第五話:若き天才監察官は、邪悪な企みを見逃さない(※見当違いです)
青白い光を放ちながら倉庫の天井を突き破る、神代金の結晶柱。
その神々しい輝きを前に、俺は頭を抱えていた。
「おいシオン。さっきから王都の上空を、伝令の白鳩がものすごい数で飛び交ってるぞ」
『そりゃそうだろうな。貧民街のド真ん中から、国家予算百倍クラスの魔力光が夜空を突き抜けたんだ。王宮の魔導観測所が蜂の巣をつついたような騒ぎになってないはずがねえ』
肩の上のベルゼが、毛づくろいをしながら他人事のように笑う。
ゴールドマン商会の主席徴収官・ヴァルガスは、「一億ペニーの納税手続きと、二億ペニーの融資枠の確保に行ってまいります!」と狂喜乱舞しながら飛び出していった。
残されたのは、青白く光る巨大な柱と、手持ち現金千二百ペニーの俺。
「お頭……いや、シオン様」
バズが神妙な顔で倉庫の奥から駆け寄ってきた。
「表通りに、王立騎士団の紋章を掲げた白銀の騎兵隊が雪崩れ込んできております。……率いているのは、あの『氷の断罪姫』こと、第二監察部隊長のクラリス卿でございます!」
「断罪姫」
また胃が痛くなるような二つ名が出てきた。
バズの説明によれば、クラリス・フォン・ヴァイスハイトは弱冠十九歳にして王立騎士団の主席監察官を務める超エリート。妥協と不正を一切許さず、これまで数十人の汚職貴族を断頭台に送ってきた「王都で最も潔癖な女」だという。
「シオン様、どうなさいますか? 夜啼鳥の精鋭を伏せさせ、暗殺いたしますか?」
「絶対にやめろ! 騎士団の隊長を殺したら、明日には王国軍の重装歩兵一個師団がスラムを更地にしに来るわ!」
悲鳴を上げている暇すら与えられず、倉庫の入り口が静かに開いた。
カツン、カツン、と白銀の拍車が石畳を鳴らす。
現れたのは、磨き抜かれた純白の甲冑を纏った長身の少女だった。
腰まで届くプラチナブロンドの髪をポニーテールにまとめ、氷のように冷徹な群青の瞳が、倉庫内を鋭く射抜く。腰には王室より下賜されたとされる白銀の細剣。
クラリス・フォン・ヴァイスハイト。
彼女が一歩足を踏み入れただけで、三十人のゴロツキたちが息を呑んで後退りした。
「……成る程。貧民街の外れで異常な魔力反応が観測されたと聞き及んで駆けつければ、なんとも禍々しい光景だな」
クラリスは青白く輝くオリハルコンの結晶柱を見上げ、次いで冷え切った視線を俺へと向けた。
「黒犬商会の拠点に、神話級の古代鉱脈……そして身元の知れぬ不審な男。貴様がこの異常事態の首謀者か」
「い、いやあ隊長さん、誤解でしてね。俺はただの通りすがりの――」
「戯れ言を」
クラリスの細剣が、目にも留まらぬ速さで鞘から滑り出た。
切っ先が、俺の喉仏のわずか一寸手前でピタリと静止する。冷気が皮膚をチリチリと刺激した。
「この結晶から放たれているのは、古代帝国の禁忌とされる高濃度魔導エネルギーだ。これを無許可で励起させる行為は、王国反逆罪および都市破壊未遂に相当する。……貴様、他国の工作員か? この鉱脈を暴走させ、王都中枢を灰燼に帰す密命でも受けていたのか!」
凄まじい思い込みの飛躍だった。
だが、その瞳には一片の揺らぎもない。この女は本気で俺を「国を滅ぼしに来た特級テロリスト」と断定している。
このまま連行されれば、王宮の地下牢で拷問の末に即日処刑だ。
手持ちの金では買収もできない。夜啼鳥による物理的排除も不可能。
切り抜ける方法は、ただ一つ。
この生真面目すぎる女騎士の「正義感」の裏を突く、特大のホラをぶち当てること。
『おいシオン、どうする?』
ベルゼが耳元でヒソヒソと囁く。
『この女、絵に描いたような堅物だぞ。「実は俺は良い奴です」なんて言っても絶対に信じねえぞ』
(分かってる。だからこそ、あいつの『正義の常識』を全否定するような大嘘をぶつけるんだよ)
俺はゆっくりと両手を上げ、喉元の刃を意に介さない風を装いながら、フッと鼻先で冷笑を漏らした。
「……おいおい、王立騎士団の主席監察官ともあろう者が、随分とおめでたい頭をしてるんだな」
「何だと?」
クラリスの群青の瞳に、かすかな怒りの光が灯る。
俺は顎をクイと上げ、まるで愚かな子供を諭すかのような尊大なトーンで言葉を紡いだ。
「都市破壊? 他国の工作員? くくっ、笑わせるな。俺がそんなチンケな破壊工作のために、この神代金鉱脈を目覚めさせたと思ってんのか?」
「……貴様の意図が何であれ、許可なき鉱脈の励起は万死に値する」
「意図、ねえ。あんたたち騎士団が無能だから、俺がわざわざ泥を被ってやってるんだろうが」
俺は一歩前へ踏み出し、わざと喉元を細剣の切っ先に近づけた。
芝居がかった手つきで天を指差し、堂々と大風呂敷を広げる。
