第5話 東の冒険者ギルド最強の五人
「おはよう、イリス!」
「ああクーデリカ、おはようございます」
黒髪で長めのポニーテールを持つ腕利きの格闘家、クーデリカが東の冒険者ギルドにやってきたわたくしに快活な挨拶をしてくれました。
近寄ってきたクーデリカが、笑顔から一転、なぜか眉をつりあげます。
「そういえば聞いたぞ、イリス。何やら、婚約者からひどい扱いをされたらしいな」
外を歩いたりお店で買い物したりしている間に理解したことですが、わたくしの醜聞を知らない人は、もうこの王都にはいなさそうです。
「まったく! ずいぶんと自分勝手な男だ! ワタシだったら鉄拳で成敗しているところだ! イリスも必要ならそう言ってくれ! いつでもオマエの力になろう!」
先日リチャードが悪びれる様子もなく訪ねてきたからすっかり忘れていたのですが、世間的にはわたくしは哀れな女ということになっているはずですものね。
「ふふ、ありがとうございます。でも、それには及びませんわ」
なぜならわたくしがいつかこの手でミンチに……おっと、いけません。聖女の時に、そんな物騒な考えを抱いては行動に支障が出るかもしれませんからね。
わたくしの返事を聞いたクーデリカが嘆息して首を左右に振りながら、オマエは優しすぎる……と呆れています。わたくしの本心を知ったら、褒めていただけるでしょうか。それとも……。
話題をかえることにしましょう。
そう考えて口を開いた時に気づいたのですが、何やら周囲が色めき立っている様子。ギルドマスターも受付嬢も、なにやらわたくしの方をちらちらと見つめています。
これはひょっとするとわたくしの出番かもしれませんわね。
「もしや、結界が必要なモンスターでも現れましたか?」
「うむ。ワタシもまだ詳しいことは知らないが、ブレイズハウンドとブリザードハウンドの群れが押し寄せたそうだ」
ブレイズハウンドとブリザードハウンド。
どちらも猟犬のような姿をしており、名前が示す通り、前者は燃え盛る炎を吐き、後者は凍えるような息吹を吐いてきます。
「なるほど、わたくしの結界が効果を発揮する相手ですわね」
「ああ、オマエの結界は王都で一番だからな。あるとないとでは大違いだ。すまないがよろしく頼む」
クーデリカがやたらと良い姿勢で頭を下げました。
「あとは、いつものようにアルベールとカクタスが参加するよ。もちろんあたしも!」
わたくしの後ろから、見慣れた女の子がひょこりと顔を出しました。
「あら、ミラ。ごきげんよう」
「うん。ごきげんよう、イリスさん!」
ミラは白い歯を見せて笑います。彼女の茶色いショートカットが今日も元気に跳ねていますわ。
彼女が名前を出したアルベールは戦士。カクタスは魔法使い。
今日は、いつもの固定メンバーである五人で行動することになりそうです。
しばらくして、アルベールとカクタスが姿を現しました。
数日ぶりに見る彼らは、なんとも気まずそうな顔をしています。
「あー……なんと慰めればいいか思いつかないが……その……大丈夫か?」
アルベールは威風堂々とした男で、東の冒険者ギルドでリーダー的立ち位置でもあります。その彼が珍しく歯切れが悪い。そしてそれは隣のカクタスも同様でした。
「あの、その……た、大変でしたね、イリスさん……」
カクタスはこの中では最年少。困ったように眉を下げ、わたくしを上目遣いに見つめています。
ああ、リチャードもあなたくらい可愛げがあればいいものを。
もちろん二人が言及しているのは、わたくしが婚約を一方的に破棄されたことでしょう。
わたくしは努めて笑みを浮かべます……最近、こんな笑顔を作ることが多くなってしまいましたわね。
「お二人ともそのような顔はなさらずに。もう済んだことですし、今では婚約を破棄されたことなど、まったく気にしておりませんわ」
ええ。本当に。まったく。気にしておりませんとも。
むしろ、リチャードが冒険者になると言い出したことのほうが、わたくしの頭を悩ませているくらいです。
真意を感じたのか感じ取れなかったのかは分かりませんが、アルベールは顔を引き締めるとまっすぐにわたくしの目を見つめました。
「そうか……それでは今日もよろしく頼む。さすがにあなた抜きでは厳しい戦いになりそうなのでね」
そんな会話をしているところに、受付嬢と話をしていたミラが戻ってきました。ちなみにミラは斥候。軽装備でどちらかというと飛び道具を使った戦いが得意ですが、近接戦でも並大抵のモンスターには遅れをとりませんし、戦い以外で役に立つ技術をたくさん身につけています。
