第十一話:最新鋭の魔導重戦車は、大地を耕すために生まれてきた(※兵器です)
王国の西方国境、緑豊かな平原の地平線が、真っ黒な噴煙で覆い尽くされていた。
ズズズズズ……と大地を揺るがす無数の無限軌道の駆動音。
現れたのは、ガルディニア帝国が誇る最新鋭の鉄の怪物――『重魔導戦車ギガント』百両からなる第三機甲師団だった。
漆黒の重装甲に覆われた巨体、突き出された大口径の魔導主砲。一両で一軍を粉砕すると恐れられる大陸最強の地上兵器群が、完璧な戦闘陣形を組んで地平線を埋め尽くしている。
一方、それを迎え撃つ王国側の防衛線。
「シオン閣下! 我が近衛騎士団、ならびに国境守備隊の全軍三千、配置完了いたしました!」
白銀の甲冑を輝かせたクラリスが、凛々しい敬礼とともに報告を上げてくる。
「閣下の神算鬼謀があれば、帝国の鉄屑どもなど物の数ではありますまい! 全軍、閣下の初手のご命令をお待ちしております!」
「…………」
俺は本陣に設営された指揮高台の上で、冷たい風に吹かれながら遠い目をしていた。
「なあベルゼ。あっちの戦車、一発撃たれたらどうなる?」
『どうなるも何も、この丘ごと消し飛んで俺たちミンチだな。肉片すら残らねえぞ』
肩の上の黒猫は、優雅に前足で耳を掻きながらケラケラと笑っている。
手持ち現金、千百八十ペニー。
手渡されたのは全軍指揮杖。
もちろん、俺には軍事の知識など欠片もない。
帝国軍の先頭に立つ特大指揮戦車のハッチが開き、筋骨隆々の巨漢将軍が姿を現した。
胸元に無数の勲章を下げ、巨大な軍刀を掲げる男――第三機甲師団長、鉄壁のゴルツ将軍。
将軍は拡声魔導具を使い、雷鳴のようなドスの利いた声を平原中に響かせた。
「王国の無能どもよ、聞けい! 我らはガルディニア帝国第三機甲師団! 貴様らが不当に独占する神代金鉱脈および油田利権を接収しに参った! 無駄な抵抗をやめ、即刻無条件降伏せよ! さもなくば、最新鋭魔導戦車の砲火でこの平原ごと貴様らを焼き尽くすのみ野郎ども砲身を向けよ!」
ギギギ……と百両の魔導戦車の主砲が一斉に持ち上がり、照準が俺たちの本陣へと向けられる。
王国軍の兵士たちが青ざめ、喉を鳴らした。
クラリスが剣を抜き、死を覚悟したような澄んだ瞳で俺を見つめる。
「シオン様、突撃の合図を。我が命、貴方様に捧げます!」
(捧げるな! 突撃したら三秒で全員消し炭だろ!)
逃げ場はない。
戦力差は絶望的。
正面から戦えば一〇〇パーセント全滅。
ならば、やることは一つしかない。
あの歴戦の軍人特有の「自慢の最新兵器への絶対の自信」を、根底から踏み躙るような特大のデタラメをぶつけること。
『おいシオン、何にする?』
ベルゼが耳元でニヤリと笑う。
『「お前らの戦車の主砲は全部飴細工だ」とか言うか?』
(ダメだ、そんなメルヘンな嘘じゃあいつは笑い飛ばして即座に撃ってくる。奴らが本気で激怒し、心底から否定したくなるような侮辱的なホラを叩き込むんだよ)
俺は指揮杖を放り捨て、わざとらしく両手を広げて大笑いしながら、防壁の最前線へと歩み出た。
「……くくっ、ははははは! あっはっはっはっは!」
静まり返る戦場に、俺の場違いな嘲笑が響き渡る。
ゴルツ将軍が眉をひそめ、双眼鏡で俺を睨みつけた。
「何がおかしい、小僧! 恐怖で気が触れたか!」
「気が触れた? まさか! あんたがあまりにも哀れで笑っちまっただけさ、ゴルツ将軍!」
俺は魔導拡声器を奪い取り、平原の全軍に聞こえる大音声で言い放った。
「最新鋭魔導重戦車だと? 帝国軍の最高傑作? くくっ……笑わせるな! あんた、帝国工廠の奴らに完全に騙されてるぜ!」
「……何だと?」
「その戦車はな、兵器なんかじゃない。旧帝国の超高性能・全自動耕運機を、外側だけ黒く塗って誤魔化しただけの【農業用トラクター】なんだよ!」
平原全体が凍りついた。
帝国軍十万人、王国軍三千人、全員がポカンと口を開けた。
ベルゼが脳内で腹を抱えて暴れ回る。
『出たァァァッ! 最新鋭戦車が実はトラクター設定! 軍人が一番ブチ切れるタイプの侮辱だァ!』
俺は構わず、鼻の穴を膨らませて煽り立てた。
「あんたらの戦車はな、戦闘モードに入って魔力を注ぎ込みすぎると、安全装置が誤作動して本来の『農地開墾モード』に強制移行する欠陥品なんだよ! 主砲からは大根の種が発射され、キャタピラは土を耕し、装甲からは有機肥料が撒き散らされる! ……まあ、農作業がお似合いの帝国軍にはピッタリのポンコツだがなァ!」
沈黙。
そして次の瞬間、ゴルツ将軍の顔面が、人間の限界を超えた紫黒色へと沸騰した。
額の血管が破裂せんばかりに浮き上がり、軍刀を抜いて天へと振り上げる。
「……貴様」
大地を叩き割るほどの、凄まじい大絶叫が炸裂した。
「嘘をつけェェェェェッ!!」
平原の草木がビリビリと震える完全否定。
「農業用トラクターだとォ!? このギガントは帝国の英知と国家予算の三割を注ぎ込んだ無敵の決戦兵器だァ! 主砲から大根の種が出るわけがなかろうがァ! 全自動耕運機などというふざけた欠陥品であるものか、デタラメ抜かすのも大概にしろォォォッ!!」
生涯を戦車開発と機甲戦術に捧げてきた歴戦の将軍による、純度一〇〇パーセントの「絶対なる疑念」。
――カチャリ。
世界の因果律が、音を立てて狂い咲いた。
理が軋み、空間がねじれ、歴史と工学の真実がゴルツ将軍の「そんなわけがあるか」という常識をへし折るために、帝国工廠の過去の設計図を丸ごと書き換えていく。
「全車、撃てェェェッ! あのホラ吹き小僧を跡形もなく吹き飛ばせェェェッ!!」
ゴルツが狂乱の号令を下した、その瞬間だった。
ピポパポポポン!
