第25話 アイアンゴーレム
アイアンゴーレム。
噂にだけは聞いたことのあった、圧倒的な破壊力と防御力を兼ね備える、恐るべき鉄の巨人。
わたくしたちは、呆然とその姿を見上げるしかありません。
唯一、かつて戦ったことがあると言っていたクーデリカの喉から、しゃっくりのような異音が漏れ出ました。
未だ臨戦態勢を取れていないわたくしたちに、アイアンゴーレムが右手を持ち上げ、開いた手の平を向けてきます。
その手の平の中央には、赤い宝石が埋め込まれています。その宝石が、たちまち輝き始めました。
これまでの戦いで養われていた直感が、わたくしのやるべきことを導きました。
「結界を!」
とっさに張った魔法の結界が、わたくしたちの周囲を覆います。ブレイズハウンドの炎のブレスをものともしない魔法の結界。
しかし、アイアンゴーレムが右手の宝石から放った燃え盛る炎は、わたくしの結界に阻まれてもなおすさまじい熱気を帯びたものでした。
「くっ……」
みんな苦痛にあえぎながらも、ようやくアイアンゴーレムを倒すために行動を開始しました。
カクタスがアルベールの剣に魔法を唱え、彼の愛剣がまばゆい光をまといます。
高く跳躍したアルベールの振るう剣が、アイアンゴーレムの右腕に一閃!
しかし、光輝く剣は鉄の体に一筋の傷跡をつけるだけでした。
「ワ、ワタシはあの時とは違うんだ……今ならきっと……!」
自分を鼓舞するような独り言を発したクーデリカ。
すばやく巨人の足元に潜りこみ、その拳をアイアンゴーレムの足にヒットさせます。
「くうっ……!!」
しかし、彼女の拳はわずかなへこみすら与えることはできませんでした。
クーデリカの口からうめきが漏れ、痛むのかその右手を左手で抱えます。
お返しとばかりに、アイアンゴーレムの左の拳がうなりをあげました。
いつもなら避けられるであろうクーデリカ。
しかし、巨人の鉄拳は動きの鈍い彼女を捉えてしまいます。
「ぐあっ!!」
クーデリカが悲鳴をあげながら吹き飛び、遠くの壁へと叩きつけられました。
わたくしは慌てて駆け寄り、クーデリカの傷をチェック。
幸い致命傷とまではいきませんが、骨が数本は折れているようです……。
「スーパーヒーリング!」
彼女の体に急いで癒しの魔法を流し込みます。ヒーリングよりもはるかに上位の魔法ですが、少々時間がかかるのが欠点。
ゴーレムが追い打ちとばかりに左手をかざしました。その手の平には青い宝石が埋め込まれており、今度はそれが輝き始め……。
間に合わない……!
いざとなれば盾になることをわたくしが覚悟した時、すばやく動く者がありました。
「させない!」
ミラがあえてわたくしたちから距離をとり、走りながらクロスボウを連射しました。
数本の太い矢はいくつか鉄の皮膚に傷をつけたものの、巨体から比べれば微々たるもの。
しかし牽制にはなったようです。
アイアンゴーレムはクーデリカとわたくしではなく、ミラを照準に捉えました。
左手の青い宝石から氷雪の嵐が巻き起こり、ミラへその暴威を放ちます。
距離をとったミラは、すでに結界の範囲を出てしまっていました。
「あぶなっ!!」
ミラは迫りくるブリザードをからくも回避。しかしその代償は慌てて投げ捨てた重たいクロスボウでした。一瞬で凍り付き、もはや使用には耐えません。
その時、カクタスの魔法がアイアンゴーレムに向けて放たれました。直撃し、ワーム程度なら一撃で撃破するような爆発がアイアンゴーレムを襲います。
しかし爆炎が去ったのち、まだアイアンゴーレムは二本の足でしっかりと立っていました。
多少は効いているようで外装はところどころ剥げていましたが、その挙動に遅れはないようです。
「くそっ……くそっ……!」
癒しを受けて戦線に復帰したクーデリカがふたたびゴーレムに距離を詰め、拳を乱打しました。
ですが、その打撃はまったく効いておりません。
もっとも、それはアルベールの剣も同様で、無情な金属音が響くだけ。
ミラの投げナイフはその鉄の体を滑っていき。
カクタスの放つ他の魔法も、有効打とは言い難いものでした。
今のわたくしたちに出来得る限りの攻撃ですら、アイアンゴーレムにはかすり傷が蓄積するのみ。
それにひきかえ、アイアンゴーレムが振るう拳は、放つ炎と氷雪は、わたくしたち五人に着実にダメージを与えていきます。
そのたびにわたくしは皆を癒し、傷こそ回復するものの、状況はどんどん悪くなっていくのが嫌でも分かりました。
ここまでの連戦が響き、わたくしたちの気力も残りわずか。
ついにアルベールの剣筋も乱れはじめ、肩で息をするクーデリカは飛び込んで拳を振るうことも出来ずに敵を見上げるまま。
カクタスももはや大魔法は行使できず、クロスボウを失ったミラはダメージを与える手立てがありません。
わたくしも癒しの魔法をかけることが出来るのはあと一、二回が限度でしょう。
撤退か。
そんな二文字が全員の頭をよぎっていたであろう、その時です。
いつの間にか、周囲に音楽があふれていました。
わたくしが一度も聞いたことがないような、不思議な調べ。
その音の発生源を求めて、わたくしは首を巡らしました。
わたくしたちが種子の間に入るときに通った、入口の方へ。
……リチャード!?
