Ep04 女神フレイヤのパンケーキ論 ①
大小の瓦礫が天井から崩れ落ち
埃は雲のように地面を漂い
その合間に、多くの人間が倒れている
「どこなのかしら…」
オレンジレッドの魔法鎧を身に着けた者が
その人間らを無造作に踏みつけながら歩く
女神にして絶世の美女フレイヤだ
彼女は足元の人間を一人
つまむ様に持ち上げると
「カフェ・ウィルドって、ご存じ?」
「……し、下だ」
その声にフレイヤは手を放す
「痛めつける程度にして良かったわ…」
フレイヤはフロアの階段を降りた
「ここね」
少し彷徨ったのち、彼女はやっとたどり着いた
残念なのは、好みの外装ではなかった事だ
まぁ、いいでしょう、と、ドアノブに手をかけた、その時
「オイ…神族の女」
スルトの眷属、太田が顔を歪ませながら声をかけた
「あら、何かが喋ったと思ったら、人間らしい何かでしたか
それに、炎を扱う眷属のせいか、暑苦しいわ…」
「上では俺の仲間が世話になったな」
一歩、二歩と詰め寄る
「あなたの相手は食事の後でよろしいかしら?」
「あぁ、いいぜ、最後の食事にしてやるよ」
「暑苦しい二人ね…さっさと入りなさいよ」
二人の後ろから現れたのは
ガルムの眷属である、マリ
元キャバ嬢でもある彼女、美貌ではフレイヤに負けていない
紫の派手な装いを揺らし、フローラルの香りを漂わせた
3人は互いに睨みあうが
「あの、店の前でケンカは止めて頂けますか…」
店外まで出てきたマスターの声に、一時休戦となった
「まずはお席に…そして、ここのルールはお分かりですね
物騒な空気は店の外へ…さて、ご注文は?」
3人は忌々しそうに席に座り
同時に同じ言葉を口にした
「「「ホットケーキ」」」
マスターは僅かに眉を上げると
「かしこまりました、三人前ですね」
「くっ…」
ここで注文を変えては、なんか、負けたことになる
そこだけは共通している三人
苦い顔をするしかなかった
その時、マスターは不意に何もない空間へ視線を向けた
それも数秒
「…マスター、どうしたの?」
マリが不審げに尋ねるが
「いえ、なんでも…少々、いたずら好きの気配を感じまして」
マスターは厨房に立つと、ボウルに粉と卵、牛乳を入れる
ホイッパーが心地よくリズミカルにボウルを叩く
素早く混ぜられた生地は、幾重にも重なり
滑らかな表面を作る
コンロに火が灯ると、青い炎がフライパンの底を包んだ
マスターは手をかざし、薄く油を引くと
白い煙が ゆっくりと立ち始める
「ジュ」
生地を中央に落とす
その音は「ジジジ」と、ささやき
やがて芳醇な香りへと変わる
「少し、ゆっくりと焼きますね」
その言葉の後
マスターは手早くシロップを湯せんし
コーヒーの準備を始めた
やがて、生地の表面が、ふつふつと膨らむ頃には
太田は唾を飲み込み
マリはスマホを置き
女神フレイヤでさえ、その瞳を期待に輝かせていた
マスターの鮮やかな手返しが終わると
二枚重ねのホットケーキが三つの皿に盛られ
その頂点には、正方形のバターが金色に輝く
「お待たせいたしました、カフェ風ホットケーキです」
3人の前に並べられると
先程までの険悪な空気は
甘い香りと共に完全に霧散した
はずだった…




