↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラドクス・ライ~「そんなわけあるか」と怒鳴られたら現実になる能力のせいで、悪党になれない~  作者: 秋葉 詩
第3章:隣国侵攻・ハッタリ防衛編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/27

第十二話:帝国宰相は、キャベツの収穫報告書を信じない

大陸最強の軍事国家ガルディニア帝国の帝都――。

黒鉄と巨石で築かれた帝国参謀本部の作戦指令室は、氷点下のような静寂と重苦しい殺気に包まれていた。


巨大な円卓の中央に広げられた大陸地図。

その上座に立つのは、帝国宰相エルンスト。

冷徹無比な知謀で数々の小国を併合してきた男は、手元に届けられた前線からの緊急軍事報告書を握りしめ、眉間を限界まで寄せていた。


「……参謀長。もう一度、この報告書の内容を読み上げろ」


地を這うような宰相の低音に、冷や汗を流す参謀長が一歩進み出る。


「は、ハッ! 国境を突破したゴルツ将軍率いる第三機甲師団より、暗号通信! ……『我が機甲師団は王国の迎撃部隊と接触。全車輌の戦闘モードを解除し、高原キャベツ四万玉、ならびに聖光大根十万本の作付けを完了せり。現在、土壌の保水性極めて良好。追伸、来週よりジャガイモの収穫に入るため、本国より追肥と出荷用木箱十万箱の至急送付を求む』……以上であります!」


「…………」


沈黙。

円卓を囲む帝国軍の将官数十名が、息をすることすら忘れて硬直していた。


「……貴様らは、我が帝国を愚弄しているのか?」


エルンストの眼鏡の奥の瞳が、青黒い怒りの光を帯びる。


「第三機甲師団といえば、我が帝国が国家予算の三割を投じて建造した重魔導戦車百両を擁する無敵の鉄の槍だぞ。それが……国境を越えた途端に農業を始めたと? 大根だと? キャベツの出荷用木箱を請求してきただとォ!?」


ドガァン! とエルンストが拳で円卓を叩き割らんばかりに打ち据えた。


「ゴルツが寝返ったのか!? それとも精神汚染魔法による大規模な幻惑か!?」


「い、いえ! 魔導波観測所の報告によれば、精神干渉の波長は感知されず! ただ……王国軍最高顧問シオン・クローデルが前線に立ち、一言発した瞬間、我が軍の戦車がひとりでに変形し、荒野を耕し始めたとのことです!」


「シオン・クローデル……!」


エルンストはその名を口にしただけで、奥歯がギリリと軋むのを感じた。

先代宰相バルフォアのクーデターを一手で未然に防ぎ、油田利権を底値で奪い去り、今度は帝国の最強機甲部隊を戦わずして百姓に仕立て上げた男。


「……恐るべき男だ。力による破壊ではなく、兵器の概念そのものを書き換え、我が国の武力を無力化させた上で、将来の食糧自給の生命線として人質に取ったというわけか」


エルンストはゾッとするような悪寒を背筋に覚えた。

戦わずして勝つどころか、敵の戦力をそのまま自国の生産基盤に組み込むなど、古今東西の兵法書のどこにも載っていない神域の知略だ。


「武力による正面衝突は悪手だ。あの化け物は、こちらの攻撃の圧力をすべて自らの利益へと転換してしまう。……参謀長、直ちに『影の枢密院』を招集せよ」


「影の枢密院……! 帝国最高の情報・暗殺機関を動かすのですか!?」


「そうだ。あの怪物を内部から切り崩す。どれほど神話級の智謀を持とうと、所詮は人の身。……帝国最高の潜入工作員『千の顔を持つ毒蛇』を王都へ潜入させ、シオンの弱みを握り、首を獲れ」


