第3話 ホーリーウォータースプリンクラー
今日のわたくしは西の冒険者ギルドの方へ向かって歩いております。
気分はうきうきで、足取りも軽やかですわ。
最近は特に、聖女として活動することのストレスに加えて、リチャードとのこともありましたからね。
ちなみに、わたくしは西の冒険者ギルドの近くの空き家をこっそりと借りております。
いつも、そこで仮面をつけて装備を身にまとい、それからギルドに向かうのです。
ふふふ、これでも貴族に名を連ねる者。冒険者としての収入もありますし、それくらいの費用を出すのはちょろいものですわ。
隠れ家にやってきたわたくしはさっそく、変装に取り掛かります。
まずは髪型をアレンジ。長い金髪をアップにして髪留めでまとめます。
全身を覆うのはドレスアーマー。動きやすさと防御力を兼ね備えた一品ですわ。
流れるように籠手やブーツを次々と装着。
腰には愛用のメイスを提げ、背中には丸い盾を背負い。
最後に怪人ブラッディが被るそれと瓜二つの、両目の部分に穴のあいた仮面で顔を隠して準備完了ですわ。
今からのわたくしは、仮面の女エリスです。
隠れ家からこっそりと出て、西の冒険者ギルドに向かいます。元気に闊歩しながら。
途中、もちろん通行人とすれ違いますが、わたくしの姿に驚く人と興味本位の視線を投げる人が多いですわね。
もちろん最初はびっくりする人ばかりでしたし、運が悪いと通報されることすらありました。
近ごろは冒険者としての活動が実って、少なくとも西の冒険者ギルド周辺ではそういったことはなくなりましたので助かります。
そんなことを考えながら、西の冒険者ギルドまであと少しという地点にまでやって来たちょうどその時。
「頼もう!」
……。
…………え?
な、なんでしょう……今、ここで聞こえるはずのない声が聞こえたような……。
い、いやまさか……。
わたくしは途端に歩幅を緩めて物陰に隠れつつ、そっと声の方向……西の冒険者ギルドの建物がある場所を覗き込みます。
なんとそこには……。
あのリチャードが立っていたのです!
そして彼の前には、冒険者の男が数人、とおせんぼするように入口をふさいでいます。
何やらもめているようですわね……。
「ここに仮面の女エリスがいると聞いてやって来たのだ! ぜひとも僕、リチャード・ザッハエンデを冒険者として仲間に加えて欲しい!」
ああ、なんと……なんということ……。
あの男は、わたくしのわずかな楽園さえ奪うつもりなのでしょうか!?
そんな悲しみと怒りを湛えたわたくしの瞳に、冒険者の一人がすごんでいるのが見えます。
「冒険者にはまったく見えないが……お前は何が出来るんだ?」
「僕? 竪琴を弾いてみんなをハッピーな気分にできるよ!」
「帰れ!」
つっけんどんにあしらわれています……まあ当然ですわね……。
しばらく押し問答をしていたようですが、しょせんリチャードは荒事の出来ない男。
最終的には男たちの剣幕におされ、なにやら捨て台詞を吐いて去って行きました。
ああ、追い払ってくれてグッジョブですわ。
……でも冷静に考えてみると、わたくしが聖女として東の冒険者ギルドで活動している時は、リチャードが尋ねてくることは一度もなかったんですよね……。
な、なんだかすごく腹が立ちますわね……ああ、でもその嫉妬の対象はこのわたくし……なんだかおかしくなりそうですわ……ストレス解消のために始めたことなのに、逆にストレスになりそうです。
とにかく、リチャードは去ったことですし、西の冒険者ギルドの扉をくぐるとしましょう……。
仮面を被ったわたくしが西の冒険者ギルドに入ると、顔なじみの冒険者が挨拶のあと、怪訝そうに言葉を続けました。
「実はさっき変な男がやってきたんだが……リチャードって奴を知ってるか?」
「……いえ、まったく存じませんわね」
あの騒ぎは見なかったことにしておきましょう。もちろんリチャードのことも知らないふりですわ。
仮面の奥から吐き出されたわたくしのくぐもった声に、彼は一人でうんうんとうなずきました。
「そうか。明らかにおかしな奴だったし、入れなくてよかったな。今後ここを訪れても、取りつがないように皆にも伝えておくよ」
「よろしくお願いしますわ」
とりあえず、わたくしの安息の地は守られたようです。こっそりと胸をなでおろしました。
気を取り直して仕事をしましょう。依頼票が貼ってあるスペースへ向かいます。
こちらの冒険者ギルドでは、わたくしは固定メンバーでの活動はしておりません。
何しろ、わたくしはモンスターを撲殺したいだけの女ですから、前衛が求められるパーティーを見かけ次第こちらから声をかけて入れてもらうのです。
