Ep15 和平の匂いはデミグラスハンバーグの如く ②
「今後の話だと?」
「はい、我々が提案したいのは
お互いが 『滅びないための、現実的な帳尻合わせ』 の話です」
課長の言葉に、オーディンは片目を細めた
「帳尻合わせ、か……
ロキのような口ぶりだな
いいだろう、そこまで言うならそのハンバーグとやらを貰おう
ただし、内容次第ではお前たちをミンチにするぞ」
「ここは…戦闘禁止ですよ、オーディンさん」
鈴木が恐る恐る突っ込むと
オーディンは 「フン、ここでやるとは言っていない」 と腕を組んだ
「では…」
彼らのやり取りを見て、マスターが気合の入った目を見せた
「じっくり煮込んでる…という事は」
マスターはそう言うと、キッチン奥の重い鍋の蓋を持ち上げる
すると、白い湯気がふっと立ちのぼり
赤ワインと玉ねぎの甘い匂いが店内全体を包む
続いてマスターは、煮込み鍋からハンバーグを一つすくい上げると
小さなフライパンに移し、焼きの追加とソースの煮詰めを始める
その圧倒的な 「美味の予感」 の前に
神も人間も、一時的に言葉を失い
キッチンの青い炎を見つめるしかなかった
「お待たせいたしました、特製デミグラスハンバーグです」
マスターが差し出した鉄板の上で
ふっくらと膨らんだハンバーグが、ふつふつとソースの泡を踊らせていた
オーディンは厳かにナイフを入れる
その瞬間、肉汁が溢れ出し、ソースと混ざり合って極上の輝きを放った
大ぶりの一切れを、オーディンが豪快に口へ運ぶ
「…この肉の旨味、この濃密なソース
私と対話をしたいという、お前らの気持ちとして受け止めよう」
課長と鈴木は安堵の表情を浮かべる
三人はマスターの見守る中、黙々と食べ続けた
おそらく、この味は二度と忘れられない記憶になるだろうと思いながら
「ごちそうさま」
その声にマスターは手早く食器を下げると
入れ替わるように、暖かいコーヒーを三人の前に置いた
それを見つめながら鈴木が切り出す
「オーディンさん、あなたが、このラグナロクを始めたのは
巨人族と人間の連合軍によって、神々が滅ぼされるという『予言』を回避するため
以前、そう聞きました」
「いかにも、ワシらは滅びたくない、だから先に芽を摘む
それだけの話だった」
オーディンは静かにつぶやく
課長はそんな最高神を真っ直ぐに見据えた
「人間は、互いの全滅を避けるために
あえて白黒つけずに『グレーゾーン』で手を握ります
お互いの正義を主張して戦い続ければ
最終的に勝った方もボロボロになり、それこそ予言通りの終末を迎える」
課長は続ける
「なら、このバベルの塔の『50階』を中立地帯として設定し
問題項目のリストアップや枠組みを決めていきませんか?
もちろん先延ばしにする項目も必要ですが…」
「先延ばし? それは人間の都合では?」
ジロりと睨むオーディン
「さすが…オーディンさん、人間はどうしても、猶予期間が必要なんです
お互いを『ミンチにする対象』から『飯を食う隣人』として理解するまでの…」
課長は真剣な表情で言葉を重ねた
「オーディンさん…」
鈴木が話し始める
「僕たちは、フェンリルやヨルムンガンドから力を与えられました
しかし、彼らは僕たちに戦いを丸投げして消えました
神々を滅ぼすのが彼らの本意なら、なぜ自分で戦わないのか?
…なにか、ここに、この戦いのカギがあるような」
その言葉にオーディンはしばし黙った、そして
「いいだろう、合意に向けて動こう…」
その言葉にざわめく課長と鈴木
しかしすぐさま、オーディンは返す
「だが、これは 『本当の合意』 ではない
この動きで、巨人族がどう動くか、それを含めた返答だ」
「十分です…まずは、そこから始めましょう」
課長と鈴木は、脱力した表情でコーヒーを飲む
その横でオーディンは、ここ数か月の自分や
トール、フレイ、フレイヤ
そして、あのテュールと
彼らが、このカフェを軸に変わっていく様を思い出していた
カランコロンカランコロン…
「ごちそうさまでした、マスター、ご協力ありがとうございました」
「ありがとうございました、課長さん、鈴木さん、またのお越しを」
二人の人間が店を出た後
オーディンは二杯目のコーヒーをじっくりと味わいながら
窓の外を見つめていた
東京の空は、激しい雨が降り始めていたが
50階のガラスに遮られたその音は
どこか遠くの出来事のように静かだった
「マスター、人間の言う 『先延ばし』 とやらも案外、悪くないかもしれん
我々はすぐに、何でも、即決や即答、行動しすぎだったかもな」
「人間は… 『じっくり煮込む』 事が大切なのかもしれませんね」
マスターは静かに微笑み
オーディンと同じ空を見つめた




