第9話 ダンジョンと種子
わたくし、ゴーレムなどの土や石で作られたモンスターや、ゴーストなどの実体を持たないモンスターは、相手にしたくないのです。
だって聖水――血をしぶかないではありませんか。
なぜわたくしがそんなことを考えているのかと言うと、今わたくしの前に貼られている依頼の紙に、そういう類のモンスター退治依頼しかないからです。
ああっ!
せっかくのお休みの日だというのに! 聖水をこの身に浴びたいのに!
そんな風に悶えておりますと、西の冒険者ギルドのマスターが一枚の紙を新たに貼り付けました。
なんと、そこにはわたくしにうってつけの、温かい聖水をまき散らす類のモンスターの名前が記されておりました!
名前はオーガ。
巨大な体躯を持ち、太い四肢で暴れ、捕まえた人間をその大口でむさぼり食う厄介な相手ですわ
ゴブリン族よりもはるかに強く、並大抵の戦士では太刀打ちできないモンスターと言えるでしょう。
でも、相手にとって不足はありません。まあ、背丈が高いせいで頭を狙いにくいという意味では不足なのですが、この際ぜいたくは言ってられませんからね。
わたくしがその紙を前に心の中でガッツポーズをしていると、知り合いの冒険者がそばにやってきました。
「エリスさん、その依頼を受けるつもりか?」
「ええ、もちろん」
ちらっと依頼の紙を見てわたくしに声をかけてきた彼に、即答します。
「オーガか。なかなかの強敵だな。おそらくレッサーオーガもそれ以上にいるだろう。今ある依頼の中では一番の難易度だろうな。エリスさんが参加してくれるならありがたい」
彼は他に選別すべき仲間を頭の中で考えているのか、口を閉ざして依頼票を眺めはじめました。
わたくしも、もう一度その紙に書かれた依頼の仔細に目を通します。
敵はオーガ、それとレッサーオーガが予想され、報酬にも不満はありません。
気になるのは、場所がダンジョンということでしょうか。
ダンジョンは遺跡とは違い、まさにモンスターのために存在する場所。
エネルギーの詰まった一粒の種子が地に埋まり、それが大きくなって地中に根を張り、その根がやがてダンジョンという地下の回廊を生み出します。
種子は同時にエネルギーが尽きるまでモンスターも生み出し続け、やがてモンスターの住処と化すのです。
地上にはびこるモンスターは、そのほとんどがダンジョンから這い出してきたものだと言われています。
遺跡ほど広くはなく、悪質なトラップもないのが救いではありますわね。
「こちらからダンジョンに挑むのは久しぶりですね」
「ああ、斥候の報告によると、どうやら出来て間もないダンジョンのようだからな。種子がエネルギーを出し切る前に、壊しておきたい」
「そうですわね。オーガや取り巻きのレッサーオーガが増え続けるとなると、こちらの被害も大きくなりそうですし」
モンスターを生み尽くして空っぽになった種子も、そうなる前に破壊された種子も、最終的にダンジョンごと土に還ります。
ただ、種子を破壊した時、中にエネルギーが残っていると綺麗な結晶となって場に残ることがあります。
それは高値で買い取ってもらえる可能性があるので、一部の冒険者はダンジョン攻略を主ななりわいとしているようですわね。
「よし、メンバーは決まった。今から声をかけてくる。エリスさんは準備を頼む」
「承知しましたわ」
とはいえ、わたくしはもうすでに準備万端なので特にすることはないのですが、念のため装備品や携帯品のチェックをしておきましょう。
やがて、オーガがはびこるダンジョンに挑めるだけの、腕にある程度の自信を持つメンバーがわたくしを合わせて六人集まりました。
わたくしの目から見ても、人選に不満はありません。
これなら依頼を無事に遂行することが出来るでしょう。
わたくしたちはさっそく、ダンジョンへと向かうことにしました。
◇◆◇◆◇
ダンジョンに到着したわたくしたちは、報告にあった入口から侵入を試みました。
久しぶりに入ったダンジョンは、オーガを生み出しているからかかなり道も広く、二人くらい並んでも武器を振り回すのに支障はなさそうです。
前衛の一人は、もちろんわたくし。
間もなく、侵入に気づいたモンスターたちがやってきます。
オーガ、そしてレッサーオーガ。
猛る食人鬼が、牙を剥いて襲い掛かってきました!