百両の魔導戦車の内部から、場違いにも程がある軽快な電子音が大音量で鳴り響いた。
『――ピンポンパンポーン♪ 過剰魔力を検知しました。これより緊急農地開墾プロトコルを開始します。本日の作付け推奨作物は【高原キャベツ】および【聖光大根】です♪』
「な……何だこの音声はァ!? おい、発射ボタンが利かんぞ!?」
「しょ、将軍! 操縦桿が勝手に動いて――うわあああっ!?」
ガシャン! ギギギギギッ!
百両の漆黒戦車が一斉に変形を開始した。
重装甲が左右にパカッと開き、中から巨大な回転式クワと土壌改良用ローラーが飛び出す。
そして天を睨んでいた大口径主砲が自動で地面へと向けられた。
ポスッ、ポスッ、ポスッ、ポスッ!!
主砲から放たれたのは、破壊の閃光ではなく――真っ白なカプセルに包まれた無数の超高級種子。
同時に戦車後部の排気口から、プシューッと極上の有機培養肥料が霧状に散布される。
ドガガガガガガガッ!!
百両の戦車は制御を完全に失い、恐るべき時速八十キロの猛スピードで平原を縦横無尽に疾走。
荒れ果てていた国境の荒野を、ミリ単位の狂いもなく美しく耕し、畝を作り、種を蒔き、肥料を撒いていく。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!? 止まれ! 止まってくれェェェッ!」
「将軍! 土が……土が物凄くフカフカになっていきます!」
「主砲の自動装填装置が、秒間三百発のペースでジャガイモの苗を植え付けておりますぅぅぅっ!!」
阿鼻叫喚の帝国軍。
わずか十分後。
そこには、戦火に怯える戦場など影も形もなかった。
見渡す限りの地平線に広がっていたのは、大陸史上最も完璧に整備された、総面積数千ヘクタールに及ぶ超巨大・全自動有機農場だった。
「…………」
静まり返る戦場。
呆然と立ち尽くす王国兵三千人。
ゴルツ将軍は変形したトラクターの運転席から這い出し、フカフカに耕された土の上にへたり込んだ。
「ば……馬鹿な……。我が機甲師団が……一発も撃たずに……世界最大の農地を開墾してしまった……!?」
ゴルツは震える手で足元の黒土をすくい上げ、立ち尽くす俺を見上げた。
その瞳には、完全な敗北感と、神の領域の農政改革に対する畏怖が満ちていた。
「お、恐るべし……王国最高顧問シオン……! 戦わずして敵の全戦力を奪い、あまつさえ我が国の最重要課題であった『食糧自給問題』を一瞬で解決する肥沃な農地を作り上げるとは……!」
ドサリ。
敵の総司令官が、泥まみれの軍服のまま平伏した。
「参った……! ガルディニア帝国第三機甲師団、これより戦闘を全面放棄し、この農場の【専属営農管理部隊】として貴国に降伏いたします! どうか、収穫物の分配契約を結んでいただきたいッ!!」
「え、営農管理部隊……?」
クラリスが歓喜の涙を流して剣を天に掲げた。
「全軍、勝鬨を上げよ! シオン閣下の奇跡の戦略により、血を一滴も流さず帝国軍を武装解除し、我が国は大陸最大の穀倉地帯を手に入れたぞォォォッ!!」
「「「シオン閣下万歳! 万歳!!」」」
湧き上がる大歓声。
手に入れたもの――世界最強の全自動農場と、十万人の帝国兵による農作業労働力。
「…………」
俺の手持ち現金、千百八十ペニー。
消えたもの――帝国軍の軍事的脅威。
増えたもの――数千ヘクタールの農地管理責任と、十万人の降伏兵への給食配給義務。
『――ぶっ、ぎゃはははははははははははッ!!』
肩の上で、ベルゼが転がり落ちて耕されたばかりの黒土の上で泥まみれになりながら大爆笑した。
『最高だ! 最高すぎるぞシオン! 攻め寄せてきた敵の戦車隊を、まるごと百姓に転職させちまったァァァッ!! どうすんだよ大陸一の大地主様ァ!!』
「嘘だろォォォォォォッ!?」
フカフカの大地に向かって、俺の悲痛な絶叫が五度木霊した。




