第18話 さっそくの討伐依頼
買い物に出かけた次の日。
新しく買った王笏を聖女として実戦で試すよりも先に、わたくしは仮面の女エリスとなって西の冒険者ギルドを訪れました。
身に着けているのはもちろん新しい王笏ではなく、使い古しのメイスです。
先日、聖女の姿の時に王笏でライトニングハウンドを殴りつけたことが、わたくしを仮面の女へと駆り立てたのです。
あれはまさしく、すきっ腹にポテトチップス一枚を放りこむようなもの!
一枚で止まるわけないではありませんか!
ああ、撲殺したい!
王笏などという脆弱な杖ではなく、強固なメイスで、モンスターどもの頭を思う存分叩き潰したい!
そう考えるのは当然の帰結でした。
ですから、やむを得ないことなのです。
さて、いつものように依頼を探すとしましょう。
ざっと見たところ、今日は遺跡に関する依頼は無いようです。
まあこの前大変な目にあいましたし、しばらく遺跡は遠慮したいものですが。
素直にモンスター討伐の依頼を受けることにしましょう。
その時、依頼ボードの前にいた先客が、ひとつを指しながらわたくしのほうへ顔を向けました。
「エリスさん、これを受けてみないか? 前衛が足りないんだ」
どれどれ……。
彼の言葉に導かれるように、その紙を覗きこみます。
そこに記されていたモンスターは……。
「リザードマン討伐ですか」
「ああ、リザードマンは駆け出しにはつらい相手だからな。参加してくれると助かるんだが」
「わたくしで良ければ、力になりましょう」
「ありがとう! さっそく受けてくるよ」
わたくしの参戦が決まった一団は、さっそく依頼の場所へと向かったのでした。
◇◆◇◆◇
ダンジョンの種子から生まれ、地上へと出て来たのか。
リザードマンの集団が、ぞくぞくとこちらへ向かってきます。
普段は散発的だから良いものの、たまたま種子が多くばらまかれる時期が重なると、多くのモンスターが一同に会することになります。
軍勢とも呼べる大軍が王都をおびやかしたことも、一度や二度ではありません。
他のモンスターと合流されては厄介です。
ここで、リザードマンの集団を全滅させましょう。
側面から矢を射かけて奇襲し、浮足立つリザードマンの群れに突っ込むのはもちろんこのわたくし。
「聖水を、まき散らせ」
いつもの決め台詞を口にし、手近な一体へと殴りかかります。
わたくしの振り下ろしたメイスを避けきれず、リザードマンは頭を潰されて息絶えました。
ちなみにトカゲの中には血の色が赤ではないものも存在するそうですが……。
トカゲの姿をした眼前のモンスターたちから噴き出る血の色は、赤です。素晴らしい。
やはり、聖水は赤くないといけませんからね。
わたくしにとっては幸運なことです。
リザードマンたちにとっては不運だったかもしれませんが。
リザードマンの他の特徴としては、左利きのため左手に剣を持っていることが挙げられます。
この勝手の違いが、駆け出し冒険者にとってはかなりやりづらい相手となるのですが。
わたくしにとっては、些事にすぎません。
「はっ!」
わたくしの気合のこもった一撃が、横合いからしかけてきたリザードマンの剣士に見事なカウンターとなって吸い込まれます。
左右では、仲間の冒険者たちが同じように気を吐いて武器を振るっています。
リザードマンは戦技に優れた種族。
剣だけでなく、槍を使う個体もいますし、弓の名手でもあります。
油断すると足下をすくわれる相手。
耐久力はオーガなどに劣ることが救いでしょうか。
最後まで気を引き締めていきましょう。
仲間たちの奮戦もあって戦いは有利なまま続き、やがては見事な勝利という結末になりました。
依頼を解決したわたくしたちは無事に帰還し、いつものように報酬を受け取って解散しました。
◇◆◇◆◇
西のギルドを出て変装も解き、いつものイリスの姿で家への帰路につく最中。
正面から見知った顔が歩いて来て、その相手もこちらを認めて目を丸くします。
わたくしは、彼の名前をつい大声で呼んでしまいました。
「リチャード!」
「やあ、久しぶりだねイリス!」
リチャードは、さわやかと言えるほどの笑みでわたくしを見つめました。
しばらく会わなかった間に、ずいぶんと精悍な顔つきになっています。
以前と比べて、筋肉もついたようですわね。
もやしっ子のようだったかつてとは見違えるほどです。
きゅん……。
……とはしませんが、まあ以前より格好よくなったのは確かです。
「最近、南の冒険者ギルドで活動してるんだ」
「噂は聞きました……頑張ってるみたいですね」
「うん。荷物持ちから始めてね。最初はゴブリンと出会うだけでもおっかなびっくりだったけど、今では剣を使って倒すことも出来るようになったんだ。前衛の一人として認めてもらってるよ。そうそう、この間はじめてダンジョンにも潜ったよ!」
冒険にもまれたせいでしょうか、彼は以前ほど芝居がかった言動はしなくなっていました。さびしいような、ありがたいような、複雑な気持ちです。
「ずいぶんと、変わりましたね」
「うん……イリスももう耳にしてるかもしれないけど、遺跡に行ったときに、すごい失態をやらかしたんだ。いや、遺跡に行ったことそのものが失態だったかもしれないけど……」
リチャードはその時のこと思い出しているのか、顔をわずかに伏せ、路面を見つめます。
「その遺跡で死にそうな目にあった時、偶然そこにいたエリスさんが駆けつけてきて、助けてもらった。でもその時エリスさんに言われたんだ……僕にはこの場所にいる資格がないって」
それを言ったのは、もちろんこのわたくしです。心を鬼にして、そう言ったのでした。
リチャードの顔に一瞬悲しみがよぎりましたが、やがて上げられた面差しを希望に満ちた表情が上書きしていきました。
「だから、少しでも強くなって、遺跡を訪れる資格を得たいんだ。そしていつかエリスさんにも認めてもらえたらなって、思ってる」
「そうですか……」
「もちろん、奏呪もまだあきらめてないよ。結局あの遺跡にはなかったそうだけど……必ず、どこかにあるはずだからね」
自身に満ちた顔でわたくしをまっすぐ見つめ、そう言い切るリチャード。
エリスに認めさせるという理由で奏呪を求めるリチャードを、以前は疎ましく思っていたものですが、不思議と今はそんな気持ちが湧いてきません。
「奏呪、見つかると良いですね」
わたくしの口から、自然とそんな言葉がこぼれていました。
聞いたリチャードが笑顔になります。
「ありがとう! イリスも聖女としての活動、頑張って!」
お互いに手を振って、またそれぞれの道に戻ったのでした。