わたくしがオーガを、仲間の戦士がレッサーオーガを迎え撃ちます。
もちろん何かあれば、後方の四人がバックアップしてくれるでしょう。
オーガとその取り巻き扱いされるレッサーオーガ、いずれも並みの人間より大きな体を持っています。特にオーガはレッサーオーガよりもさらに巨体。
このままでは頭を狙うことはできません。そこでわたくしは足の関節を主に狙います。
狙いすました打撃が命中するごとに、オーガは怒りの咆哮をあげ、わたくしにつかみかかってきますが……。
彼の実力では、わたくしを捕えることはできません。
ヒットアンドウェイを繰り返し、やがて耐えられなくなったオーガは膝をつくことになりますが……あとはどうなるか、もうお分かりですね?
「聖水を、まき散らせ」
そう、ちょうどよい高さにある頭めがけて、わたくしのホーリーウォータースプリンクラーが振り下ろされる、というわけです。
たくさん噴き出した赤い聖水が、たちまちわたくしの全身を染め上げました。
ああ、ゴーレムやゴーストといった連中ではこんな至福な気持ちになれません。
今回の依頼に参加できたこと、とても幸運に思います。
隣の仲間も、間もなくレッサーオーガを屠りました。
とはいえ、敵の後続がまだ押し寄せてきています。
わたくしはふたたび戦闘態勢をとりました。
まだまだ先は長そうです。心してかかりましょう。
わたくしたちの一団は、オーガ、そしてレッサーオーガを蹴散らしながら、ダンジョンの種子を求めて探索を続けます。
当然のようにオーガたちが襲い掛かってきますが、仲間たちもオーガ相手に大した苦戦もせず、一体、また一体と屠っていきます。
腕利きが参加していたこともあり、危機と呼べるほどの出来事はおきませんでした。もちろんメンバー全てが無傷では済みませんでしたが、正規の癒し手もおりますからね。
やがて最後とおぼしきオーガの一団を撃破した後。
ダンジョンの奥で一粒の種子を見つけました。
そう、このダンジョンを生み出す素となっているエネルギーの集合体のことです。
種子と言っても植物の種子のような形をしているわけではなく、外観は生み出すモンスターの種類によって変わります。
今目の前にあるのはオーガを生み出した種子だからか、肉の塊のような姿かたちです。しかもかなり大きく、人の頭以上のサイズがありますね。
ちなみにダンジョンの壁や床といった材質も、種子の性質を受け継ぎます。
その種子がダンジョンの壁から触手に支えられて生えていました。かすかに鳴動し、脈打っています。どうやら、まだエネルギーが残っているようですね。
「エリスさん、頼む」
「分かりました。恨みっこなしでお願いしますね?」
恨みっこなしというのは、もちろん種子から結晶が残るかどうかのことを指しています。
種子を壊した際、美しい結晶が残るかどうかは残ったエネルギーに左右されるものの、結局は運しだいだと言われておりますので。
手に持つメイスをかかげ、種子に向けて勢いよく振り下ろしました。
鈍い音がして、鳴動が止まります。
やがて大きな種子は支えから切り離されてボトリと床に落ち、いくつかの、美しい結晶が残りました。
数は三つ。まあ、悪くない数でしょう。いずれもキラキラと宝石のように輝いています。
「三つか。売って山分け、ということで構わないよな?」
一人が皆を見回してそう言いましたが、全員がその言葉にうなずきました。
たまに結晶そのものが欲しいという人もいますが、大抵は売ったお金を山分けにするのが冒険者同士の暗黙の了解となっています。
全てのエネルギーを失ったダンジョンは、放置しておけばそのうち綺麗に崩れ去り、土に還ります。ダンジョン内のオーガも殲滅しましたし、これで依頼は完了ですね。
「おつかれさま。それじゃあ戻ろうか?」
男の言葉に全員が頷き、わたくしたちは疲れ果てた身体と共に、冒険者ギルドに帰投するのでした。
冒険者ギルドで報酬を受け取り、ついでにギルドに結晶を買い取ってもらい、現金を山分けしました。
合わせて、高難度の依頼に相応しい報酬になったと言えるでしょう。




