいかない」と全員に納得させる特大の大風呂敷。


俺はゆっくりと立ち上がり、白マントを翻して冷ややかに笑ってみせた。


「……おいおい、ノーザンバーグ伯爵とやら。国王陛下も、随分と気の早い使者を寄越したものだな」


「何だと?」

伯爵の眉がピクリと跳ね上がった。


「参内だと? くくっ……行けるわけがないだろうが。俺が今この場をたった一歩でも離れたら、王都どころか王国全土が今夜のうちに消滅するってのに」


「……消滅だと? 何を寝言を言っている」


「あんた、この神代金の柱が何のためにここに突き刺さってると思ってんだ?」


俺は芝居がかった手つきで神代金の結晶柱を叩き、深遠な声を作って告げた。


「この直下五千メートルの地底湖にはな、一万年前に封印された『終焉の黒龍・ヴォルガノス』の本体が眠っている。この神代金柱は、その邪龍の心臓を大地に縫い止めるための『封印の楔《くさび》』なんだよ。俺は今、二十四時間体制で魔力を注ぎ込み、邪龍の覚醒をギリギリで抑え込んでる最中なんだ!」


倉庫内が静まり返る。

終焉の黒龍。一万年前の封印。完全なる思いつき。居酒屋の与太話レベルのデタラメ。


ベルゼが脳内で拍手を送ってきた。

『出たァァァッ! 古代の邪龍封印設定! 小学生でももうちょい恥ずかしがって言わねえぞ!』


俺はさらに畳み掛ける。伯爵を哀れむような目で見つめ、フッと鼻を鳴らした。


「俺が王宮へ行けば、封印の魔力供給が途切れる。その瞬間、地底から黒龍が目覚め、王都は一瞬で火の海だ。……それでも俺を王宮へ連れて行きたいなら、どうぞご自由に。王国最後の日の責任は、あんた一人で背負うことになるがな?」


完璧な脅し、完璧なホラ話。


ノーザンバーグ伯爵の太った顔面が、屈辱と怒りで真っ赤に沸騰した。

額に脂汗を浮かべ、黄金の親書筒を床に叩きつける。


「……小僧」


腹の底からの、凄まじい怒声が倉庫を揺るがした。


「嘘をつけェェェェェッ!!」


スラムの屋根を吹き飛ばさんばかりの全否定。


「終焉の黒龍だとォ!? 王国の神話体系にそんなトカゲの名など一行たりとも載っておらんわ! 王都の真下に邪龍が封印されているなどという荒唐無稽な戯言、三歳の赤子でも信じんわ! 封印の楔だと? そんな都合のいい化け物が地底に眠っているわけがなかろうがァァァッ!!」


常識に凝り固まった貴族による、百パーセント純度の「強烈な疑念」。


――ドックン……。


大地の底から、世界そのものの鼓動のような重低音が響いた。


「……え?」

伯爵の言葉が途切れる。


ドックン……! ドックン……!


倉庫の床が、まるで巨大な生物の皮膚のように脈打ち始めた。

神代金の結晶柱の根元、石畳の隙間から、ドス黒い紫色の瘴気《しょうき》がブシュゥゥゥと噴煙を上げて噴き出す。


空間が歪み、物理法則が軋み、歴史の真実が伯爵の「眠っているわけがない」という否定を力ずくで粉砕するために、太古の神話ごと書き換えられていく。


「な、なんだ……!? この禍々しい魔圧は……!?」

アルベルト筆頭魔導士が悲鳴を上げ、魔導測定器が次々と破裂した。


グラグラと倉庫全体が激震に見舞われ、結晶柱の直下の地面に、巨大な古代封印魔法陣が赤黒く浮かび上がった。

魔法陣の奥底――遥かなる暗黒の深淵から、王都全土のガラスをビリビリと震わせるような、超巨大生物の唸り声が響き渡る。


『――グォォォォォォォォォッ……!!』


その咆哮一撃で、親衛隊の兵士たちの半分が泡を吹いて気絶した。

漏れ出る瘴気だけで、倉庫の木材が炭のように黒く変色していく。


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」

ノーザンバーグ伯爵は腰を抜かし、尻餅をついたまま床を這いずり回った。


「ほ、本当に……眠っている……!? 神代の邪龍が……王都の真下に……!? この男が抑え込んでいなければ……今の一撃で王都が灰になっていたというのか……!?」


伯爵の瞳から傲慢さは完全に消え失せ、残ったのは自らの愚行に対する極限の恐怖だった。


「お、王宮へなどお連れできるはずがない……! この方を一歩でも動かせば、国が滅ぶ……!」


伯爵は黄金の親書を投げ捨て、床に這いつくばって額を血が出るほど打ち付けた。


「シオン閣下! どうか、どうかその場をお動気になりませんよう! 封印の維持を何卒お願いいたします! 貴方様を王宮へお呼び立てするなどという大不敬、金輪際口にいたしません!」


「あ、いや、分かってくれたならいいんだけど……」


「直ちに王宮へ戻り、国王陛下へ事の次第をご報告いたします! そして――」


伯爵は涙と鼻水を垂らしながら、とんでもない言葉を叫んだ。


「貴方様を動かせぬ以上、国王陛下自らが全閣僚を率い、このスラムの地へ直接【親征・行幸】されるよう、私が全責任を持って上奏いたします!!」


「……は?」


「国家の存亡を背負う英雄を、スラムのボロ屋に放置するわけにはまいりません! 直ちに国費三億ペニーを投じ、この倉庫の周囲を『臨時国家最高防衛特区』に指定! 明日未明より、国王陛下をお迎えするための最高儀礼宮殿の建設を開始いたします!!」


「え、ちょっと待っ――」


「親衛隊、全軍撤退! 陛下の行幸の準備を急げェェェッ!!」


伯爵は転がるように馬車へ飛び込み、脱兎の勢いで王宮へと去っていった。


「…………」


王宮への連行は防いだ。

そして代わりに決まったのは――国王陛下自らが、全閣僚を引き連れてこのボロ倉庫へ直接やってくるという、国家史上最大の異常事態。


『――ぶはっ、ぎゃははははははははッ!!』


肩の上で、ベルゼが倉庫の床を転げ回りながら狂ったように爆笑した。


『王宮行きたくないからって、国王の方をスラムに呼びつけちまったぞォォォッ!! すげえよシオン! お前、一国の王をボロ小屋に呼びつける史上初の無職だ!!』


「嘘だろォォォォォォッ!?」


地底から響く邪龍の脈動音をバックに、俺の悲痛な絶叫が三度響き渡った。

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