第10話 図書館にて
「ふう……」
集中力が切れると共に、小さなため息がわたくしの口から漏れ出でました。
今日のわたくしは、珍しく図書館に来ています。
何をしているかというと、奏呪について調べものをしているのです。
リチャードから奏呪について聞かされてからというもの、やはり気になるものですから。今日は時間もありましたし。
遺跡にあるかもしれないということも、興味をかきたてる一つの理由ですね。
とはいえ、本を読んで得られたことはそう多くありません。
リチャードが言っていたような、大昔に奏呪というものがあったというような文献は見つけたのですが、おとぎ話のたぐいとしか思えないような内容でした。
他に新しく分かったことといえば、奏呪にはいくつもの種類があったらしい、ということでしょうか。
聞くものすべてに癒しを与える歌。
聞くものすべての気力を奮い立たせる曲。
子守歌のように聞いたもの全てを眠らせるような歌もあれば、聞いたもの全てが楽しく踊り出してしまうような曲もあったのだとか。
でも、肝心の曲や、歌詞や、そういった内容の本はどこにも見当たらず……。
果たしてどこまで本当なのだか。もしこれくらいの情報をもとにリチャードが行動を起こしたのだとしたら、あまりに夢想が過ぎるというものです。
少々疲れたわたくしは気分転換をしようと席を立ち、休憩スペースに移動しました。
「あれ? イリスさん?」
そこで、冒険者仲間のカクタスとばったり出くわします。
「あら、カクタス。ごきげんよう」
驚く彼に、わたくしはいつものように笑顔で挨拶しました。
「魔法についての勉強ですか? 熱心ですね」
わたくしの賞賛の言葉に、カクタスが照れたのか顔を赤らめます。
「ありがとうございます。イリスさんは、どうしてこちらに?」
「わたくしは、奏呪というものを調べに来たのです」
そういえば、カクタスに奏呪のことを尋ねるのを忘れていました。魔法使いの彼なら、ひょっとして知っているかもしれません。
わたくしの言葉を聞いて、カクタスの瞳がきらめきを帯びました。
「奏呪、ですか。珍しいものを調べてますね。僕も少しだけ話に聞いたことがありますよ」
「本当ですか! もし時間があるなら、ちょっと奏呪について教えてもらえませんか?」
「構いませんけど、僕もそこまで詳しいわけじゃないですよ」
休憩スペースに並んで座り、まずはわたくしが知っていることを彼に伝えました。
話の関係上、リチャードの言葉が発端であると伝えたときは、さすがにカクタスも目を丸くしていましたが。
「奏呪を求めて遺跡に行くつもりなんですか? その人は。ずいぶんと無茶な考えをお持ちですね」
「やっぱり、遺跡には存在しないのでしょうか?」
「うーん、何とも言えませんね。あるかもしれないし、ないかもしれない。そもそも奏呪というものは口伝で伝わることが多かったそうなので、形になって残ってるかどうか疑わしいです」
「な、なるほど」
「でも、僕たちが使う魔法のように、それを体系づけて言葉にしてまとめることができたのなら……どこかに本などの形で存在することもあるかもしれません。それが遺跡に眠っていることも、あり得なくはないでしょう」
「雲をつかむような話ですわね……」
「ええ。ですからずいぶんと無茶な考えだな、と……」
カクタスは困ったように笑います。
「でもカクタスのおかげで、奏呪は眉唾ものではないということは分かりました。リチャードが、また質の悪い詐欺師に騙されているのかと少し心配だったのですが、その心配はしなくて良さそうですね」
「イリスさんは優しいですね……」
自分を袖にした相手に対して気遣いが過剰すぎると思ったのか、カクタスがなんとも言えない顔をしています。
「トラブルに巻き込まれたくないだけですわ。それとまあ、なんだかんだ言って幼馴染ですので」
「あ、そうだったんですか。なるほど、それは気に掛けるのも納得です」
さすがにリチャードが幼馴染ということまでは今の今まで知らなかったようで、カクタスが目を丸くしています。
言葉通り、納得してもらえたようですわね。
会話も一段落した今、あまりカクタスを引き留めるのも悪いですね。
また調べものに戻ろうかどうか迷いましたが、さきほどのやりとりで好奇心も満たされましたし、今日はこれで終えるとしましょう。
「どうもありがとう。おかげで奏呪についてより深く知ることが出来ましたわ。今日はこれで失礼しますね。ごきげんよう」
「はい。また東のギルドでお会いしましょう」
笑顔で手を振るカクタスと別れ、そのまま帰路についたのでした。