「この王都を囲む古代大結界は、すでに魔力枯渇で崩壊寸前なんだよ。あと三日で王都全土の防護結界が消滅し、外縁の魔獣数万匹が一気に雪崩れ込んでくる。……俺はこの神代金のエネルギーを結界の心臓部へ直接流し込み、王都の結界を永久機関として再起動させるために、命がけで作業をしてたのさ!」
倉庫内が静まり返る。
王都結界の崩壊危機。あと三日で魔獣襲来。完全なるデタラメ。今朝思いついた出任せの極致。
ベルゼが脳内で歓声を上げた。
『出たァ! 国を救うための極秘ミッション! そんな都合のいい危機があるわけねえだろ!』
俺は薄笑いを浮かべ、クラリスを挑発するように睨みつけた。
「どうだ、お嬢ちゃん。俺を斬るか? 俺を殺せば、三日後に王都の民数十万が魔獣の餌食になるだけだがな!」
クラリスの白い頬が、屈辱と激怒で朱に染まった。
細剣を握る白銀の籠手が、ギリギリと音を立てて軋む。
「……貴様」
氷の監察官の口から、怒気に満ちた叫びが迸った。
「嘘をつけェェェェッ!!」
倉庫の壁を震わせるほどの全否定。
「王都の古代結界が崩壊寸前だとォ!? 王立魔導院の結界管理班からそのような報告は一切上がっていない! 三日後に魔獣が雪崩れ込んでくるなど、あり得ない妄言だ! 神代金のエネルギーを結界に流し込むなどという無茶な術式、一介の浮浪者に扱えるわけがなかろうがァァァッ!!」
常識と論理に裏打ちされた、完璧なる「完全否定」。
――ゴオオオオオオッ!!
大気が激しく震動した。
倉庫の中央にそびえる神代金の結晶柱から、眩いばかりの金色の光柱が吹き上がり、天井を突き破って王都の天空へと一直線に突き刺さった。
「な……何が起きた!?」
クラリスが剣を構え直して空を見上げる。
王都の上空。
遥か雲の上の虚空に、巨大な魔法陣が幾重にも展開し、ガラスが割れるような凄まじい破砕音が響き渡った。
パキィィィィン……!
王都を覆っていた「既存の結界」が、耐用限界を迎えていたかのようにボロボロと剥がれ落ちていく。
そして次の瞬間、神代金から供給された莫大な黄金の魔力が、剥がれ落ちた結界を瞬時に呑み込み、より巨大で、より強固な「神話級の永久多重防護結界」へと強制的に上書き・再構築していったのだ。
空全体が黄金色の幾何学模様で覆われ、王都中の人々が空を見上げて息を呑む光景が、ここからでも容易に想像できた。
「ば……馬鹿な……!?」
クラリスの細剣が、カランと音を立てて石畳へ落ちた。
彼女は白銀の手甲で口元を覆い、ガタガタと震えながら空と俺を交互に見つめた。
「ほ、本当に……結界が限界を迎えていた……!? 魔導院の観測をすり抜けていた亀裂を、この男は一人で見抜き……自らの手で修復したというのか……!?」
クラリスの群青の瞳から、疑念と警戒が完全に消え去っていた。
代わりに浮かび上がったのは、自らの浅慮を恥じる激しい後悔と、深遠なる救世主に対する畏怖の念。
「お、私は……なんという無礼を……! 貴方様は、自らの命と財を投げ打って、陰ながら王都の数十万の民をお救いくださっていたのですね……!」
ドサリ、と重い金属音が響いた。
あの「氷の断罪姫」が、誇り高い白銀の甲冑のまま、俺の足元へ片膝をつき、深々と頭を垂れていた。
「え、いや、あの、隊長さん?」
「クラリスとお呼びください、尊き救世の魔導士様! 貴方様のような真の義士を愚弄した我が罪、万死に値します! このクラリス、命に代えても貴方様とこの神代金鉱脈を、邪悪な横槍からお守りいたします!」
「いや、守らなくていいから立って――」
「直ちに王立騎士団第二部隊の全兵力をここに駐留させ、不審者の接近を一切遮断いたします! また、結界再構築の英雄として、国王陛下への拝謁と特別国家功労賞の授与を、私が責任を持って上奏いたします!!」
「国王陛下に拝謁!?」
思わず裏返った声が出た。
スラムの小悪党が国王に拝謁などしたら、身元照会で一発アウト、即座に大逆罪で首が飛ぶ。
「や、辞退したいんだけど……!」
「どこまでも謙虚であらせられるのですね……! ですがご安心を! このクラリスが、貴方様の名誉を必ずや国中に知らしめてみせます!」
恍惚とした表情で立ち上がり、意気揚々と騎士団へ指示を飛ばしに行くクラリス。
倉庫の外からは、「英雄殿をお守りせよ!」「スラム全域の警戒を最高レベルに引き上げろ!」という騎士たちの勇ましい号令が響き渡る。
「…………」
俺の手元には、相変わらず千二百ペニー。
そして増えたのは、王立騎士団による二十四時間の完全監視(※本人は護衛のつもり)と、国王陛下への強制謁見ルート。
『――ぎゃはははははははッ!!』
肩の上で、ベルゼが涙を流して転がり回っていた。
『逃げ場ゼロだぞシオン! 外は騎士団、上は国王、下は一億ペニーの税金! どうすんだよ王都を救った大英雄様ァ!!』
「嘘だろォォォォォッ!!」
黄金色に輝く空の下、俺の悲鳴は誰にも届かずかき消された。




