第19話 少女の申し出
「あの、聖女のイリスさんですよね?」
もはや何度目の公演になるのか、一部界隈に圧倒的な人気を誇るスプラッターお芝居を今日も観に来ていたわたくし。
劇場を出てこれからどうしようかと思案しているところに、一人の少女が声をかけてきました。
イリスであることを認めると、女の子はおずおずといった様子で言葉を続けます。
「よくお見掛けするのですが、ブラッディのファンなのでしょうか?」
「……普段聖女という務めを果たしているからか、ああいったバイオレンス行為が人に及ぼす心理的な効果に並々ならぬ関心を抱いており、あくまでも研究の一環として……」
ブラッディの惨殺シーンにコーフンするとは言えず、とっさに思いついた言葉をまくし立てます。
わたくしの言い逃れとも弁解ともつかないその長広舌を聞いた少女は、やがてこくんと頷きました。
「なるほど、ブラッディに興味があることは分かりました」
「ご理解いただけて嬉しいですわ」
会話が一段落し、わたくしは少女の顔を改めて見つめました。
声をかけられたのはいいのですが、わたくしはこの少女のことをまったく知りません。先ほどの口ぶりからして、彼女も同好の士ではあるようなのですが。
「それで、一体どのようなご用件なのでしょう?」
内心首を傾げながら尋ねるわたくしに、きらきらとした瞳を向けてきます。
「実は私、ぬいぐるみを作るのが趣味でして、ブラッディのぬいぐるみを自作しようと思ってるんですが……」
ブ、ブラッディのぬいぐるみ!?
彼女の発言を聞いて、今度はわたくしの瞳がきらきらする番でした。
それはずいぶんとイカれた……いえ、イカした趣味ですわ!
「もしイリスさんも興味がおありでしたら、イリスさんのぶんも一緒に作ろうかなと」
もじもじしながらのその発言に、わたくしは我も忘れて大声を出してしまいます。
「そ、それは嬉しいです!! ……でも、なぜわたくしに?」
「もちろん聖女のイリスさんだからですよ! イリスさんはご存じないかもしれませんが、以前、兵士をしている父の怪我を治してもらったことがあるんです!」
「な、なんと。そうだったのですか……」
まさか、聖女の活動がこんなご縁につながるとは。
驚いているわたくしの頭に、とあることが思い浮かびました。ぬいぐるみ作りに必ず伴うこと……要するに材料費です。
「それで、お代はいかほど……」
「まさか! 聖女さまから代金なんていただけませんよ!」
手を振って必死にわたくしの言葉を遮る少女。
ですが、依頼を受けて報酬を受け取っている冒険者としては、仕事をお願いする以上、やはり依頼料を払わなければなりません。
「でも、ぬいぐるみ作りは材料費がけっこうかかると聞きました。さすがに無料でいただくのは少々心苦しいです」
困った顔をするわたくしを見て、少女はうつむいて少し考えこみ。
やがて名案を思い付いたとばかりに顔を上げ、笑顔でわたくしを見つめました。
「では、父のために聖女お手製のポーションを作っていただけないでしょうか? イリスさんのポーションはすごい効果があるともっぱらの噂で」
「それくらいならお安い御用ですわ!」
思ってもみなかった少女の発言に、わたくしも笑顔になりました。
「ありがとうございます! 父に、お守り代わりに持ってもらおうと思います! それじゃあ、ぬいぐるみが完成したら、交換するということで」
「ええ、それで構いません。ポーション、気合を入れて作りますね! なんでしたらビンにサインも入れておきますわ!」
「えへへ、ありがとうございます!」
再会の約束をした少女と別れ、わたくしは温かい気持ちを抱えたままそのあたりを散歩しました。
聖女のわたくしに感謝してくれている人々がたくさんいるのだと、久々に思い出すことができた気がします。
ストレスが溜まる聖女としての振る舞いも、案外悪くはないかもしれません。




