第4話 奏呪
「……ということがあったんだ」
今日は、聖女として癒しを求められるわけでも仮面の女としてメイスを振るうわけでもない、久しぶりの休息日。
なぜか、わたくしはリチャードと向かい合ってお茶をしています。
「あの、ひとつ聞きたいのですが」
「なんだいイリス?」
「わたくしたちは、もう婚約を解消した間柄ですわよね?」
それなのに、なぜあなたは何食わぬ顔でやってきて、一方的に喋り倒したあげくにわたくしの前で優雅にお茶を飲んでいるのですか?
と言外に滲ませて。言外の方がはるかに長くなってしまいましたわね。
「ああ、そんなことか」
なんのことはないと言いたげに、リチャードはふっと笑います。
「たしかに婚約は解消したけど、幼馴染の関係を解消したわけじゃないだろう?」
なんですかこの面の皮の厚さは!? いえ、子供の頃からこんな奴だと知ってはいましたが!
「ああ、お代わりいいかな?」
少しは遠慮なさい! 四杯目ですわよ、それ!
四杯目のお茶にさっそく口をつけるリチャードを、歯がみしながら見つめるわたくし。リチャードはそんな目線にすら気づいていないようです。
リチャードがわたくしの屋敷にやって来てしばらく一方的にまくしたてたことは、もちろん先日わたくしが西の冒険者ギルドで見かけた顛末についてでした。
わたくしたちの関係についての再確認は先ほどのやりとりで終わりだったのか、カップから口を離したリチャードは再びそのことについてしゃべり始めます。自分が追い払われたことを、ずいぶんと根に持っているようですね。
「まったく……僕の竪琴を聞けるなんて、光栄なことだというのに、あの冒険者連中ときたら、何も分かってない!」
ガチャン!
お気に入りのティーカップを手荒く皿の上に戻したリチャードにイラッとしながらも、わたくしは口を開きました。
「あなたは知らないのでしょうが、冒険者というものは優雅に竪琴を弾いたり聞いたりするものではないのですよ?」
「そんなことはない! きっとエリスさんも聞き惚れるはずだ!」
それはありえないと言いたいところですが、リチャードの竪琴の腕前だけは彼の人格とは関係なく一流なのが残念です。
「僕を冒険に連れて行ってくれたら、エリスさんをはじめとした冒険者の姿を一曲の歌にすることができる。冒険者たちも皆、僕の作った即興曲を喜んで聞いてくれるはずさ」
「……百歩譲って、冒険が終わったあとならそんな機会もあるかもしれません。でも実際の冒険の最中には何をするのです? 曲ではモンスターは倒せませんし、仲間の傷だって癒せませんよ」
だからもう冒険者ギルドに来ないで欲しい、と付け加えなかったのはわたくしの優しさというものですわね。
わたくしの指摘を聞いたリチャードは、なぜかにやりと笑いました。よくぞ聞いてくれた、みたいな笑みです。
「たしかに普通の曲ではそうだ。でも、知ってるかい? この世には奏呪というものがあるらしいんだ」
「奏呪? なんです? それは」
「なんでも、魔法のような効果を生み出せる曲らしい。はるか昔、その奏呪を歌い弾くことで一つの街を救った吟遊詩人がいるとかいないとか……」
「……また変な山師に何かを吹き込まれたんじゃないでしょうね?」
リチャードはお人好しもしくは世間知らずなところがあり、昔から詐欺師のような連中に食い物にされることがたびたびありました。彼がそのような目にあうたび、わたくしは口をすっぱくしてその軽率な行動を非難したものです。
いい加減、懲りてほしいものですが……。
わたくしの心配をよそに、リチャードは自信満々の表情を崩しません。
「いや、手をつくしてちゃんと調べたことさ。遺跡がいくつもあるだろう? そのどこかに、奏呪が眠ってるらしいんだ」
瞳をキラキラとさせているリチャード。
奏呪に続いて彼の口から出てきた予想外の言葉に、わたくしはふたたび驚くことになりました。
「遺跡ですか……」
今の我々のいる時代からはるか昔、何者かが残した謎に包まれる構造物。
それを、わたくしたちは遺跡と呼んでいます。
わたくしも何度か訪れたことはありますが、動物ともモンスターとも違う存在が、守護していることが多かったですわね。
リチャードの言う奏呪とやらが、果たして本当にそこにあるのか。そして本当に伝説になるような力があるのか。
眉唾でなければ良いのですけど……いえ、この場合は眉唾のほうが良いかもしれませんわね。
そんなことを考えながら、リチャードとやや憂鬱な騒がしい午後の時間を過ごしたのでした。