「依頼、受けてきたよ。それじゃあ出発しよう!」
ミラの言葉に全員が頷きました。
戦士のアルベール、斥候のミラ、格闘家のクーデリカ、魔法使いのカクタス、そしてわたくし聖女のイリス。
聖女イリスとして王都の外に出向くときの固定メンバーとも言えるこの五人。
今までに数々の依頼をこなしてきた、東の冒険者ギルドで最も実力のある冒険者パーティーとして、王都内に名を轟かせています。
ギルドマスターや他の冒険者仲間たちに見送られ、冒険者ギルドの扉から外に足を踏み出したわたくしたち。
聖女の時の姿である、身にまとうローブと腰に提げる王笏に一抹の不安を覚える自分を自覚しながらも、わたくしはそれをおくびにも出さず、彼らの最後尾を歩き出しました。
◇◆◇◆◇
王都を出て向かった場所では予想通り、ブレイズハウンドとブリザードハウンドが群れを成していました。
わたくしたちの姿をいち早く見つけたモンスターたちは、すぐにこちらへと押し寄せてきます。
すばやくフォーメーションを組み、それに対峙するわたくしたち。
わたくしがまず行ったことは、聖魔法で小さな結界をこの場に張ることでした。小さいとは言っても、動き回る仲間をすっぽり覆うことが容易にできるくらいのサイズ。
距離を詰めてきた赤と青の猟犬は、それぞれ得意とする火炎の息と氷雪の息を吐きかけてきますが……。
わたくしの結界により、猟犬たちのブレスは大した威力を発揮できません。
仲間に届くころには、もうすっかり熱風もしくは涼風程度に弱められています。
縦横無尽に吐き出されるブレスの中を、仲間たちが駆けて即座に猟犬へ致命的な一撃を叩きこんでいますわ。
あと気を付けるべきは牙と爪ですが……。
これも前衛の三人が見事にカバーしあって、モンスターたちにその爪牙の威力を発揮させません。
アルベールの剣が切り裂き。ミラが踊るようにナイフで翻弄。クーデリカは噛みついてきた猟犬の顔を逆に拳で粉砕します。
時折、絶妙のタイミングでカクタスの魔法が飛び、横合いから襲い掛かろうとしていた猟犬を仕留めます。
間合いを図る猟犬にはミラが腰から投げナイフを引き抜き、その眉間に狙いすました一撃を命中させました。
ブレイズハウンドとブリザードハウンドは、中堅クラスの冒険者にとっては一対一でもかなりの強敵なのですが、それがまるで赤子のように倒されていきますわ。
わたくしは、結界を張ったあとは仲間が怪我した時に備えて待機中。
……ああ……何事もないのはもちろん良いことなのですが……ストレスが……。
い、いけないいけない。
こんなことを考えてしまうなんて、聖女としてあるまじきことですわね……。
気を取り直して、戦場を見つめました。
とはいえ、もはや戦いはこちらに優勢のまま。わたくしの結界がある限り、猟犬たちに逆転の機会はないでしょう。
そんな時、ブレスがまったく効果がないと気づいたモンスターの群れが、タイミングを合わせて一斉に前衛のアルベールへと飛び掛かっていきました。
さすがにその猛攻をすべては捌ききれなかったのか、アルベールの腕から赤い血がほとばしります。
ああ、すみませんアルベール。
さきほどわたくしが変な妄想をしてしまったからかもしれません。
「ヒーリング!」
そんな罪悪感を覚えながらも、わたくしは即座に癒しの魔法をアルベールに向けて放ちました。
たちまち魔法の効果が発揮され、傷があっさりと塞がります。
それとほとんど時を同じくして、爪で自分を引き裂いた目の前の猟犬を、アルベールは剣で素早く斬り伏せました。
アルベールは新たに他の敵を見据えながらも、軽く手をあげてわたくしに謝意を示します。
さすがに猟犬たちの猛攻も長くは続かず、やがて彼らがすべて駆逐されるまでにそれほどの時間はかかりませんでした。
戦い終わってみなでハイタッチ。
ひとしきり健闘を讃えあったあと、わたくしは念のため仲間たちの体をチェックします。
クーデリカの足に、本人も気づいていないわずかな傷を発見しました。
「これくらい、かすり傷だぞ」
照れ隠しなのか口をとがらせるクーデリカを笑顔でなだめながら、わたくしはその傷を魔法で癒しました。
こちらは被害もなく、敵は全滅。
まさに完全勝利と言えるでしょう。
わたくしたちはにこやかにお喋りしながら、王都へと凱旋したのでした。




