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パラドクス・ライ~「そんなわけあるか」と怒鳴られたら現実になる能力のせいで、悪党になれない~  作者: 秋葉 詩
第3章:隣国侵攻・ハッタリ防衛編

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第十六話:天を焦がす終末の業火は、ピザが一番美味しく焼ける温度である

極楽温泉が開湯したからといって、無職の懐が温まるわけではない。


「シオン総督閣下、本日の温泉郷の入湯者数は三万人を突破いたしました。なお、公金管理規定に基づき、閣下の入湯料につきましては一般市民と同様に一回五十ペニーをお支払いいただく規則となっております」

「……俺が開湯した温泉なのに?」

「はい! 公私混同を一切許さぬ閣下の高潔な理念を反映した規則でございます!」


白銀の甲冑を着たクラリスが、一点の曇りもない笑顔で胸を張る。

執務室の窓からは、湯煙が立ち上る巨大な露天風呂と、市民たちに背中を流してもらって『キュイ〜』と喉を鳴らす巨大モグラの姿が見えていた。


手持ち現金、千百五十ペニー。

風呂に一回入れば千百ペニーに減る。

年間三十億ペニーの観光利権を生み出した男が、入湯料五十ペニーをケチって執務室の冷水で顔を洗っている。


『ぎゃはは! 清廉潔白すぎて自分の作った風呂にも入れねえ最高総督様! 一生ドブ水で体拭いてろ!』

肩の上の黒猫が、温泉街名物の温泉まんじゅう(差し入れ)を前足で転がしながら腹を抱えて笑う。


「笑うなベルゼ。俺は今夜こそ、この隙だらけの厳重警備をすり抜けて夜逃げするんだ。千百五十ペニーあれば、隣町の安宿に一泊してパンを食うくらいは――」


決意を固めた瞬間、王都の青空が真紅に染まった。


――グォォォォォォォォッ!!


大気を引き裂くような高熱の風が吹き荒れ、執務室の窓枠が熱で軋む。

空を見上げると、太陽が二つに増えたかのような超巨大な火球が、王都の上空に浮かび上がっていた。


ドガァァァァン!!


火球が弾け、炎の中から全長三十メートルを超える漆黒と真紅の巨鳥が翼を広げた。

全身を包むのは、触れたもの全てを一瞬で蒸発させる神話の炎。漏れ出る熱気だけで、王都の外壁の石組みが赤く溶け始めている。


『――愚かなる人間どもよ!』


炎の巨鳥の口から、大気を震わせる灼熱の咆哮が響き渡った。


『我は終焉の黒龍ヴォルガノス様が第二の使徒――天焦の業火鳥・ヘルフェニックス! 第一の使徒ベヒモスを謀略で封じた貴様らの浅知恵、我が地獄の劫火《ごうか》で都ごと灰燼《かいじん》に変えてくれるわ!』


悲鳴を上げて逃げ惑う市民たち。

温泉の湯が一瞬で沸騰し始め、クラリスが即座に抜剣してシオンの前に立ちはだかる。


「シオン閣下! あれは神話に記された終末の業火……! 触れるだけで王都全土が火の海と化します!」


エルンストも血相を変えて執務室に駆け込んできた。

「閣下! 迎撃魔導部隊の氷結結界では防ぎきれません! 熱量が桁違いです!」


見上げる空には、今にも王都へ降り注ごうとしている巨大な火炎弾の嵐。

直撃すれば、俺も、クラリスも、千百五十ペニーの財布も、一瞬で原子レベルに分解されて消滅する。


(クソッ、地底のトカゲめ、眷属を温泉にされたのがそんなに悔しかったのか!?)


『おいシオン!』

ベルゼが耳元で叫ぶ。

『あの鳥、全身が数千度の炎の塊だぞ! 水鉄砲の嘘じゃ蒸発して終わりだ! どうする!?』


(数千度の炎……触れれば即死の熱量……)


俺の詐欺師としての直感が、極限の恐怖の中でフル回転した。

消火しようとするから無理が生じる。

あの超高熱を、誰もが予想しない「別の用途」へ丸ごとすり替えてやればいい。


俺は窓枠に足をかけ、総督マントを熱風になびかせながら、王都の上空へ向かって大声でせせら笑った。


「……くくっ、あっはっはっは! おいおい、空飛ぶ焼き鳥野郎! 朝から随分と景気よく火を熾《おこ》してるじゃねえか!」


『何だと、羽虫が!』

ヘルフェニックスの三対の紅蓮の瞳が、俺を焼き殺さんばかりに焦点を合わせる。


「おい、地獄の業火鳥だか何だか知らねえがな。あんた、自分の体温が何のためにあるか知ってんのか?」


『我が炎は全てを滅ぼす終末の熱量ぞ!』


「滅ぼす? くくっ……笑わせるな! お前は破壊の鳥なんかじゃない。太古の宮廷料理人たちが、極上のナポリ風ピザを五秒で焼き上げるために開発した【全自動・神代薪窯《まきがま》ヒートポンプ】なんだよ!」