エルンストの冷酷な瞳が、暗い闘志に燃え上がっていた。


――その頃。

帝国の宰相が「神域の智謀の怪物」と恐れ慄いていたシオン・クローデルは。


「――おい! 誰かこのキャベツをどうにかしろォォォッ!!」


王都のスラムに設置された国家最高顧問執務室で、俺は天井まで積み上がった野菜の木箱の山に埋もれて絶叫していた。


「シオン閣下! 国境の営農機甲師団より、今朝採れたての高原キャベツ第一陣、三万玉が届きました!」

白銀の甲冑を纏ったクラリスが、満面の笑みで巨大なキャベツを抱えて入ってくる。

「信じられないほど甘く、みずみずしい極上品です! 市場に流せば一玉百ペニーは下りません! さすがはシオン閣下、王都の食糧供給までも一手で潤されるとは!」


「潤さなくていいから廊下に積むな! 部屋に入れないだろ!」


部屋中が青臭い野菜の匂いで充満している。

机の上には、国境のゴルツ将軍から届いた『来期のジャガイモ輪作計画書』と、十万人の降伏兵への『作業用長靴支給申請書』。


『おいシオン、朝飯にキャベツの千切りはどうだ? 一生分食えるぞ』

肩の上でベルゼが腹を抱えて笑っている。


「笑い事か! 俺の手持ちの金、今朝バズに塩を買いに行かせて千百五十ペニーに減ってんだぞ! なんで数十億ペニーの経済動かしてる男が、千ペニーちょっとの金で日々のパンを心配しなきゃならねえんだ!」


『ぎゃはは! キャベツを換金すりゃいいじゃねえか』


「公金を私服に突っ込んだら一発で汚職官僚として断頭台行きだろ! 俺は小悪党であって横領犯じゃねえ!」


頭を抱えて机に突っ伏していると、執務室の窓をコンコンとノックする音がした。

二階の窓だ。

カーテンを開けると、そこには鳥の仮面をつけた『夜啼鳥』の暗殺者が、音もなく梁にぶら下がっていた。


「……我が主。ご報告がございます」


「今度は何だ。大根の追加か?」


「いえ。……帝都より、帝国宰相エルンスト直属の特級潜入工作員『千の顔を持つ毒蛇』が、商人になりすまして王都へ侵入したとの情報を掴みました。すでに貴族街の高官や商人に接触し、主の『正体と弱点』を探るべく暗躍を開始しております」


空気が一瞬で引き締まる。

クラリスが即座に細剣の柄に手をかけた。


「帝国のスパイ……! シオン閣下の命を狙う刺客ですね。直ちに騎士団を総動員して王都全土の検問を――」


「待てクラリス」


俺はキャベツの山から顔を上げ、冷や汗を拭いながら手で制した。

騎士団を動員して捕まるような相手なら、わざわざ夜啼鳥が報告してくるはずがない。


そして何より――『俺の正体と弱点を探っている』という言葉が、俺の胃を強烈に痛めつけた。

俺の正体。それはただの「無職で戦闘力ゼロの貧乏詐欺師」。

そんなものがバレたら、帝国に殺される前に王国中から「嘘つき野郎」として吊るし上げられる。


(絶対に……絶対に本性を悟られるわけにはいかねえ……!)


『おいシオン、どうする?』

ベルゼが耳元でニヤリと目を光らせる。

『相手は変装と情報収集のプロだぞ。お前の化けの皮を剥ぎに来る気満々だ』


「…………」


俺は深いため息をつき、千百五十ペニーの革袋を懐で弄びながら、不敵な笑みを作って立ち上がった。


「ベルゼ。詐欺師の基本を教えてやるよ」


『あァ?』


「相手が真実を暴こうと必死になってる時ほど、一番デカい嘘が刺さるのさ。……帝国のスパイさん、俺の『正体』が知りたくてたまらないんだろ? なら、死ぬほど後悔するようなデタラメを掴ませてやるよ」


手元には、山積みのキャベツと、千百五十ペニー。

王都の影で蠢く帝国の最精鋭スパイを迎え撃つため、シオンの次なるハッタリの罠が静かに動き出そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。