もちろん、最初はこのわたくしの格好のせいで怪しまれることが多かったですが。
今では、わたくしの実力は知れ渡っており、むしろあちらから声をかけてもらうことが多くなりましたわ。
「おっ、エリスさん。久しぶりだな。今からゴブリンロードをリーダーとしたゴブリンどもの退治依頼を受けようと思ってるんだが、一緒に行くか?」
この通り、さっそく声がかかりました。
「ええ、ぜひとも参加させてください」
ゴブリン族なら相手にとって不足はありません。ちなみに実力がどうのという意味ではなく、連中は小柄なのでメイスで頭を殴りやすいという意味です。
「ありがとう。ちょうどあと一人探してたところだったんだ。じゃあエリスさんの名も込みで依頼を受けてくるよ」
「お願いしますわ」
「敵はゴブリンロード、ホブゴブリンやゴブリンなんかが出没しているそうだ。魔法を使うゴブリンメイジもいるようだな。まあそこまで留意すべきこともなさそうだな。今回は」
ゴブリンロードは剣も魔法も使う、ゴブリン族の上位種。ゴブリン族の中でも群を抜いて手強い相手と言えます。
とはいえ、わたくしは何度もゴブリンロードと戦って勝利してきましたし、遅れをとることはありませんが。
今回の参加者たちでギルドの一画に集まり、軽く挨拶を交わします。
他の参加者を見る限り、少なくとも一対一でホブゴブリンと互角以上に戦えるメンバーが揃っているようです。ゴブリンメイジの魔法に気を付ければ、厳しい戦いにはならないでしょう。
わたくしたちは最低限の打ち合わせをしたあと、ギルドを出て依頼された場所へと赴きました。
◇◆◇◆◇
依頼で指定された場所には、ゴブリンたちが多くいました。
どうやら、村が襲撃にあったようです。かつて人が住んでいた場所を、ゴブリンたちが好き放題歩き回り、建物を壊したり瓦礫を振り回したりして遊んでいます。
村人たちはすでに避難を済ませたそうで、建物などの被害も気にせず戦ってよいとのこと。
さっそく、行動を開始しましょう。
仲間たちの放った矢や魔法の槍が、遊んでいたゴブリン数体の頭を貫き、それに連中が反応するよりも早く、わたくしを含む前衛たちがなだれ込みました。
驚いて駆けつけたゴブリンたちを前にして、わたくしはメイスを掲げ、仮面の奥から彼らへの葬送の手向けを口にします。
「聖水を、まき散らせ」
わたくしの決め台詞を聞いて、仲間たちが沸き上がりました。
もちろんこの台詞は、仮面の怪人ブラッディの決め台詞「血を、まき散らせ」に影響されて生まれたもの……。
この宣告を受けて二本足で立っていた者は、今までにおりません。
そのことをすでに知っているからこそ、仲間たちが沸き立つのです!
わたくしがゴブリン族の頭にメイスを叩きつけるたび、敵は一体、また一体と倒れていきます。赤い血――聖水をしぶきながら。
相手がホブゴブリンだろうがゴブリンメイジだろうがゴブリンだろうが関係ありません。
わたくしのやることはひとつ。ただメイスを振るう。それだけです。
仮面を含めたわたくしの全身は、もはや真っ赤に染め上がっていることでしょう。
この聖水こそが、わたくしの荒んだ心を浄化してくれるのです!
やがてゴブリンの大半をかたづけ、残るはゴブリンロードとその取り巻きのみ。
ゴブリンロードは剣を手に、わたくしへと襲い掛かってきました。
この仮面の姿の時、わたくしは魔法を一切使いませんが、メイスの腕前だけでこれまでの敵全てを叩き潰してきました。
もちろん、今回のゴブリンロードもその例外ではありません。
突き出された剣を左腕の丸盾で難なくさばいたわたくしは、雷撃のようにゴブリンロードの脳天にメイスの錘を落としました。
ゴブリンロードの脳天はひしゃげ、赤いものやらその他のなんやらかんやらをまき散らし、そのまま絶命します。
残っていたゴブリンもすでに討たれており、敵を全滅させたわたくしたちはお互いの健闘を讃え合いました。
このようないくつもの戦いが、西の冒険者ギルドにおける仮面の女エリスの名を不動のものとし……。
わたくしの愛用するメイスもいつしか、聖水をまき散らすもの、ホーリーウォータースプリンクラーと呼ばれるようになったのです。
戦いが終わったわたくしたちは、ギルドに戻り、報酬をもらってお互いに再戦の約束をし、解散。
わたくしは意気揚々とギルドを後にします。
ふう、スッキリしましたわ。このエリスの姿で活動している時こそが、わたくしが生を実感できる時なのだと、今ではそう思います。
これでしばらくはまた支障なく聖女として振舞えそうですわ。
隠れ家に戻り、風呂に入って着替えを済ませ、それから屋敷に戻るとしましょう。