王都全体が、静まり返った。

剣を構えていた騎士たちも、逃げ惑っていた市民も、そして空に浮かぶ巨大な業火鳥もポカンと動きを止めた。


ベルゼが脳内で狂乱のツッコミを叩き込んでくる。

『薪窯ヒートポンプだァ!? 神話のフェニックスを厨房家電扱いする奴があるかァ!!』


俺は構わず、胸を張って王都の空を指差した。


「いいか! お前の体内温度――摂氏五百度はな、外側をカリッと香ばしく、内側をモチモチに焼き上げるための完全黄金比なんだよ! そしてお前の翼から出る熱風は、王都全土の家庭に温水を届ける【セントラルヒーティング熱源】! お前が本気で熱を循環させれば、王都の冬の暖房費は永久にタダになり、焼き立てのマルゲリータが市民全員に配給されるのさ!」


完全なる出任せ。

神話の破壊神に対する、史上最悪の侮辱。


ヘルフェニックスの全身の炎が、怒りと屈辱で青白くスパークした。

翼を激しく羽ばたかせ、王都を揺るがす大絶叫が炸裂する。


『嘘をつけェェェェェッ!!』


神話の怪鳥の喉奥から放たれた、純度百パーセントの「絶対否定」。


『我は世界を焼き尽くす滅びの化身ぞ! ピザ窯ヒートポンプだとォ!? 我が神聖なる業火がマルゲリータを焼くための温度なわけがなかろうがァ! 暖房費がタダになるなど、熱力学と終末神話を愚弄した狂人の妄言だ! そんな都合のいい調理器具になるわけがなかろうがァァァッ!!』


一片の迷いもない。

神話の怪鳥による、完璧なる「全否定」。


――ビキビキビキィィィッ!!


天が割れた。

因果律の鎖が爆砕し、世界の法則がヘルフェニックスの「そんなわけがあるか」という否定を力ずくで叩き折るために、怪鳥の生体構造と王都の地下配管網を過去から丸ごと書き換えていく。


『ギャ……ギャアアアアッ!?』


ヘルフェニックスが突如として空中で丸まった。


ガシャン! ゴゴゴゴゴッ!


その巨大な胴体が、耐熱レンガを幾重にも積み重ねたような半球形のドーム構造へと変形。

翼は巨大な排気ダクトと熱交換パイプへと接続され、口からは破壊の火炎弾ではなく――完璧な温度に保たれた遠赤外線のクリーンな熱風がゴォォォと吹き出す。


ズドォォォン!!


変形した巨大ピザ窯鳥(元・業火鳥)は、王都中央広場の温泉のすぐ隣にズシリと着地。

直後、地面から自動で伸びてきた地下温水パイプがその背中にガッチリと接続され、王都中の住宅の煙突から、ポカポカとした心地よい温風が立ち上り始めた。


『――ピピッ♪ 予熱完了。庫内温度五百度を維持。これよりピザ生地の投入を受け付けます♪』


可愛らしい電子音とともに、巨大な窯の投入口がパカッと開いた。


「…………」


静まり返る王都。

漂うのは、破壊の焦熱ではなく、どこか香ばしい焼きたてパンのような芳香。


市民の一人が恐る恐る、持っていた小麦粉の生地とトマトソース、チーズを投入口へ差し入れた。

シュゥゥゥ……。

わずか五秒後。

投入口から、完璧な焼き目のついたトロトロのチーズピザが、香ばしい湯気を立てて押し出されてきた。


「う……うまい! 外はパリパリ、中は信じられないほどモチモチだ!」

「家の中が……寒かった部屋が一瞬で暖かくなったぞ!」

「暖房用の薪《まき》が要らなくなった! 生活費が浮くぞォォォッ!!」


広場中から湧き上がる割れんばかりの大歓声。

巨大なピザ窯と化したフェニックスは、次々と投入されるピザ生地を嬉しそうに焼きながら、『ピュイ〜』と満足げに煙突から煙を吐いている。


「…………」


クラリスが感涙を流し、執務室の床に跪いた。

「な、なんという深謀……! 天を焦がす脅威を、王都全土の無償エネルギー網と食の歓喜へと転換されるとは……! 閣下、この熱供給システムにより、王国の年間光熱費削減効果は五十億ペニーに達します!」


エルンストも両手を広げて叫んだ。

「直ちにこの施設を『シオン王立ピザ&セントラルヒーティングプラント』に指定し、閣下を【国家熱エネルギー最高管理総監】に任命いたします!!」


「また肩書きが増えたァァァッ!?」


「…………」


手持ち現金、千百五十ペニー。

消えたもの――終末の業火の脅威。

増えたもの――国家全土の熱供給責任と、巨大ピザ窯への小麦粉配給義務。


『――ぶっ、ぎゃはははははははははははッ!!』


肩の上で、ベルゼが焼きたてのピザの切れ端を器用に前足で頬張りながら大爆笑した。


『最高だ! 最高すぎるぞシオン! 神話のフェニックスを薪窯に変えちまいやがったァァァッ! どうすんだよ大陸一のピザ職人様ァ!!』


「嘘だろォォォォォォッ!?」


香ばしいチーズの匂いが漂う王都の空へ、俺の悲痛な絶叫が八度木霊した。

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