なんとそこには、あのリチャードがいたのです。
竪琴を抱え、額に汗を浮かべて、必死に曲を爪弾きながら。
呆然とその姿を見ていたわたくしは、あることに気づきました。
その曲を耳にしていたわたくしの中に、なぜかふたたび気力が湧いてきているのです!
それは仲間たちも同様のようでした。
先ほどまでの諦めに染まりつつあった顔が、今では闘志にみなぎっています。
まさか、これが奏呪の力!?
わたくしは、アイアンゴーレムの方へ向き直りました。
湧いてきたこの力をぶつけるために。
一瞬仲間たちと目線を交わし、お互いに小さくうなずきます。
カクタスは大魔法の詠唱を開始しました。充実した気力すべてをぶつけるつもりなのでしょう。
アルベールは颯爽と距離を詰め、右手の剣でアイアンゴーレムの足を斬りつけました。
もはやその剣はカクタスのかけた強化魔法も切れていましたが、鋭さは最初の一撃よりもはるかに勝っています。一本の傷痕がくっきりとその足に刻まれました。
ミラは果敢にとびかかり、その傷跡に向かってナイフを突き立てました。えぐるような一撃に新たな破片が舞います。
そんなふうに目の前を動き回る二人に、アイアンゴーレムがうるさそうに両手をかざしました。赤と青の宝石が同時に輝きだし……。
わたくしはすでに切れていた魔法の結界を、再度かけるために意識を集中します。
わたくしの全力を注ぎこみ、さらに範囲を犠牲にして、これまでに貼った結界よりも強固なものを!
鉄の巨人の両手から噴き出す赤と青の帯が、ぎりぎり間に合った結界の効果で大幅に弱められ、アルベールとミラはなんとかその威力に耐えつつ距離を取りました。
そして空いたそのスペースに飛び込む黒いポニーテール。
「今のワタシならやれる……やれるんだ!」
そう叫んだクーデリカが力強く踏み込み、地面を踏みしめると美しい構えを取りました。
狙うは、二人のおかげで大きく深くなった足の傷跡!
「はああああああああああああああああああっ!!」
クーデリカの気合のこもった声と共に、右の拳が突き出されます。
ついに、その拳がアイアンゴーレムの右足を貫き、粉砕しました!
黒い破片が大量に飛び散り、鉄の巨体が片膝をつきます。
「みなさん、離れてください!」
わたくしの声に、前衛の三人が急いでその場から距離を取ります。
そこに、完成したカクタスの大魔法が放たれました。
巨大な魔法のエネルギーは狙い過たず直撃し、大爆発が起こります。ダンジョンを揺るがすほどの。
わたくしたちが固唾を飲んで見守る中……。
やがて爆炎が去った後にあったのは、倒れて周囲にいくつもの残骸を散らす鉄の巨人の姿。
ようやく、あのアイアンゴーレムを倒したのです!
「やった!」
皆で顔を見合わせ、歓喜の声を挙げます。
わたくしは、感謝の言葉を伝えようとリチャードの方を振り向きました。奏呪の力がなければ、この勝利はなかったのですから。
その時、始めて気づいたのです。
いつの間にか、曲が止まっていることに。
そして、リチャードが物言わず倒れ伏していることに。
「リチャード!!」
わたくしは悲鳴のように幼馴染の名を叫びながら、ぴくりとも動かない彼のもとに走り寄りました。




